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第60回 地下通路

 フォン達一行は、崩れた墓石の下に現れた階段を下り、暗い地下通路を歩んでいた。

 先頭を行くアリアは、その手にランプを持っていた。その明かりだけが、暗い通路を照らし、皆の影が幾重にも重なる。

 最後尾を歩むニーナは、後方を警戒し右手は常に剣の柄を握り締めていた。

 地下だけあって、空気は冷たい。その為、フォンは茶色のコートに包まる様にして足を進めていた。


「一体、何処まで続いてるんでしょうか?」


 唐突に、クレアが疑問を投げ掛ける。それは、誰もが思った事で、誰一人分からない事だった。だから、返答はなく沈黙だけが流れた。

 フォンを含む六人の静かな足音だけが響く。時折聞こえる水音。それは、近くに水脈があると言う事なのだろう。僅かに漂うのはかび臭さと埃っぽさ。それでも、何故だか地下通路には何度も人が入った形跡が残っていた。

 アリアを先頭に、リオン、スバル、フォン、クレアと続く。流れる冷たい風が、足元を吹き抜ける。

 右手を壁に添えるリオンは、小さく吐息を漏らしスバルへと視線を向けた。


「どう思う?」


 リオンはアリアの持つランプの光で薄らと照らされたスバルの顔を見据える。すると、スバルは肩を竦め左右に首を振る。


「さぁ? 俺に聞かれてもサッパリだよ」


 呆れたモノの言い方に、リオンは眉間にシワを寄せる。だが、スバルが何も考えていないわけではない。スバルも色々と考えた。考えた結果が、この答えだったのだ。

 誰が、何の目的でこんな通路を作ったのか。そして、その入り口は何故墓石の下だったのか。気になる事は他にもあるが、この二つが最大の疑問だ。

 周囲に気を張るアリアの口数は少ない。その所為か、妙に緊張感が漂っていた。


「全く……どこまで続いてるんだか……」


 最後尾のニーナがため息交じりに呟く。その声に、前を歩むクレアは苦笑する。そして、フォンがジト目で口を開く。


「大体、何で俺らこんな所に居るんだ?」

「えっ? そ、それは……」


 クレアが困った様に、視線を先頭にいるアリアへと向けた。ここに入ろうと言い出したのはアリアだった。知的好奇心が勝ったのだろう。アリアは目を輝かせ興奮気味に皆を説得していた。

 この奥に何があるのかは誰も分からない。だが、お宝の類でない事だけはハッキリしている。ワザワザ、人払いの噂を流す程だ。もしかすると、この奥にあるのは――。フォンは僅かに頭の隅でそんな事を考えていた。

 暫くまた沈黙が続く。静かに響くのは足音だけ。やがて、フォン達は真っ暗な広い部屋に出た。通路と違い、漂う空気が一層冷たく変り、足元妙に響き渡る。


「広い場所に出たな……」


 思わず、アリアは呟き、右手に持ったランプをかざす。それでも、手前の壁しか見えず、延々と闇が続いていた。

 流石のアリアも怪訝そうな表情を浮かべ、後ろを振り返る。そんなアリアとリオンは目が合い不服そうな表情で口を開く。


「どうするんだ? まだ、先に行くのか?」

「うーん……」


 リオンの言葉にアリアは右斜め上へと視線を向け唸り声を上げる。未知なる場所への探求心は拭えないが、これ以上踏み入るのは危険だと直感が告げていた。

 暫し考え込むアリアに、最後尾に居たニーナが口元に右手の人差し指を当て、押し殺した声で言う。


「シッ! 後ろから足音が!」

「足音?」


 訝しげな表情でアリアが耳を澄ます。すると、静かな二つの足音が通路の奥から聞こえてきた。妙な金属の擦れる音を僅かに響かせながら。

 嫌な予感がアリアの脳裏を過ぎる。そして、表情を強張らせ、すぐにフォン達へと指示出す。


「フォン! リオン! スバル! クレア! 四人は奥へ!」

「ちょ! アリアとニーナは――」

「いいから、急げ!」


 フォンの発言を抑える様にアリアが怒鳴る。その声は反響し、恐らく通路の奥に居る者にも聞こえたのだろう。足音が聞こえなくなった。

 息を呑むアリアは、手に持っていたランプをフォンの方へと放った。ランプの炎が揺らめき、フォンは慌ててそれを両手でキャッチする。


「アチッ!」


 思わず声をあげ、お手玉するが、それでも何とかランプを落とさず手におさめた。


「いいか! お前達はただ前に進め! 何があっても振り返るな!」


 真剣な表情のアリアがそう告げ、腰の剣へと手を伸ばす。

 呆然とアリアの背を見据えるフォンの手を、クレアがギュッと握った。その感触で、我に返ったフォンは、ゆっくりとクレアへと視線を向ける。


「行きましょう。フォンさん」


 不安そうなクレアの眼差しに、フォンは僅かに俯く。唇を噛み締め、拳を握って。分かっていた。クレアがどうして、あんな目をしたのか。それは、アリアの言葉の意味を誰よりも理解しているからだった。

