第67回 導きの聖女
フォン達は秘密基地――いや、ボロ屋を出て馬車を走らせていた。
目的は仲間集め。これは、メリーナが親友である時見族の少女クリスから頼まれた事だと、フォンとリオンは聞かされた。
そもそも、メリーナがこの大陸のあの場所を馬車で走っていたのも、クリスの予言があったからだ。彼女は予言した。この場所に運命を変える二人の少年が現れる事。そして、その少年達がこの先の長きに渡る戦いに大きく関与する事を。
伝説の一人である時見族のクリス。彼女には鮮明に未来が視えていた。その為、書物にはこう記載されている。
“導きの聖女”
その名は、彼女が伝説の者達を導き、世界を救った事から付けられたものだった。彼女の時見の力は過去類を見ない程強く、どれ程の未来を見透かしていたのか分からぬ程、正確に未来を予言して見せた。
戦闘こそしないものの彼女の予言が無ければ、今の世界は無いと言われる程だった。その後、彼女は一冊の予言書を記載し、そこには遠い未来の事も書き記されていたと言う。
不満げな表情で手綱を握るリオンは、眉間にシワを寄せていた。ジャンケンに負けた為しょうがないが、未だ納得していない。と、言うより、あの伝説の一人であるメリーナの話をもっと聞きたいと、言う探究心で一杯だった。
荷台にはフォンとメリーナの二人。相変わらずフォンは酔いと格闘し、メリーナはそんなフォンの姿に苦笑していた。
現在、三人が向かっているのは近々この大陸に出来る王国の王都アリーだった。アルバー大陸の最初の王都はアリーとされており、ディバスターに移転したのは大戦が終わってからの事だった。
どれ程馬車を走らせたのか、程なくして目的地である王都アリーへと到着した。王都と言うには小さめの街で、のどかな空気が漂っている。特別何か有名なモノがあると言うわけでも無く、人口が多いと言うわけでもない。そう考えると何故この地が最初の王都となったのか不思議でならなかった。
馬車を降り訝しげな表情のリオンは、腕を組み街を見回す。やはり特別何かがあると言うわけではない空気が、リオンは不思議でならない。何故、この地なのかと。
そんなリオンの背後で「よいしょ」と愛らしい声を響かせ、メリーナが馬車から降りた。
「んんーっ!」
腕を伸ばし、背骨を引っ張り上げるメリーナは「えへへ」と笑いリオンの隣へと並ぶ。
「どうですか? 近々、ここに国王が誕生する様ですよ?」
「…………」
満面の笑みを浮かべるメリーナの言葉にリオンの反応は薄い。そして、冷めた眼差しが静かにメリーナへと向けられ、感情など全く無い静かな言葉が紡ぐ。
「本当にここであってるのか?」
と。
その言葉にメリーナは頬を膨らせると、拳を胸の横に構え力強く言い放つ。
「クリスの予言は絶対です! 外れた事なんてないんですよ!」
「うぐぅ……それじゃあ、彼女の予言は変えられないって事なのか?」
突然、二人の背後から聞こえる今にも消えそうな掠れたフォンの声に、メリーナは「えっ?」と驚いた様子の声をあげた。
二人共理解する。その言葉の意味を。その為、メリーナは俯き、リオンは渋い表情を浮かべる。
そんな二人の前に荷台から這いずる様に姿を見せるフォンは、青ざめた顔で二人を見据える。その表情にリオンは呆れた眼差しを向け、メリーナは苦笑していた。
「お前……そろそろ慣れたらどうだ?」
リオンが呆れた様にため息を吐くと、フォンは体を静かに起こす。何とか荷台へと手を掛け立ち上がるフォンは、深く息を吐いた。
「うぅ……こ、こんなの絶対慣れない……」
「先が思いやられるな」
リオンは小さく頭を左右に振りそう口にした。
それから、数十分の時間が過ぎ、フォンの体調もようやくよくなった頃、三人は街を散策していた。理由は、この地にいるはずであるクリスの予言した若者を探す為だった。ただ、難点な事にクリスが予言したのはその若者が烈鬼族である事と、彼が黒刀の使い手と言う事のみ。その為、人探しは難航を極めていた。
「見つからないなぁ」
頭の後ろで手を組み、フォンが静かにそう呟く。
烈鬼族は然程見た目に特徴があるわけじゃない。ただ烈鬼族の多くは体を鍛え上げている為、三人は見た目にも鍛えている人を中心に探していた。しかし、特徴が少なすぎて全く見つかる気配は無い。
