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第61回 裏切り 消された二人

 背後から響く金属音に、クレアは静かに足を止める。

 その様子に気付いたフォンは足を止め振り返った。


「クレア!」


 フォンがその名を呼ぶと、クレアは両肩を跳ね上げフォンへと視線を向けた。その瞳が不安げに揺らぐ。幾らアリアとニーナが強いと言っても、それはあくまでこの中での話しだ。この世界にはあの二人よりも強い者も居る。だから、不安だったのだ。クレアの元・暗殺部隊隊長としての直感がそう告げていた。

 しかし、そんなクレアの手をフォンが掴み引く。


「行こう! 今は、あの二人に任せるんだ!」


 フォンの強い言葉に、クレアは肩を跳ね上げた。その強い眼差しが、いつに無く真剣で怖かった。だから、クレアは息を呑み小さく頷く。

 そこに、リオンの声が響く。


「何してるんだ! 急げ!」

「ああ。分かってる! 行くぞ。クレア」


 フォンがクレアの手を引き走り出す。それに釣られ、クレアも走り出す。薄暗い闇の中を。

 四人の足音だけが響く細く長い通路。薄らとだが、壁は見えている。その為、何とか走る事が出来た。

 口から漏れる吐息は激しく乱れる。背後から迫る恐怖、闇に胸は張り裂けそうな程強く脈打っていた。

 先頭を走るスバルは、不意に足を止め蒼い髪を揺らし、左右へと頭を振る。スバルに追いつき、リオン、フォン、クレアの順に足を止め、同じように左右を見据える。

 分かれ道に立たされていた。右に行くべきか、左に行くべきか、迷っていた。


「どうする?」


 リオンが激しく肩を上下に揺らし口を開く。その切れ長の目が、右へ左へと瞳を動かす。どちらも続く先は闇。どうなっているのかなど、全く分からなかった。

 呼吸を整えるスバルは、眉間へとシワを寄せ目を凝らす。だが、光は無く通路の奥に続く闇しかその目には映らなかった。

 クレアの手を握っていたフォンは、静かにその手を離すと、顔をクレアの方へと向ける。


「大丈夫か?」


 無造作なその髪が僅かに揺らぎ、心配そうな顔をフォンは見せた。薄暗くその表情はハッキリと読み取れなかったが、クレアは嬉しそうに微笑し、小さく頷く。


「は、はい……だ、大丈夫です」


 呼吸は乱れていた。この中で一番体力の無いクレアだが、それでも今の所は呼吸の乱れは目立つ程ではなかった。

 安堵する様に大きく息を吐いたフォンは、「そうか」と呟き、体をリオン達の方へと向ける。その動きが薄暗い中でも分かり、クレアの表情は僅かに沈む。


「それで、どっちに行けばいいんだ?」


 フォンがリオンの方へと足を進め、能天気に尋ねる。だが、その言葉にリオンは首を振る。


「さぁな。そもそも、ここが何なのか、俺達は知らないんだ。何処にどう行けばいいかなんて知るわけないだろ?」


 当然のリオンの言葉にフォンは苦笑し、スバルへと目を向ける。スバルは苦しそうに右手を壁へと着き、左手で頭を抱えていた。訝しげな表情を浮かべるフォンは小さく首を傾げた。茶色の髪が右へと流れる。


「どうかしたのか? スバル?」


 不安げに眉を八の字に曲げるフォンの声に、スバルは髪を激しく乱し頭を左右へ振った。


「い、いや……なんでもない……」


 激しい頭痛がスバルを襲っていた。奥に行けば行くほど、その頭痛は激しくなり、吐き気を伴う。胸元でゴーグルを揺らし、スバルは灰色の瞳で床をジッと見据える。胸の奥で激しく脈打つ鼓動に、体が拒否反応を示す様に震える。

 こんな事、初めてで、スバル自身戸惑っていた。

 スバルの様子に、フォンとリオンは顔を見合わせる。困った様に眉を曲げ肩を竦めるフォンに対し、リオンは眉間にシワを寄せ目を細める。そして、その鼻から静かに息を吐く。怖い表情だが、これでリオンはスバルを心配しているのだ。

