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第6回 英傑と呼ばれた男

 頭をさするフォンは、森の奥にあるログハウスの前にいた。

 二階建ての結構大きめのログハウス。そこにルナは一人で暮らしている。裏手には小さいながらも畑があり、井戸なんかも備え付けられており、買出し以外に不便な事は無い。それ故にフォンもリオンもよくここに遊びに来ていたのだ。

 扉の前に立つフォンは、振り返り階段の下にいるリオンとスバルを見据える。来るのに慣れているリオンは相変わらず落ち着いた様子だが、初めて来るスバルは興奮気味でなにやら落ち着かない様子だった。その為、フォンは不安で仕方なかった。何か余計な事を聞くんじゃないかと。

 ジト目を向けるフォンに、スバルは顔を上げると鼻息荒く、


「ど、ど、どうしたんだ? は、早くのの、ノックしろよ!」


 と、声を震わせる。よっぽど興奮していると見る。その為、フォンの不安は一層強くなった。リオンと視線を合わせ頷きあい、フォンはドアを静かにノックした。だが、返答は無く静かな時が過ぎる。首を傾げもう一度ノックするが、やはり返答は無い。ドアに耳を当て聞き耳を立てるが、部屋の中から足音すら聞こえてこない。


「おかしいなぁ? 出掛けてるのかな?」


 ドアから耳を離し階段を一段下りてそう呟くと、スバルが不満そうに声を上げる。


「うっそだっろっ!」


 妙な言葉の区切り方に、隣に並ぶリオンは呆れた顔を見せ、引きつった笑みを浮かべた。


「何だ、その言い方は? 頭でも打ったのか?」

「んなわけ無いだろ! てか、マジで留守なんですか!」

「うーん……どうだろ?」


 腕を組み首を傾げるフォンが軽い口調でそう述べると、唐突にドアが軋む音が聞こえた。


「る、ルナさん?」


 慌てて振り返ると、開かれたドアの隙間から血にまみれた女性が顔を見せる。


「うおおおっ!」

「ぬあっ!」


 フォンは驚き階段から転げ落ち、スバルもその女性の姿に驚き咄嗟にリオンの背中に隠れた。フォンのあまりの驚きように、ドアの隙間から顔を出した女性は、美しい金色の髪を揺らしながらドアから姿を見せる。フォン達と変わらぬ歳程に見え、背丈もフォンより少し程低い位のその女性は、ふら付きながら階段の前まで足を進めると、下の段で倒れるフォンを見据え静かに口を開く。


「フォンくん? どうしたの? 今日は?」

「ど、ど、ど、どうしたのって! ルナさん! ま、また、あの力使ったんですね!」


 慌てて立ち上がったフォンに、ルナは困った様な表情を浮かべ右上の方へと視線を向けた後に優しく微笑む。だが、フォンはそんな笑顔には騙されず、階段を上がりルナへと詰め寄る。


「先週も、先々週も、力を使ってたじゃないですか! もう少し、自分の体を大事にしなきゃダメです!」

「ごめんなさい。でも、今回はどうしてもあの力が必要で……」


 表情を曇らせ口ごもるルナの背後でドアがゆっくりと開かれる。ドアが軋む音に驚くフォンとリオンは、お互いに顔を見合わせる。この家にはルナしか住んでいない事を知っているからだった。驚くフォンとリオンの視線がドアの方に向けられ、それと同時にドアの向こうから一人の若い男が姿を見せた。漆黒の髪を揺らし、暗い表情を見せる若い男は、二歩前へと歩むとルナの肩を掴んだ。


「ルナさん!」

「ごめんなさい……。今の私に出来る事は全てやったわ。でも……」


 ルナが首を左右に振ると若い男は唇を噛み締め固く瞼を閉じた。その目から薄らと涙が溢れ、男は膝から崩れ落ちる。何が何だか分からず、戸惑うフォン達にルナはゆっくりと振り返ると、フォンに物悲しげな表情を向けた。

