第63回 古代文明
馬に跨り馬車を引くリオンは、フォンから受け取った剣を抜いた。
馬車を囲う様に空を滑空する妙な板に乗った男達が五人。普通に戦えばリオンが圧倒的に強いが、馬に跨りながら戦うと言う事を経験した事が無く、リオンは悪戦苦闘していた。
道も大して整備されているわけでもない為、時折馬車が浮き上がり、乾いた衝撃音が響く。そして、荷台の中から「きゃっ!」と女性の声が聞こえた。
その声で、リオンは初めて荷台に人が居る事に気付いた。そして、周りにいる男達が狙っているのはこの馬車ではなく、荷台に乗った人なのだと理解する。
一体、誰が乗っているのかは分からないが、男達の様子から貴族か、商人だとリオンは判断した。
「とっとと馬車を止めろ!」
「痛い目みてぇのか!」
乱暴な口調でそう言う男達に、リオンは正面を見据えたまま更に馬を加速させる。その行動に、男達の中で一番体格の大きな男が小さく舌打ちをし怒鳴る。
「チッ! 殺せ! 荷台のモノさえ無事ならいい!」
「了解!」
「馬如きで、スカイボードのスピードに勝てると思うなよ!」
宙を滑空する板に備え付けられたアクセルを、男達は右足で踏み締める。すると、その板は加速し馬車を抜き、馬の前へと二人の男が飛び出す。
眉間にシワを寄せたリオンはその行動に思わず手綱を引く。馬は悲鳴をあげ前足を大きく振り上げる。しなやかなその肉体が持ち上がり、蹄から土が落ちた。馬車は大きな衝撃音を響かせ動きを止め、男達はゆっくりと空飛ぶ板の動きを止めた。
馬が落ち着きを取り戻すと、リオンは吐息を漏らし馬から飛び降りる。その行動に男達はニヤニヤと笑みを浮かべ、その手に小さな箱を取り出す。それを目にし、リオンは訝しげな表情を浮かべた。
(あの箱は……まさか――)
リオンがそう思った矢先だった。彼らが箱に付いたボタンの一つを人差し指で押すと、その箱はみるみる内に武器へと変わる。剣、槍、双剣、アックス、ライフルと、様々な武器に。
その瞬間にリオンは眉間にシワを寄せた。その武器に見覚えがある。いや、その武器は量産などされていないただ一つの英傑の一人が使った武器。それを、何故この様な山賊如きが持っているのか、リオンは疑問に思う。
だが、その答えはすぐに分かった。
「お前、まだそんな旧型の武器を使ってんのか?」
「何処の田舎者だ?」
「よっぽど貧乏な育ちなんだろ?」
そんな会話をし、男達は笑いあう。その掛け合いでリオンは一つ気付く。この世界が自分の居た世界とは違うと言う事を。
ボックス型の武器は、リオンが居た世界ではすでに研究されていない。それは、ボックス型の武器の構造が複雑で、今の技術では到底作る事の出来ないモノだったからだ。
そんな高度な技術で作られたボックス型の武器が大量生産されていると、言う事からリオンが導き出した答え。それは――
(古代文明の時代か……)
これが、リオンの導き出した答えだった。もちろん、そんな非科学的な事、簡単に受け入れる事は出来なかった。幾ら古代文明でも、時空を超える程のモノを作る技術があったとは到底思えなかった。
その為、僅かな戸惑いをリオンは感じていた。しかし、今はそんな事を気にしている場合ではないと、深く息を吐き出し、意識を集中する。
空気が変わった事を男達も悟ったのか、奇妙な板から飛び降りリオンを囲む。そんな男達の顔を見回し、リオンは剣を構える。僅かに赤く染まるリオンの瞳に、男達は息を呑んだ。
男達の僅かな異変に、リオンはすぐに気付き、一気に間合いを詰める。一瞬の事に剣を持った男が戸惑う。そして、ライフルを持った男が引き金を引く。銃声が轟き、弾丸が放たれる。だが、リオンはすぐに足を止め身を仰け反らせ、弾丸をかわした。