 腕を組むリオンは、もう一度鼻から息を吐いた。


「本当に、大丈夫か?」

「あ、あぁ……うぐっ!」


 スバルの表情が歪む。頭が割れる様に痛み、堅く瞼を閉じる。だが、直後にスバルが目を見開き、すっと背筋を伸ばす。まるで何もなかったかの様に。

 その行動に、フォンとリオンは違和感を覚える。だが、それを払拭する様にスバルは二人へと顔を向けいつもの様に笑う。


「ご、ごめん。もう大丈夫」

「本当に、大丈夫か?」


 右手で頭を掻くスバルへと、リオンが凄んだ。しかし、スバルは相変わらず笑みを向け、


「大丈夫だよ! ほら、行こう!」


 と、右へと体を向ける。突然のスバルの行動に、フォンは驚く。


「お、おい! 待てよ。何でそっちに行くんだ?」


 フォンの言葉に足を止めたスバルは、振り向きまた頭を掻き苦笑する。


「い、いや――そ、そう! 俺の直感が、こっちが正解だって!」

「直感? ……まぁ、ここでこうしているよりはマシか……」


 リオンが深くため息を吐いた。フォンも納得はしていなかったが、状況が状況だけに渋々、スバルの言うとおりに右へと足を進める。

 そんな三人の後へと小さく小首を傾げたクレアが続く。時折、もう一方の通路を気にしながら。

 静かな足音が闇に響く。もう大分落ち着いたフォン達四人の足音は、壁に反響し幾重にも重なる。

 背後からの気配も大分薄れ、皆落ち着いていた。乱れていた呼吸も整い、冷静さを取り戻していた。


「何処まで続いてるんだ?」


 不安げにリオンが呟く。その声は反響し、何処まで響いていた。

 先頭を進むスバルは苦笑し、顔を横に向ける。


「まだ道が続いてるって事は、多分正解って事だよ」

「どうだといいがな」


 スバルの答えに、リオンは呆れた様に息を吐き腕を組んだ。

 通路は人が二人並んで歩く程の幅まで狭まり、天井も大分近付いていた。間違いなく、奥に行くほど狭くなっている。

 最後尾を進むクレアはまた後ろを振り返り、小さく首を傾げる。僅かながら妙な気配を感じていた。


「どうかした? クレア?」


 クレアの動きにフォンが足を止め、振り向いていた。そんなフォンに慌てて顔を向けたクレアは、桜色の長い髪を揺らし、苦笑する。


「な、何でもないですよ!」


 両手を小さく振っているのが、闇の中でも薄らと見えた。だから、フォンは訝しげに目を細める。


「本当か? 何かあるなら、一人で抱え込むなよ?」


 フォンの暖かな言葉にクレアは嬉しそうに微笑み、


「はい。分かってます」


 と、明るく答えた。珍しくハキハキと返答したクレアに、フォンは聊か驚き目を丸くする。だが、すぐに鼻から息を吐き微笑し、優しく頭を撫でた。


「な、何ですか?」

「うーん……何となくかな?」

「な、何となくで、人の頭を撫でないでください!」


 頬を僅かに紅潮させ、クレアがむくれる。指の合間を流れる桜色の髪を乱し、フォンはやがて静かに手を離す。どうして、そんな行動を取ったのか、フォンにも不明だった。ただ、無性にそうしたくなったのだ。

 暖かな眼差しを向け、フォンは肩の力を抜いた。それとほぼ同時に、背後からリオンの声が響く。


「おい! フォン、クレア! 急いでこっちに来てくれ!」


 慌てた様子のリオンの声に、二人は顔を見合わせ走り出す。

 闇を抜け、フォンとクレアは一つの部屋へと出た。僅かに明かりが灯る殺風景な部屋に。

 不思議な部屋だった。天井には大きな亀裂と何かが突き刺さった様な跡が残され、部屋の真ん中には無駄に大きな古びた機械が置かれていた。その古びた機械には太いコードから細いコードまで様々なコードが、両端の壁際に置かれたモニター付きの機械に繋がれていた。

 見た事の無いその機械の前で佇むリオンとスバルに、フォンは静かに歩み寄る。


「な、何だよ、これ?」

「見た所、古代兵器って所かな?」


 大きな機械に右手で触れるスバルが、そう告げ膝を床へと着く。床に溜まった埃を人差し指で拭い、スバルは目を細める。埃の溜まり具合から見て、相当長い間この部屋は使われていない。

 長方形の大きな箱の様な機械に、クレアも感嘆の声を上げる。


「これが、古代兵器なんですか? とても、そうは見えないですね」

「そうだね。まぁ、あの天翔姫も普段は武器に見えないボックスだろ?

