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第64回 時を越えて

「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 長い金色の髪が激しく振り乱し、少女は何度もフォンに頭を下げていた。

 そんな彼女の前に仰向けに倒れるフォンは、両手で鼻を押さえ涙を流していた。そして、その横に佇むリオンは呆れた様に息を吐き、頭を抱えていた。


「本当に、すみませんでした!」


 フォンに対し、もう一度彼女は深々と頭を下げた。まるで貴族の様な綺麗な純白のドレスを土に着けて、それは丁寧に。

 その姿に流石のフォンも大慌て。鼻から血を流したままパタパタと両腕を振り、声を上げる。


「だ、だだだ、だ、大丈夫!」

(全然、大丈夫そうには見えないんだが……)


 フォンの言葉に、そんな事を思いながらリオンはうな垂れる。

 それはそうだ。鼻血を垂らしながら大丈夫と言っても全く持って説得力がなかった。そんな事とは知らず、フォンは更に言葉を続ける。


「ぜ、ぜ、全然へ、へ、平気だから! ふ、ふふ、服が汚れるし、そ、そ、そん、そんな事しなくていいよ!」


 大慌てでフォンがそう言う。フォンも見た目で分かったのだ。彼女の着ている服がとても高価なモノだと。

 しかし、彼女は気にした様子も無く、にこやかに微笑んだ。そして、静かに立ち上がりスカートに付いた土を払う。


「お優しいんですね」

「そ、そそ、そ、そんな、そんな高価な――」


 フォンが言い終える前に、彼女の右手がその鼻に触れる。彼女の突然の行動に、フォンは言葉を呑み目を丸くしていた。

 ニコッと笑みを浮かべた少女の右手が薄らと光を放つ。その輝きにリオンは目を細める。気付いたのだ。彼女が癒天族だと。

 僅かな暖かさがフォンの鼻を包み込む。その暖かさに、フォンの目は虚ろになった。何が起こっているのかフォンは分からず、その温もりにボンヤリとするしかなかった。

 それから暫くの時が過ぎ、少女の手がゆっくりとフォンの鼻から離れる。


「はい。終わりました」


 少女が微笑み首を傾げると、その鼻からツーッと血が流れた。

 癒天族は傷を癒す力を持つ種族。もちろん、傷を癒すのにはそれなりのリスクがあり、癒した傷の十分の一程の傷を負うのだ。故に、彼女の鼻から血が流れたのだ。

 鼻から血を流しながらも微笑ましく笑みを浮かべる彼女の姿に、フォンは更に慌てる。


「血、ちち、血、出てるから!」

「ふぇっ?」


 首を傾げる少女は右手で鼻を触り、その手を見つめる。


「わっ! 本当です。血、出てますね」

「で、出てますね、じゃなくて、大丈夫かよ?」

「大丈夫ですよ。綿を突っ込んでいれば止まりますから」


 えへへ、と笑う少女に、唖然とするフォンは、目を細め呟く。


「それじゃあ……力使わないで、綿を突っ込めばよかったんじゃ?」


 フォンの言葉に僅かな間が空く。それから、彼女は「はっ!」と声をあげ、目を丸くする。


「言われてみれば、そうですね」


 鼻血を流しながらニコニコと笑みを浮かべる少女へと、フォンとリオンは背を向けコソコソと話す。


「お、おい……大丈夫か?」

「俺の中の癒天族のイメージがドンドン崩れていくんだが?」


 不安そうなフォンの言葉へと、リオンがそう述べる。リオンの中で、癒天族と言えば落ち着いていて何事にも冷静に対処すると、言うイメージだった。それは、リオンの知る癒天族がルナ一人だけだったからだ。あの人は物静かで落ち着いていた。その印象が強いのだ。

 二人がそんな事を話しているとは知らず、少女はえへへと、右手で頭を掻いていた。綺麗な顔立ちだが、その表情には何処か幼さが残っている事から、彼女が自分達と同じ歳位だとフォンとリオンは分かった。

 戸惑う二人は、小さくため息を零し、ジト目を少女へと向ける。金色の髪を揺らす少女は「えへへ」と無垢な笑みを浮かべる。

 その所為だろう、フォンもリオンも彼女を憎む事は出来なかった。



「私は、癒天族のメリーナです。危ない所を助けていただき、ありがとうございました」


 ハキハキとした口調でそう言ったメリーナは、深々と頭を下げる。金色の髪がふわりと舞い、優雅に揺れる。

 メリーナと言う名にリオンは訝しげな表情を浮かべ、右斜め上へと視線を向け記憶を遡る。確かに、何処かで聞き覚えのある名前だった。古い書物か何かで出てきた名前だった気がするが、一体、どの書物の記録だったのかハッキリとは覚えていなかった。