 その物悲しげな表情にフォンは首を傾げ、後ろにいたリオンとスバルの方へと視線を向ける。二人と視線が交錯し、二人も首を傾げる。

 ルナはそんな三人を見据え、瞼を一度閉じると意を決した様に静かに口を開く。


「三人とも入って。君達三人には、見てて欲しい。彼の最期を……」

「えっ?」


 ルナの言葉の意味が分からず、フォンは奇怪な声をあげた。

 三人はログハウスの二階一番端の客室の前にいた。壁に向かい頭を打ちつけ、奥歯を食いしばるフォン。窓の前で腕を組み俯くリオン。ドアの横で座り込み膝に顔を埋めるスバル。三者三様の形で悲しみ涙を流す。その部屋の中にいたのは、英傑の一人ワノールだった。

 傷だらけの姿でベッドに横たわるワノール。その胸は上下していない。すでに息は無かった。ルナは最善を尽くした。もちろん、癒天族としての力も使い彼を救おうとしたが、それでも彼は助からなかった。彼が使った力がまずかったのだ。烈鬼族の力活性化。その力により細胞が活性化されており、ルナが治療するその時にはもう再生させられる程細胞が残っていなかったのだ。

 声を殺し涙だけを流すフォンは、壁に頭をぶつけたまま膝から崩れ落ちる。それから、タガが外れた様に押し殺していた声が吐き出され、薄暗い廊下にフォンの声が響き渡った。その声にリオン、スバルの二人の声が重なる。三人の声にワノールの横に座るルナは、静かに瞼を閉じ肩を震わせた。決して声は出さず、ルナも泣いた。人知れず静かに。

 どれ位の時間泣いたか分からないが、フォン達三人は森の中にいた。ルナの家からの帰り道だった。空にはもう星が散らばり、欠けた月が僅かに地上を照らす。森の中、月明かりに照らされる三人は、足元から僅かに伸びた影を見据え立ち止まる。

 誰一人として口を開かず、自分の足元から伸びる影を見つめていた。未だ信じられなかった。あのワノールが殺されたと言う事が。確かに彼は老いていたが、それでもこの世界で十本の指に入る程の剣術の腕を持っていた人だ。その人の死を誰一人信じられなかった。


「何で……」


 ボソリとスバルが呟く。


「何で……ワノールさんが……。英傑で、この世界でも有数の――」


 スバルが全てを言い終える前にその胸倉をリオンが掴んだ。


「それ以上言うな!」

「けど! ワノールさんは、もう!」


 スバルの言葉にリオンの手から力が抜ける。実感する。ワノールと言う偉大な人の死を。唇を噛み締め拳を握るリオンに、フォンは空を見上げ静かに口を開く。


「アイツの言う通りだ……」

「えっ?」


 フォンの声にスバルが驚きの声を上げると、フォンは木々の合間から覗く月を見据え告げる。


「世界は広い……。英傑なんて呼ばれている人よりも強い人はいる」

「ふざけるな! フォン! お前、自分が何言ってるのか分かってんのか!」


 怒声を響かせるリオンが、フォンの背中を睨む。スバルもフォンの言葉に不満そうな表情を浮かべていた。

 静かに風が流れ、木々がざわめく。そんな中でフォンの視線がゆっくりと下り、静かな口調で述べる。


「時代は変わり、人は老いる。幾ら、過去に凄い事を成した人でも、老いには勝てない。あの人が言いたかった事はそう言う事だろ」


 フォンの言葉にリオンは唇を噛み締める。言いたい事は分かっていた。でも、それを認められずにいた。もちろん、スバルもそうだった。初めからアリアの言っている事は正しいと思いながらも、それを認められず今もまだ認めたくなかった。あの人達より強い奴などいるはずが無いと。

 静まり返ったその場所で、フォンは振り返り二人の目を真っ直ぐに見据える。その透き通る様な黒い瞳で。


「俺――」


 静かに唇が動く。その言葉に、リオンとスバルは驚き息を呑んだ。

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