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第7回 母の想い

 自宅に帰ったフォンは、母と二人で夕食を食べていた。

 静かな食卓に並ぶ暖かなスープと焼きたてのパン。湯気を上げるスープをスプーンですくったフォンの母は、俯き静かにパンをかじるフォンの姿にその手を止め、スプーンを皿の上へと置いた。皿の縁にスプーンが触れ、澄んだ音が静かな食卓へと広がる。

 パンを口に運ぼうとしていたフォンの手が止まり、ゆっくりとその手がテーブルの上へと置かれた。静かな時が流れ、フォンの母は澄んだ空色の瞳をフォンへと向け、優しく微笑む。


「何か……あったの?」

「…………」


 母の声にフォンは無言で頷く。唇を噛み締めて。

 切なげな目するフォンの母は、俯き静かに笑う。自分の息子の事だ。何を考えているのかは何となく分かっていた。それに、ワノールが死んだと言う事も知っていた。だから、容易にフォンの考えている事は予測がついたのだ。

 小さく息を吐き口元に笑みを見せた母の姿に、フォンの表情は曇る。決意した事だったが、それでも母に心配はかけたくなかった。その為、フォンは切り出せず唇を噛み締める。

 母は優しく微笑み真っ直ぐにフォンの顔を見据えると、静かに口を開く。


「何て顔してるの? そんな顔してちゃ、母さん心配よ」

「ご、ごめん……」


 謝るフォンの頬へと手を伸ばした母は、優しくその手を添える。その暖かな手にフォンは瞼を閉じ、拳を握った。母の優しさにフォンは奥歯を噛み締め、唇を震わせ恐る恐る口を開く。


「母さん……俺……」


 硬く握った拳を震わせるフォンに、母は席を立つとそのままフォンの背後に回り、その背中を抱き締める。優しく暖かな母の温もりに、フォンは俯く。そんなフォンの耳元で母は優しく囁く。


「母さんは大丈夫よ。あなたがしたい様にしなさい」

「母さん……ありがとう……」


 声を震わせ静かに呟いたフォンの頭を母は優しく撫でた。そんな母にフォンは静かに告げる。


「俺、この街を出るよ。世界を見たいんだ。親父が見てきた世界を」

「そう。あなたがそう決めたのなら、そうしなさい。母さんは止めないから」

「折角、アカデミアに通わせて貰ったのにごめん……」

「いいのよ。フォンがアカデミアをやめたら、学費だって浮くし、母さんもルナと一緒に暮らせるし」


 フォンの肩から手を離した母が、嬉しそうに両手を組みながらそう告げると、母の方に顔を向け苦笑する。それが本心では無いとは分かっていた。多分、母なりに気を使っているのだ。その気持ちを知ってるから、フォンは無理に笑う。母の気持ちをムゲにしない為に。

 嬉しそうに軽い足取りで階段を上がる母は、二・三段階段を上りフォンへと振り返り笑みを向ける。


「それじゃあ、母さん寝るわね」

「えっ、あ、ああ……。じゃあ、今日は俺が片付けておくよ」


 フォンが食卓に並んだ皿を見てそう言うと、母はまたニコッと笑みを向け足取り軽く二階へとあがっていった。静かな足音を聞きながら、フォンはパンを手に取り口に運んだ。母の味を噛み締める様にフォンは静かにパンを食した。

 その頃、二階の一室にフォンの母は居た。ドアに背を預け、天井を見上げる母の頬を涙が伝う。気丈に振舞っていても悲しかった。息子の旅立ちが。でも、それが何処か嬉しくもあった。息子の成長が。だから、母は涙を流しながらも笑みを浮かべていた。


「あなた……フォンは立派に成長したわ……。きっと、あの子は……」


 ドアにもたれたままゆっくりと腰を落としたフォンの母は、そのまま両手で顔を覆い声を殺して泣いた。こうなる事は知っていた。随分前に夢見た未来だったから。泣かないと決めていた事だったが、いざその時になってしまうとつい涙がこぼれたのだ。



 深夜。

 アカデミアの屋上に二つの影があった。一人は黒衣のローブを着てその正体を隠し、もう一人は軽装で動きやすそうな衣服に身を包み、夜の闇の中でも美しく鮮明に映る真紅の長い髪を揺らす女性。

 静寂の中、対峙する二人。静かに流れる時の中、真紅の髪を揺らす女性は、腰にぶら下げた二本の剣の柄を握り締める。そんな中で響く。穏やかな女性の声が。


「久しいな。アリア」

「カルール……」


 アリアと呼ばれた女性は、眉間にシワを寄せカルールと呼んだ黒衣のローブを来た女性を見据える。二人の視線が交錯し、冷たい風が二人の間に流れる。風がアリアの真紅の髪を激しく揺らし、カルールの頭から被っていたフードを捲った。

