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第69回 不穏な空気

「オイラは絶対に認めない!」


 不満げに声を上げたフォンは、右手に持ったパンへと噛り付いた。

 現在、フォン達は町の食事処で食事をしていた。結局、あの青年の名前も、彼が探していた烈鬼族だったのかも、分からなかった。

 恐らく、彼が時見族クリスが予言した人物である事は間違いないのだろうが、それをフォンもリオンも認めたくはなかった。

 力があれば何をしてもいいと言うわけではない。その為、彼の行った行動をどうしても許せなかったのだ。

 不機嫌そうな表情でパンをかじるフォンの隣りでは頬杖を付くリオンが、スプーンで皿のスープをかき混ぜていた。フォンと同じく、その表情は不機嫌そうで、常に眉間にはシワが寄っていた。

 そんな二人とは打って変わり、メリーナは肩を落とし表情を曇らせる。間違いなくあの青年が探している人物だと思うが、まさかあんな人格の人だとは思っていなかった。

 それでも、クリスの予言は絶対だとメリーナは拳を握った。



 食事を終え、メリーナはもう一度あの青年に会う為にフォンとリオンと別れ行動していた。

 そんな事と知らず、フォンは街を散策し、リオンは一人で馬車の見張りを行っていた。

 アリーはそこまで大きい町では無い。その為、二時間もすれば街全体を見て回る事が出来た。


「んんーっ……しっかし……何も無い街だな」


 街の北側の小高い丘にある巨木の上から町全体を見据え、フォンはそう呟いた。

 すると、巨木の根元の方からクスッと笑う声が聞こえた。

 その声に、フォンは眉間にシワを寄せ、座っていた木の枝に掴まり回転し、地面へと静かに降り立つ。


「誰だ? 人の事笑うなんて」

「いえいえ。すみません。私も同感だと思いましてね」

「ムッ!」


 その声、その喋り方に、フォンの表情が歪む。その視線の先に居たのは、フォンの予想通り、あの青年だった。

 灰色の髪を揺らし、爽やかな笑みを浮かべる青年は、腰にぶら下げた剣へと左肘を乗せ、フォンへと視線を向ける。

 その眼差しにフォンは表情をしかめると、鼻から息を吐き出しソッポを向いた。


「おやおや。大分嫌われてしまったようですね」


 青年がそう言うが、フォンの反応はない。

 その為、困った様に右手の人差し指で頬を掻いた青年は、小さく首をかしげた。


「いやいや。そんなに邪険にしなくてもいいんじゃないですか? もう済んだ事なんですし」

「うるせぇ! オイラの中じゃ済んだ事じゃねぇんだよ!」


 青年の声に遂にフォンはそう返答した。返答した後、ハッとしたフォンは思わず両手で口を覆う。

 そんなフォンに青年は爽やかに笑った。


「あなたは、随分と素直な方ですね」

「う、うるせぇ!」


 フォンが顔を赤くし怒鳴ると、青年はクスクスと笑った。

 しかし、そんな和やかな空気は長く続かず、すぐに張り詰めた空気が流れる。

 爽やかな表情の青年は、睨みつけるフォンへと困り顔で苦笑する。


「なんですか? 人の顔を親の敵みたいに睨み付けて」

「何で、殺したんだ?」


 フォンが怖い顔で尋ねる。すると、青年は眉間にシワを寄せた。


「先程も話しましたよね? 私は正しいと」

「人を殺す事に正しいも悪いも無いだろ」


 フォンがそう言うと、青年は聊か驚いた表情を向ける。

 何故、驚いたのかフォンは分からず、渋い表情を浮かべ目を細めた。


「な、何だよ」

「もっともらしい事を言ってますけど……所詮、奇麗事ですよね」


 真剣な表情で小首を傾げ、そう告げる青年に、フォンは「くっ」と声を漏らす。

 彼の言う通り、奇麗事だと言う事はフォンも分かっている。それでも、許せない事があるのだ。

 その為、フォンは唇を噛み締め、拳を強く握り締めた。


「だ、だからって、殺す必要は無いだろ! あの人にだって待っている人が居るかも知れないだろ!」

「ふーん……。キミは、そうやって戦う相手の事を思いながら戦うのかい?」


 青年の一言に、フォンは右の眉をビクッと動かす。基本的にそんな事を考えて戦った事は無い。なのに、何故今回に限りそう思ったのか、フォンにも分からなかった。

 そのフォンの心を悟ったのか、青年はフンと鼻で笑うと、冷めた眼差しを向ける。


「その様子だと、今まで何も考えず戦ってきたみたいだね。それで、どうしてそんな事が言えるんだい?」


 核心を突く青年の言葉にフォンは奥歯を噛み締める。


