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第71回 烈鬼族と地護族

 フォンが騒動に気付いたのは、アレから数十分ほど過ぎてからだった。

 突然、町で轟いた爆音と地響き。激しい土煙が一部を覆い尽くし、その中から漆黒の翼を羽ばたかせ何かが飛び立ったのが、見えた。


「な、何だ!」


 驚き声をあげたフォンに続き、穏やかな表情で小柄な青年が目を凝らす。灰色の髪がその遠くで起きた爆発により生まれた衝撃で僅かに揺れた。

 しかし、あまりにも遠くにいる為、それが何なのかまでは分からなかった。


「何でしょうね? あれ?」

「もしかして……魔物!」


 フォンがそう呟くと、青年は訝しげな表情を浮かべる。

 この時代には魔獣と言う獣の存在は認識されていたが、まだ魔物と言う存在を認識されていなかった。いや、正確にはこの時代に魔物は存在しない、今の所は――。

 そう、魔物が誕生したのはこの時代のもう少し先――フォースト王国にて行われる銀狼製造実験の過程で生み出された失敗作が、魔物、そして、獣人と魔獣人となったのだ。

 険しい表情を浮かべるフォンは、思わず走り出す。その場所が自分達の馬車を停めていた場所だったと言う事に気付いたからだ。

 駆け出すフォンの姿に、青年は腕を組むと困った様な笑みを浮かべる。しかし、その目は興味で煌いていた。その青年の興味をそそったのは、土煙から飛び出した漆黒の翼を羽ばたかせる者へだった。



 激しい土煙に覆われ、赤い鎧を纏った男は、ゲホッゲホッと何度も咳き込む。

 静かに吹き抜ける風が土煙を薄め、ゆっくりと視界は良好になる。だが、土煙が晴れたその場所には大きな風穴が開き、地面に転がっていた男達は街道の端まで飛ばされていた。

 両手の剣を地面に突き立て持ち堪えた男は、その剣を地面から抜くと、静かに顔を上げる。その瑠璃色の瞳はジッと空を舞うリオンを見据え、額からは薄らと汗が滲み出ていた。


「何なんだよ! あの化物!」


 鼻筋にシワを寄せ叫ぶ男は、右手に持った淡い青の剣と、左手に持った朱色の剣を構えなおす。

 そんな男を上空で漆黒の翼を羽ばたかせ見下ろすリオンの目は、非常に冷めていた。恐ろしく全ての者を威圧する様なその眼差しに、男は唇を噛み締める。

 やがて、静寂を裂く様にリオンは剣を構え、一気に急降下した。風を切る甲高い音が響き、遅れて地面が砕ける乾いた音が地響きと共に広がる。


「ぐおっ!」


 男の体が弾かれ、赤い鎧に亀裂が生じる。僅かにその刃を掠めたのだ。そして、男の足元。リオンが突っ込んだのか、大きな風穴が開き、黒い羽が数枚宙を舞っていた。

 表情をしかめる男は、よろめきながら後方へと距離を取ると、剣を構えなおし風穴を見据える。

 風穴から飛び出すリオンは、静かに地面へと降り立つと、その背中の翼をしまう。そして、ゆっくりとうな垂れ、瞼を閉じる。まるで意識を失ったかの様に。

 急に動きを止めたリオンに、男は訝しげな表情を浮かべる。

 やがて、声が響く。


「リオーン!」


 幼さが僅かに残ったフォンの声に、男は顔を向けた。

 茶色の髪を揺らすフォンは、両手に剣を持った赤い鎧の男の姿に、目付きを鋭くすると、地を蹴り跳躍する。後塵を巻き上げ跳躍したフォンは、そのまま男へと向かって跳び蹴りを見舞う。


「うおおおおおっ!」

「なっ!」


 突然のフォンの行動に、男は両手の剣を交差させ蹴りを受け止める。小柄な体格から放たれた重々しい一撃に、男の体は両足を地に踏み止めたまま後方へと十メートル程弾かれた。