 長い黒髪がフードの下からあらわになり、冷たい風に激しくはためく。穏やかな表情を浮かべるカルールは古い友人であるアリアに対し、右手を差し出す。


「戻って来い。アリア。あの人はウチがちゃんと説得したから、安心して――」

「わたすのボスは、今も昔も一人だけ。ブラスト様だけ!」

「相変わらず、興奮すると“し”を“す”って言っちゃうのね」


 優しく笑うカルールは、差し出した右手を下ろし、腰のガンホルダーを開く。長い付き合いでお互い分かっていた。もう、分かり合えないと。

 息を呑む二人。互いに動き出すタイミングを探る様に睨み合い、互いの動きの一部始終を見逃さない様に神経を研ぎ澄ます。

 風が止み静けさが漂う。額から一筋の汗を流したアリアは両手に力を込め刹那に抜く。二本の剣を。一本は鋭く尖った突く事に特化した剣。もう一本は極限まで薄く鋭い斬る事に特化した剣。二本の刃が姿を見せると同時に、雲の合間から月明かりが差し込む。

 月明かりを浴び輝く二本の刃を構えたアリアが床を蹴る。足音など起きない静かな蹴り出しに、カルールも二丁の銃をその手で取り出した。両腕をアリアの方へと伸ばし、銀色に輝く銃のトリガーを引く。静寂を裂く銃声が途切れる事無く轟き、カルールの両腕は交互に跳ね上がる。

 それでも、構わず突っ込むアリアはその目を鋭くすると、向かってくる弾丸に対し右手に握った剣の鋭い刃を向ける。刃を通過する弾丸。綺麗に二つに裂け破裂すると、アリアは次の弾丸に対し刃を動かす。澄んだ金属音と破裂音が交互に聞こえ、刃の前で火花が散る。

 銃声が止むとその音も止み、また静寂が辺りを支配する。僅かに肩を揺らすアリアは、深く息を吐くとカルールを鋭い眼差しで睨む。

 硝煙を銃口から僅かに揺らめかせるカルールは、静かに息を吐く。


「流石はアリアね。弾を全て防ぐなんて」

「…………」


 カルールの言葉に、アリアは怪訝そうな表情を浮かべる。確かに全ての弾を防いだが、何処か違和感があった。それが何なのか分からなかったが、目の前のカルールに意識を集中する。

 その時、後方で僅かな足音が聞こえ、アリアは素早く振り向く。目の前に迫る黒衣のローブをまとった男に、アリアは小さく舌打ちをし、左手に持った先の尖った剣を突き出す。黒衣のローブを来た男は右手に持った剣でそれを弾く。火花が散りアリアの腕が大きく弾かれ、更に左手に持った剣がアリアのわき腹へと向けて振りぬかれる。


「くっ!」


 声を漏らし、体をそらし後方へと飛ぶアリアだが、その耳に届く。甲高い銃声。遅れて右脇腹から鮮血が弾丸と共に噴出す。


「うぐっ……」


 右手で脇腹を押さえ膝を落としたアリアに、剣を振り抜いた男は静かに頭に被ったフードを取った。闇に映える白銀の髪を揺らし、眼鏡越しに金色の瞳がアリアを見据える。冷ややかで感情の無い表情を向けるその男に、アリアは表情を歪めた。


「ケイス……か。そう……だった……。必ず、二人一組で行動すてたな……」


 苦しそうに言葉を紡ぐアリアの姿に、ケイスと呼ばれた男は眼鏡を右手で上げると、鼻から息を吐く。


「神の裁きを与える」

「神の裁き……だと? 悪いが、貴様らには聞きたい事がある」

「――!」


 唐突に屋上に響く声に、カルールとケイスは驚き声の方へと視線を向ける。そこに、居たのはあの若者だった。森で倒れるワノールを一番最初に見つけた――ルナの家に居た――。

 漆黒の髪が揺れ、その髪の合間から鋭い眼差しが二人を見据える。獣の様なその鋭い眼差しに、カルールとケイスは息を呑む。威圧されていた。その若者が放つ殺気に。僅かに足を退く二人に、その若者は腰にぶら下げた剣を抜く。


「黒刀……カラス……」


 美しい漆黒の刃が静かに構えられる。月明かりを浴び煌くその刃は、次の瞬間、姿を消す。


闇烏ヤミガラス


 若者の声が静かに響き、刃は完全に消える。柄と共に。

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