「キミは、何の為に戦っているんだい? ハッキリ言って、そう言う甘い考えだと、死ぬよ」


 真剣な表情で忠告する青年に、フォンは鼻筋にシワを寄せる。

 彼の言っている事が正しいと分かっている為、反論する事が出来なかった。

 深く息を吐き出す青年は、肩の力を抜くと、更にフォンへと忠告する。


「それに、さっきの連中は危険ですよ。彼ら、間違いなく彼女を売りさばくつもりですよ」

「売りさばく? 何の事だよ」


 青年の言葉にフォンは不思議そうに首を傾げた。すると、青年は訝しげな表情を浮かべ、目を細める。


「キミは一体、何処の出身だい? と、言うか世間を知らな過ぎるんじゃないか?」

「どう言う事だよ!」


 フォンが怒鳴ると、青年はふっと息を吐く。


「彼らはこの辺りでは有名な人攫い集団ですよ」

「で、でも、だからって殺していいってわけじゃ――」

「出なきゃ、私達が殺されてましたよ」


 フォンの声を遮り、青年がそう告げた。そして、彼は真っ直ぐにフォンの目を見据える。その眼差しをフォンも真っ直ぐに見据え、やがて深く息を吐いた。


「分かった……とりあえず、助けてもらった事には感謝する。でも、アレはやりすぎだ! 人の命は簡単に奪っていいものじゃない」

「キミにはアレが人に見えたのかい?」


 フォンの言葉に、青年がそう尋ねた。その質問の意図が分からず、フォンは首を傾げる。


「あ、当たり前だろ? 人以外の何に見えるって言うんだよ?」


 訝しげにフォンが尋ねる。フォンにはアレが人以外の何かには見えなかったからだ。

 いや、恐らくその場に居た誰もが彼の姿は人に見えただろう。

 不思議そうなフォンに対し、青年は首を左右に振り答える。


「悪魔ですよ。彼らは。人を売りさばく様な奴ですよ。私にはとてもじゃないですが、同じ人とは思えませんよ」


 過去に何かあったのか、そう言う青年の表情は怖かった。

 だから、フォンは息を呑み、額から一筋の汗を零した。



 馬車に残ったリオンは、大きな欠伸を一つし、目尻から涙を一筋零した。

 彼是数時間経つがフォンもメリーナも戻ってくる気配がなかった。


「全く……何をしてるんだ。あいつらは……」


 黒髪を右手で掻き毟り、リオンは深く息を吐き出した。

 そんな折だった。疎らな足音が響き渡り、馬車を囲う様に数百人の男達が姿を見せる。

 明らかに殺気だった男達の姿に、リオンは目を細め、ゆっくりと周囲を見回す。


(何だ? コイツら?)


 訝しげに眉間にシワを寄せるリオンは、腕を組んだまま周りを囲う男達の顔をジックリを見据える。

 何か嫌な予感しかせず、リオンはフッと息を吐くと、組んでいた腕を解き、腰の剣を握り締めた。


「俺に……何か用か?」


 リオンは左手の親指を鍔へとあて、静かにそう尋ねた。すると、その中で赤い鎧をまとう威風堂々とした若い男が一歩踏み出す。

 逆立てた金髪の髪を僅かに揺らし、細く整えた金色の眉を左手で触り、不敵な笑みを浮かべる。


「お前か? うちのメンバーを切り殺したって言うのは?」

「残念だが、人違いだ。俺は一切手を出していない」


 男の穏やかな口調とは裏腹に殺気の込められた声に対し、リオンも堂々とした口調で返答する。

 明らかな殺気に、背中には冷や汗を掻くリオンは、もう一度息を呑んだ。

 武装した男達が三〇から五〇程。流石にこれだけの相手をするのは、リオン一人では厳しいモノがあった。

 表情を僅かに強張らせるリオンに対し、赤い鎧の男は背負っていた双剣を抜いた。淡い青の刃をした剣を右手に、朱色の刃をした剣を左手に握るその男の異様な殺気にリオンは僅かに足を退いた。


(な、何だコイツ……)


 鋭い眼差しをリオンが向けると、赤い鎧の男は、瑠璃色の瞳を煌かせ駆ける。と、同時にリオンも剣を素早く抜き、一気に振り抜いた。

 金属音が周囲へと波紋の様に広がり、火花が激しく迸る。リオンの剣を赤い鎧の男は右手に持った淡い青の刃で防ぎ、左腕の朱色の刃を大きく振り上げる。


「俺を楽しませろよ!」


 男がそう叫び朱色の剣を振り下ろすと、その刃が突然発火する。


(炎血族か!)


 その場を飛び退くリオンは、燃える剣を見てそう直感する。だが、同時に妙な違和感も感じていた。

 しかし、リオンに考える暇を与えない様に、男は更に足を踏み出し続けざまに右手の青い剣を振り抜く。その蒼い刃は激しい水を噴き、リオンの体を斬りつけた。

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