 きっと、古代の文明って言うのはこう言う箱型にするのが当たり前だったんじゃないかな?」


 スバルがゆっくりと立ち上がり、膝に着いた埃を払いながらそう述べた。その言葉にクレアは「そうなんですか」と納得した様子で答えた。


「しかし、この箱は一体何に使うものなんだ?」


 リオンが右手でその機械へと触れる。その目はいつに無く輝きを放ち、やや興奮気味だった。こう言うモノを見ると、やはり天賦族としての血が騒ぐのだろう。

 興味津々のリオンに、フォンは呆れた様に苦笑し、頭を掻いた。その時だった。突然、機械が妙な音をたて起動する。


「うえっ! り、リオン! 何したんだ?」

「いや、俺は何も――」

「フォンさん! リオンさん! アレを!」


 クレアが慌てて指を差す。その先にいたのはスバルだった。壁際に備え付けられたモニター付きの機械を操作するスバルの慣れた手つきに、フォンもリオンも訝しげな表情を浮かべる。

 二人が知る限り、スバルは機械の類には弱いアナログ人間だ。そんなスバルが何故あんな複雑な操作パネルを手馴れた手つきで操作しているのか、分からなかった。


「な、何してるんだ? スバル」


 リオンが機械から右手を離し、静かにスバルに問い掛ける。だが、スバルは答えず、機械を起動していく。


「おい! スバル!」


 フォンが怒鳴ると、スバルの手が止まる。そして、その肩が静かに上下に揺れる。


「ふふっ……ふふふっ……思い出したんだ。俺のすべき事を――」

「スバルさんの……すべき事?」


 クレアが首を傾げると、スバルの手が、パネルの中心にある赤いボタンを押す。すると、突然長方形の箱型の機械が不気味な音を響かせる。

 何が起こっているのか理解できず、フォンもリオンもただスバルの背中を見据えていた。そんな中で、クレアだけが、剣を抜き構える。


「どう言うつもりですか!」


 クレアが叫ぶ。そして、フォンとリオンはそんなクレアをとめようと間に入った。


「お、落ち着け! クレア」

「そうだよ。きっと、何かわけが――」

「相変わらず、お人よしだね。君達は」

「スバル!」


 リオンが怒鳴り、スバルを睨む。だが、振り向いたスバルは、不適に笑い肩を竦める。


「俺の目的は、君達を消す事。この世界から、抹消する事だよ。

 ……言っている事が理解出来ないって顔だね。ふふっ、当然だろうね。

 俺は、自分の記憶を消し、そして、あのアカデミアに入学した。全ては、君達を消す為に」


 静かに語るスバルの言葉に、二人はただ困惑していた。明らかに雰囲気が違う。分かるのはそれだけだった。


「今すぐ、この機械を止めてください!」


 クレアが怒鳴るが、スバルは首を振る。


「それは、出来ない相談だね。言ったろ? 俺の目的は彼らを消す事だって」

「そんな事、させません!」


 クレアが床を蹴りスバルへと迫る。だが、それは一瞬だった。ゴーグルを掛けたスバルは、槍でクレアの足を払い、倒れたクレアの喉元へと切っ先を突きつける。


「今の俺は、君よりも遥かに強い。邪魔はしないでくれないか?」


 スバルの言葉に、クレアは唇を噛み締める。分かったのだ。今のスバルの強さは自分よりも圧倒的に上だと。


「さぁ、お別れだ。さようなら。フォン、リオン」


 スバルが言葉を言い終えると同時に、その長方形の機械が発光し部屋全体を包み込む。


「な、何だ!」

「か、体が――」


 フォンとリオンは突然浮遊感に襲われる。体が、何かに吸い込まれていくそんな感覚だった。

 そして、光が収まると、そこに二人の姿はなかった。

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