 地面に深く刻まれた二本の線。その出発点にフォンは静かに着地し、赤い鎧の男へと鋭い眼差しを向けた。

 一方、何とか踏みとどまった赤い鎧の男も顔を上げ、鋭い眼差しでフォンを睨む。


「いきなり、何しやがる! テメェ!」

「アレ? 魔物じゃない?」

「はぁ? 魔物? んだそれ! 化物はそっちの方だ!」


 赤い鎧の男が左手に持った朱色の剣の切っ先でリオンを指す。だが、すでに背中から生えていた漆黒の翼は消え、先程までの雰囲気も完全に消失していた。

 その為、会ったばかりの男の言葉などに説得力は無く、フォンは男を睨み左足をすり足で前へと出し拳を構える。

 臨戦態勢に入ったフォンの姿に、赤い鎧の男は「くっ」と声を漏らし剣を構えた。


「てめぇが誰かしらねぇーが、邪魔するなら、切り殺す!」

「仲間を傷つける奴はオイラがゆるさねぇ」


 対峙する二人が、ほぼ同時に地を蹴る。瞬発力では圧倒的に分のあるフォンが、一気に間合いを詰めた。

 すぐに瞬発力では敵わないと理解する赤い鎧の男は、すぐに足を止め迎え撃つ体勢へと入る。やや左足を前へと出し、左肩をフォンへと向ける男は、右手に握った蒼い剣を下段に構えて、息を吐き出す。

 そんな男の前でフォンは反転するとそのまま後ろ回し蹴りを見舞う。だが、男はそれを左の肩でブロックし、そのまま右手の剣を下から上へと振り抜いた。


「ぐっ!」


 大きくその身を仰け反らせ、ギリギリで刃をかわすフォンの前髪が僅かに散る。

 だが、男の攻撃はまだ終わっておらず、今度は左手に握られた朱色の刃が先程の蒼い剣と同じような軌道でフォンへと襲い掛かった。


(ヤバイ! かわせない!)


 完全にバランスを崩したフォンがそう直感し、


(もらった!)