 一人考え込むリオンを他所に、フォンは満面の笑みを浮かべ彼女へと右手を差し出す。


「俺は、フォンだ。よろし――」

「あぁーっ! 思い出したぞ!」


 フォンが全てを言い終える前に、リオンが声をあげその体を弾き飛ばした。不意打ちによる一撃でフォンの体は軽々と地面を横転すると激しい土煙を上げ木の幹へと衝突する。

 メリーナは心配そうに土煙の方へと視線を向けるが、その視線を切る様にリオンが目の前へと移動する。


「め、め、めり、メリーナと言えば、五三〇年前の大戦争で活躍したゆ、癒天の女神!」

「癒天の……女神? 何ですか? それ?」


 突然のリオンの発言に、メリーナは首を傾げた。言っている意味が全くよく分かっていないメリーナに対し、リオンは珍しく鼻息を荒くする。

 それには理由があった。五三〇年前、それは最も文明が栄えていた時代で、最も鮮明に記録が残されていた時代でもあった。風化する事無い紙に、色あせる事の無いインクで書き記された記録は、五〇〇年以上が過ぎようとも、原型を留め新品の様に書庫においてあったのを、リオンはハッキリと思い出した。

 そして、その記録の中に、当時の技術で記録された癒天の女神と呼ばれた女性の名は間違いなくメリーナだった。

 目を皿の様にし、リオンはメリーナをマジマジと見据える。その視線に恥ずかしそうに微笑するメリーナは、右手の人差し指で頬を掻く。


「あ、あの……そんなに見つめられると恥ずかしいです」

「あ、ああ……す、すまん。そ、それより、聞きたい事があるんだが……」


 視線を逸らし、息を呑んだリオンが、そう口にする。すると、メリーナは愛らしく首をかしげ唇へと右手の人差し指を添える。


「聞きたい事……ですか? 私で、答えられる事であれば」


 ニコッと微笑するメリーナへと、リオンはゆっくりと口を開く。


「今は、何時代だ?」

「はぃ? 何時代? え、えっと……ど、どう言う意味ですか?」


 質問の意図が分からない、と言いたげにメリーナは表情を引きつらせそう尋ねた。その言葉で、リオンはおおよその事を理解する。

 今、リオン達が居るこの世界に、時代と言う言葉が無いのだ。そして、その事からリオンは答えを導き出す。この時代は、恐らくクロスワールドに四つの国が生誕した時代だと。

 もちろん、四つの国が生誕したのは、数百年程昔だろうが、生誕し各々の国が各大陸全土に知られ、認められる様になったのが、この時期だと、リオンは睨んだ。

 記録を読んだ限り、メリーナと言う女性が生きた時期が丁度、四つの国が大陸を統一し、そして、一つの高度な文明が終わる時までの二十年と言う短い生涯だったのだ。


「も、も、もしかして……こ、ここは……」


 リオンは、動揺から瞳を揺らがせていた。嫌な予感が頭を過ぎる。そして、そんなバカな事があるわけが無いと、自分自身に言い聞かせる。時を遡るなどと言う技術が、自分達の居た時代であるわけがないと。

 困惑するリオン。すでに、頭の中は真っ白だった。何を考えているのかすら分からなくなっていた。

 木の幹へと頭をぶつけたフォンは、ゆっくりと体を起こす。右手で頭を擦り、「いてて」と声を上げて。

 突然の不意打ちだった為、多少なりに驚いたフォンだったが、大した怪我も無く着ていた衣服に土埃が付いた程度だった。


「全く、痛いじゃないか! リオ――ぐっ!」


 またしても、フォンが全てを言い終える前に、リオンがその口を押さえた。突然のリオンの行動に、フォンは目を白黒させ、軽いパニックに陥る。そんなフォンへとリオンは息を呑み、静かに告げた。


「こ、こ、ここは、も、も、もしかしたら……五三〇年前かもしれない……」


 と。

 だが、パニックに陥っているフォンにはその言葉を理解する事が出来ず、ただ何度も目を白黒させていた。

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