自らの目の前を通過する鉄の弾丸に、リオンは訝しげな表情を浮かべ、同時に重心を前方へと倒し、正面にいる剣を握った男へと切りかかった。
金属音が響き、火花を散らせ、男の体が弾かれる。それにあわせ、リオンもすぐにその場を飛び退く。
「こ、コイツ! 銃弾をかわした!」
「くっ! ふざけるな!」
声を荒げ、リオンの右側からアックスを振り上げた男が迫る。だが、その時、男のコメカミへとあの妙な板が衝突した。鈍い痛々しい音が響き、男の体が板と共に吹き飛ぶ。
「うわわわっ!」
板から投げ出されたフォンは地面へと落下し激しく横転した。土煙を巻き上げるフォンはリオンの足元でうつ伏せに倒れる。そんなフォンの肩を軽く蹴ったリオンは、呆れた眼差しを向ける。
「何やってんだ? お前は」
「う、うぐっ……」
単発の声を漏らしたフォンはゆっくりと体を起こし、頭を激しく左右に振った。
「くっそ……何で乗りこなせないんだ……」
「それは、お前が不器用だからだろ」
「だ、誰が不器用だ!」
リオンの言葉にフォンが怒鳴り立ち上がる。自覚は無いが、フォンは中々の不器用だ。と、言うより、機械の類を全く持って扱えないのだ。リオンが見る限りあの空を飛ぶ板はなんらかの機械で出来たモノ。それをフォンが扱うなど、不可能に近い事だった。
呆れた眼差しのリオンに対し、真剣な表情のフォンは拳を握り振り上げる。
「俺は、絶対にアレに乗る!」
「無理だと思うぞ?」
「いいや! 絶対――」
フォンがそう言いかけた時、突如銃声が轟き、弾丸がフォンの右頬を掠めた。鮮血が迸り、呆然とするフォンの右頬に熱い痛みが走る。
「テメェら! 俺達を無視してんじゃねぇぞ!」
銃口から白煙の上るライフルを握る男がそう怒鳴る。すると、リオンがゆっくりと男の方へと体を向けた。
「覚悟は出来てるな?」
静かなリオンの問いかけに、男は「へっ?」と間抜けな声をあげる。だが、その瞬間にはすでにリオンが間合いを詰めていた。
「なっ!」
男が驚き声を上げたと同時に、リオンの剣がその体を斬りつけた。鮮血が迸り、男の手からライフルが投げ出される。それを見上げていたフォンは軽い足取りで駆けた後、跳躍しそれを掴んだ。
音も無く地上に降り立ったフォンは、ライフルをマジマジと見据える。一方で、男達はフォンとリオンの動きにただ驚愕し、一歩、二歩と後退りした。
「な、何だ……コイツら……」
「ひ、退くぞ!」
あの妙な板へと三人の男が飛び乗る。だが、それと同時にフォンが三度引き金を引いた。単発の銃声が轟き、その板を弾丸が撃ち抜く。そして、激しい爆発が起き、三人は空へと吹き飛ばされた。
「おおーっ。飛んだなー……」
「アレは……死んだな」
左手を眉の上へと真っ直ぐに当て、空を見上げるフォンの隣りで、リオンが剣を鞘に収めそう呟いた。
その言葉に苦笑するフォンは、その手に持っていたライフルを投げ捨て、「お、俺は何も知らないぞ!」と僅かに声を震わせ呟いた。
明らかな動揺を見せるフォンに対し、リオンは呆れた様にもう一度ため息を吐き、首を左右に振った。
場の空気が落ち着いた所で、リオンは馬車へと目を向ける。そして、フォンを横目で見据え、静かに口を開く。
「フォン。まだ気を抜くな」
「んっ? あ、ああ……」
真剣な表情のリオンに、フォンは戸惑いそう返答する。何をそんなに警戒しているのか分らなかったのだ。
首を傾げるフォンを他所に、リオンは静かに馬車の荷台へと近付き、腰の剣へと手を伸ばす。息を殺し、唾を静かに呑み込む。
奇妙な行動を取るリオンに続き、フォンも静かに荷台へと近付く。
と、その時だった。荷台に備え付けられた扉が開き、フォンの顔を殴打したのは。