 男がそう思った瞬間、音も無く抜かれた剣が男の剣を弾き返した。


「なっ!」


 驚く男の体が後方へと弾かれ、バランスを崩していたフォンはその場に背中から倒れこむ。

 そして、自分の右斜め前に立つ青年へと目を丸くする。


「な、何してんだよ?」

「いえいえ。ちょっと興味がありまして。先程のあの翼を持った者に」


 爽やかにそう言う青年は、灰色の髪を揺らし真っ直ぐに赤い鎧の男を見据えた。

 一方で弾き返された男は、逆立てた金色の短髪の先から汗を迸らせると、続けて現れた青年へと迷惑そうな目を向けた。


「さっきから……それは俺じゃねぇ! そこの男だ!」

「いえいえ。まぁ、最初は、アレに興味があったんですが、今はあなたに興味がありますね」


 ハニカム青年の姿に、男は小さく舌打ちをすると眉間にシワを寄せた。

 圧倒的な威圧感を出す二人に、フォンは静かに立ち上がる。

 とてもじゃないが、手を出せる状況ではなかった。

 そんな二人の雰囲気に周囲には人がチラホラ集まり始める。しかし、対峙する二人はそんな人の目を気にする事なく、駆け出す。

 初速は金色の髪を逆立てた男の方が速い。だが、小柄な青年は身を低くし加速、一気に男との間合いを詰める。

 そして、両者共に右足を踏み込んだ。全体重を乗せ、左腰に添える様に構えた剣を、二人は同時に放つ。

 左から右へと美しく閃く二つの刃が激しく交錯し、澄んだ金属音を響かせ、火花と同時に互いの体を弾き飛ばした。

 力はほぼ互角で、弾かれた二人の距離は互いに五メートル程だった。

 足元に漂う土煙が徐々に薄れていく。未だ振動する二人の剣の刃。その音だけが僅かにその場に響いていた。


「中々やりますねぇー。これでも、力には自信があったんですが」


 爽やかな笑みを浮かべる小柄な青年がそう言うと、金色の髪を揺らす男は薄らと口元へと笑みを浮かべる。


「はっ……本気じゃねぇ奴の一撃を防いでも何も嬉しくねぇなぁ」


 低い姿勢で剣を構える金髪の男に、小柄な青年は困った様に微笑する。

 そんな青年に、男も興味を持ったのか、不適な笑みを浮かべた。


「俺は地護族で、この辺りで盗賊をやっているグラッパ。お前は?」

「私は、烈鬼族……レイド」


 グラッパと名乗った二本の剣を持った男に対し、小柄な青年レイドはそう答えた。

 二人の視線が交錯し、やがて真剣な表情へと変る。薄らと口元に浮かべていた笑みは完全に消え去った。

 静まり返ったその中で、レイドは聊か不思議そうな表情をグラッパへと向け、尋ねる。


「地護族は基本的に視力が良いと聞きましたが?」


 レイドの質問に、グラッパは眉間にシワを寄せる。


「それが……どうかしたのか? 今、関係ないだろ?」

「いえ。私が聞いた話では、地護族はその視力を活かし、長距離からの弓による戦い方が特徴的だと聞いていたので、聊か疑問に思っただけですよ。地護族のあなたは何故無粋に剣などを振るっているのかと」


 爽やかな笑顔でサラリとそう述べたレイドに、グラッパの額には青筋が浮き上がる。恐らく、レイドには悪気は無いのだろうが、その言葉は自然と相手を挑発していた。


「いいだろう……見せてやるよ。俺の本当の戦い方を!」


 グラッパはそう言い二本の剣の柄頭を合わせる。手首を捻るとガチャッと機械音が僅かに聞こえ、二つの剣がまるで弓ような形に変貌した。

 朱色の刃が空へと向き、淡い青の刃が地面へと向けられる。そして、左腕を伸ばし、右手をゆっくりとその柄へと添える。矢を引く体勢へと変ったグラッパに、レイドの爽やかな笑みは消え、静かに剣を鞘へと納めた。

 その行動に、グラッパは呆れた様に笑う。


「おいおい。まさか、諦めて死を選ぶか?」

「いえ。私が得意とするのは居合い。あなたの全力、私も全力を持って打ち砕いてみせましょう」


 その言葉が一層グラッパを逆撫でし、怒りから表情は強張っていた。そして、奥歯を噛み締め、グラッパは右手を引いた。すると、朱色の刃と青い刃が輝き、炎と水が螺旋を描く一本の矢がその手に生み出される。


「死に晒せ! ボケッ!」


 グラッパが怒鳴り矢を放つ。だが、その瞬間にレイドは呆れた様に息を吐き構えを解いた。


「なっ! てめぇ!」


 驚き声をあげるグラッパだったが、その意味をすぐに理解する事となる。

 放ったグラッパの矢は、レイドに届く前に消滅したのだ。


「なっ! 何だと!」

「馬鹿ですか? 火と水を掛け合わせたら、消えるに決まってるでしょ?」


 ジト目を向け、レイドがやや不機嫌そうにそう言い放つと、グラッパは引きつった笑みを浮かべる。


「マジか……」


 ガクリと肩を落としうな垂れるグラッパに、レイドは深々と息を吐き背を向ける。


「興が冷めました。私はこれで――」

「はわわっ! み、み、見つけました!」


 突然、その場の空気を切り崩す様にメリーナの声が響いた。

 その声に、その場に居た者達の視線が一瞬でメリーナへと向けられる。だが、メリーナはマイペースに、辺りを見回し驚きの声をあげた。


「な、なな、何ですか! この状況は! み、みみ、皆さん大丈夫ですか! い、今、今、手当てしてあげますから!」


 大慌てでパタパタと両腕を振るうメリーナに、完全に緊迫した空気は崩れ去り、グラッパも合わせた剣を切り離し、鞘へと納めた。


「けっ。この勝負は預ける。テメェも、今回は勘弁してやる」


 グラッパは呆然と立ち尽くすリオンへとそう告げ、歩き出す。そして、レイドも、


「では、私もこれで、またいつか、何処かで会えるかも知れませんね」


 と、息を呑んだフォンへと告げてその場を去っていった。

 静まり返ったその場に残された、フォンとリオン、そして、メリーナの三人はただ二人の背を見送る事しか出来なかった。

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