 アリアの言葉の意味――強敵が来る。お前達は逃げろ。そう言う意味を含んでいた。フォンも何となくは分かっていた。


「分かった……リオン、スバル」


 フォンは小さく頷き、リオンとスバルへと目を向ける。リオンとスバルと目が合う。


「行こう」


 リオンが呟き、スバルが頷く。スバルの胸元で揺れるゴーグルがランプの光を僅かに反射させた。

 不安そうにフォンはアリアとニーナにもう一度視線を向け、覚悟を決めたように走り出す。それに続くように、リオン、スバル、クレアと続いた。

 クレアが最後尾についたのは、理由があった。それは、アリアの言葉に含まれたクレアへのメッセージ。三人を守ってくれと、言う事だった。四人の中で一番実力があるのは、間違いなくクレアなのだから。

 ランプの光が奥へと消えていくのをアリアは確認し、静かに下がる。ニーナもその動きに従う様に、後ろへと下がった。広い部屋で、何処に壁があるのかも分からない。そんな状況下で、アリアもニーナも気配だけでお互いの姿を確認し、耳を澄ます。


「来るぞ……」


 近付いてくる足音に、アリアが小さく呟く。

 エメラルド色の髪を闇に揺らし頷くニーナは、強くその剣の柄を握り締める。闇に走る緊迫した空気に、近付いていた足音が静かに消えた。


(……立ち止まった?)


 ニーナはそう考え、周囲を警戒する。だが、全く気配が無い。何故なら、足音が止まった位置から考えて、まだこの広間に足を踏み入れた形跡はなかった。

 だが、刹那、闇に薄らと輝く何かが見え、ニーナは咄嗟に剣を抜いた。金属音が轟き、火花が闇を僅かに照らす。その一瞬の光に、アリアも自らに迫る影へと気付き、二本の剣を抜く。遅れて、金属音が響き、衝撃がアリアを後方へと弾いた。


「ぐっ!」


 両足を床へと確り踏み締め、勢いを止めたアリアは、目を凝らし闇を見据える。だが、光も無い闇には人影すら見えなかった。

 完全にニーナの気配も見失ったアリアは、意識を集中する。そして、闇の中に三つの気配を探し当てる。一つはニーナで、残り二人は――感じた事の無い不気味な気配だった。


「ニーナ!」


 アリアが声を上げると、闇の中に糸状の何かが煌いた。思わず、身構えるアリアは、更に周囲へと視線を動かす。いつの間にか、その糸状のモノは広い部屋全体へと張り巡らされていた。まるでクモの糸の様だが、それは研ぎ澄まされた刃の様な輝きを放つ。

 触れてはいけないと、直感し、アリアは右手に持つ剣を振り下ろす。それは、極限まで薄く研ぎ澄ませた斬る事にのみ特化した剣。だが、その剣は張り巡らされた糸状のモノに触れると、激しい火花を散らせ軽々と弾き返された。

 衝撃に、思わず仰け反ったアリアは表情を歪める。糸状のモノは強度が高く柔軟性のある物質で造られた鋭い刃なのだと分かった。その証拠に、アリアの剣とぶつかった時に火花が上がった。細いのに折れなかったのは、糸の様な柔軟性があった為、衝撃を伝達し和らげたのだ。

 僅かに波打つその糸状の刃物を見据えるアリアは、ゆっくりと後退する。だが、そこで、足を止めた。右の脹脛に僅かな痛みを感じたのだ。


「ぐっ……まさか、ここにも……」


 表情を歪めるアリアの脹脛から僅かに血が流れる。触れた瞬間に動きを止めたため、皮膚が裂けた程度だったが、もし飛び退いていたら。そう考えると寒気がした。

 すでに、アリアはこの糸状の刃物で囲まれているのだと理解する。ニーナを助けに行く事も出来ず、逃げ場もない。恐らく、初めから分断するのが目的だったのだと、今更ながら気付いた。


「くっそっ! もっと早く気付いていれば――」

「どうにかなるとか思ってる?」


 唐突に響く幼い子供の様な声。瞬時に剣を構え、アリアは気配を探る。

 自分の数十メートル先に佇む一つの気配を感知し、アリアは静かに息を吐く。


「誰だ……」

「さぁ? 誰かな?」


 不適な含み笑いが反響し響く。まるで、アリアをあざ笑う様に。

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