「ほかに特徴は無いのか?」
木陰に腰を据え、リオンが尋ねる。すると、膝を抱えるメリーナが困り顔で答える。
「私も詳しくは知らないんです。クリスは行けば分かる。会えば分かるとしか教えてくれませんでしたし……」
抱えた膝に顔を埋め落ち込むメリーナに、フォンは鼻から息を吐く。
「行けば分かる、会えば分かるって事は、凄く見た目に特徴があるって事だろ?」
「えっ? あっ……そうかも知れません」
「じゃあ、アレはどうだ?」
不意にフォンはそう呟き、その視線の先に映った男へと指を差す。フォンの指差す先へとメリーナは視線を向けると、そこに大柄ないかにも体を鍛えていると言う風貌の男が歩いていた。筋肉隆々のその男の姿にメリーナは目を輝かせる。
「そ、そうかも知れません! あれなら、すぐに分かりますし!」
「えっ? いや……アレは違う気が……」
リオンが止めようとしたが、その前にメリーナが立ち上がり走り出していた。
メリーナの後姿を見据えるフォンとリオン。表情を引きつらせるフォンは、額から汗を滲ませ、リオンは横目でフォンを睨む。
「お前、アレ本気で言ってるのか?」
「本気だと思う? 冗談に決まってるだろ? 第一、あんなゴツイ奴がそうだとは思いたくねぇーよ」
肩をすくめ苦笑するフォンに対し、リオンは青筋を浮かべる。
「あのなぁ……お前……」
「いやいや。信じると思わないだろ? そもそも、リオンは顔知らないのか?」
「知らん」
フォンの言葉にリオンは即答する。その言葉にフォンは目を細めた。
「お前、資料を読み漁ってたんじゃないのか?」
「文書だけで写真など載ってない」
「はぁ……」
フォンがため息を吐くのと同時だった。突如、爆音が轟き、土煙が吹き上がる。
「な、何だ!」
「おい、あの場所って、メリーナが……」
フォンとリオンの視線がメリーナが向かった場所へと向き、次の瞬間には駆け出していた。何が起こったのか、何があったのか分からない。ただ、フォンは後悔していた。冗談でもあんな事を言ってしまった事を。
土煙が晴れると、そこに大柄の男が拳を地面へと突き立てていた。その男の目の前に佇むのは小柄の男。その後ろではメリーナが腰を抜かせていた。
腰に剣をぶら下げた小柄な男は、爽やかな笑顔で大柄の男を見上げる。大柄な男が大き過ぎるのか、それとも小柄な男が小さすぎるのか、どうにも不釣合いな光景にフォンとリオンは焦る。あの体格差では間違いなく殺される。そう直感していた。
メリメリと地面が軋み、ゆっくりと大柄の男の拳が持ち上がる。微量の土が舞い上がり、風でさらさらと散った。遅れて、その鋭い眼差しが小柄な男へと向けられる。
「貴様……何の真似だ?」
「いえいえ。女性に手を上げるなんて、男として最低の行為ですよ?」
表情一つ変えず、爽やかな笑顔を向ける小柄な男の灰色の髪が揺れる。自分よりも遥かに大きな相手に対しても、全く臆す事の無い彼の背にメリーナは直感する。彼がクリスの予言した人物だと。
そんな小柄な男の発言に、大柄な男の表情は引きつった。
「貴様……いい度胸じゃねぇか。捻り潰されてぇのか?」
大柄の男が拳を握り締めると、その拳を覆う様に手甲が現れる。その先に鋭い棘を無数に突き出した手甲が。
天翔姫同様にこの時代に普及した肉弾戦を得意とした者が使う武器だった。
しかし、そんな男に対し、小柄な男は困った様に眉を曲げ、右手の人差し指で頬を掻く。
「えっ? あ、あの……もしかして、やる気ですか?」
「あぁっ? テメェ、喧嘩売っておいて――」
「言え、その体で――」
小柄な男がそう告げると同時に、突如大柄の男の右肩から血が噴き上がる。鮮血が散り、大柄の男がよろめく。そして、驚きの表情を小柄な男へと向ける。一体、いつ斬られたのか全く理解出来ていなかった。
一方で、フォンとリオンもその光景に驚愕し足を止めた。何が起こったのか全く分かっていない。
「な、何だ……」
「おい、もしかして……」
リオンの視線はメリーナの前に佇む小柄の男へと向く。リオンも気付いた。行けば分かる、会えば分かると言ったその言葉の意味を。
圧倒的な存在感だった。その風貌も雰囲気も全てが、この場にいる誰よりも。




