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第59回 二つの墓石

 花畑の中央に佇む二つの墓石。

 その後ろには城の残骸と思える瓦礫が山積みになっていた。瓦礫は風化し、表面にはコケがこびり付いていた。

 しかし、墓石は風化する事無く光沢良く輝きを放っている。頻繁に誰かが手入れをしている様だった。その証拠に、その墓石の前には花束だけが置かれ、周囲には雑草一つ見当たらない。

 そんな墓石の前に佇むフォン達は、その墓石に向かって手を合わせる。この世界を救った英傑の一人で、自分と同じ名の人の姿を思い描き、フォンは瞼を閉じ長々と祈りを捧げた。

 フォンの左側、少し下がった位置にクレアは立っていた。桜色の髪を右手で耳に掛け、クレアの視線は自然とフォンへと向けられる。真剣に祈りを捧げるフォンの茶色の髪がそよ風になびいた。何をそんなに真剣に祈っているのか、クレアは分からず、隣に居たスバルへと顔を向ける。


「スバルさん、ちょっといいですか?」


 突然のクレアの言葉に、スバルは僅かに驚き肩を跳ね上げた。だが、すぐに深い蒼色の髪を揺らし、クレアへと顔を向ける。


「何々? クレアが俺に話しなんて珍し――」


 胸元でゴーグルを揺らすスバルが、期待に満ちた目をクレアに向けると同時だった。


「すみません。やっぱり、いいです。リオンさんに聞きます」


 と、クレアが身を翻し、フォンの隣りに並ぶリオンの方へと歩き出したのは。

 そんなクレアに、スバルは人知れず涙を流す。


「いつの間にか、クレアまで俺をそんな風に扱う様に……」


 スバルとクレアのやり取りを、アリアは後ろから窺っていた。そして、落ち込むスバルへとゆっくりと歩み寄り、ポンと肩を叩いた。

 振り返るスバルが、慰めてくれるのだと、目を潤ませる。だが、アリアは深くため息を吐き言い放つ。


「そう言う運命だ。諦めろ」


 と、スバルへ追い討ちを掛ける様に、深刻そうな口調で。

 その言葉が胸を貫き、スバルの目から光が失われる。膝が崩れ落ち、手を地面へと着く。

 落ち込むスバルの姿にアリアは、楽しそうにニシシと笑っていた。

 リオンの方へとトコトコと足を進めたクレアは、その肩を申し訳なさそうに指先で叩く。


「す、すみません。リオンさん」


 小声で呼びかけると、リオンがその声に気付き顔を向けた。


「クレア? どうしたんだ?」

「ちょ、ちょっと……」


 祈るフォンの顔を横目でチラリと見たクレアは、リオンの袖口を引く。


「んっ? どうしたんだ?」

「ここじゃあ、アレなんで……」


 困った様に俯くクレアに、リオンは怪訝そうに首を傾げた。そして、渋々クレアに従う様にその場を離れた。

 フォンから距離を取ると、クレアは深く息を吐きリオンへと体を向ける。俯き、桜色の髪を揺らしたクレアは、恐る恐るリオンの顔を見上げた。フォンとは大分打ち解けたが、リオンとは何故だか距離があった。もちろん、フォンが傍にいれば普通に話しは出来るが、二人きりで話すと言う事は中々出来なかった。

 それは、クレアの中でリオンが怖い人物と言うイメージがあったからだ。いつも腕を組み眉間にシワを寄せている所為だろう。それ故に、クレアはリオンが苦手だった。


「どうかしたのか?」


 腕を組み眉間にシワを寄せるリオンが、クレアの顔を覗きこむ。その視線に、俯くクレアは胸の前で手を弄り、静かに口を開く。


「そ、その……ふぉ、フォンさんは、あの英傑のフォンさんと、何か関係があるんですか?」


 恐る恐る尋ねるクレアに、リオンは目を丸くする。そして、そこでリオンは初めて気付く。クレアがフォンの事を知らないのだと。

 村の人達は知ってて当たり前だった為、皆が皆知っていると思っていた。だが、よくよく考えれば、クレアはアカデミアに来てまだ日が浅かった。フォンの事を知らないのは無理もない。そう思いリオンは思わず口元に笑みを浮かべた。

 リオンの笑みにクレアはビクンと肩を跳ね上げ、俯き身を縮める。完全に縮こまるクレアに、リオンは気づく事無く笑う。


「そうか……ははっ。クレアは知らなかったんだな。そうか、そうか。くくっ……知らなかったか……」


 何がおかしいのか、リオンは肩を揺らし笑っていた。

 笑い続けるリオンに、クレアはゆっくりと顔を挙げ、上目遣いにその顔を見据える。


「な、何ですか? そんなにおかしい事……なんですか?」

「いやいや。何もおかしい事じゃない。ただ、クレアの驚く所が目に浮かぶからな」


 そう言って口を左手で覆いクスクスと笑った。わけが分からず、クレアは首を傾げる。

 二度、三度と、自分を落ち着ける様に深呼吸を繰り返すリオンは、最後に大きく息を吐き両肩の力を抜いた。


「実は、フォンは――」


 そう言いかけた時、突然何かが倒れる重々しい音が轟く。衝撃が足元を抜け、土煙が花を覆い隠す。


「な、何だ?」


 思わずリオンは声をあげ振り返り、クレアも釣られて音のした方へと顔を向ける。


「ふぉ、フォンが、墓石を壊した!」


 響いたのはスバルの声だった。その声に続き、慌ただしく腕を振るいフォンが声を上げる。


「ち、違うぞ! お、俺は何もやってない!」


 声を上げるフォンの背後で激しく土煙が舞う。それが、倒れた墓石を包み込んでいた。

 アリアとニーナは呆れた様な眼差しをフォンへと向ける。スバルもやっちゃったと、言いたげに目を細め右手で額をおさえていた。何が起こったのか分からず、リオンとクレアは顔を見合わせる。

 それから、リオンはスバルの方へと足を進めた。


「おい。スバル。何があったんだ?」

「えっ? ああ……実は――」


 スバルはリオンへと事のいきさつを話す。

 祈っていたフォンは瞼を開くと、そのまま墓石に手を着いたのだ。その瞬間、墓石がズレ、音を立てて倒れたと言うわけだった。フォン自身、悪気があったわけではない。ただ、ちょっとよろめき、偶然目の前にあった墓石に手を着いただけ。普通、これ程の墓石ならちょっと手を着いた位で倒れたりしない。ましてや、アレだけ手入れされているのだから、ちょっとやそっとで倒れるわけが無い。

 大慌てでアワアワとするフォンに、リオンは呆れた様にため息を吐いた。


「全く……アイツは何をやってるんだ……」


 呆れた様に右手で頭を抱え、リオンは静かにフォンの方へと歩を進める。


「何やってるんだ? フォン」

「い、いや、だ、だから、俺じゃなくて――アレ?」


 リオンの方へと顔を向けたフォンが、不意に声を上げる。薄れる土煙の向こうに地下へと続く階段を発見したのだ。その視線にリオンも土煙の向こうに僅かに見える階段を見つける。


「なんだ? この階段?」

「階段?」


 リオンの声に、アリアが不思議そうな声をあげ、フォンとリオンの方に近寄った。そして、土煙の中から姿を見せた階段へと目を細める。


「おかしいわね……。どうして、こんな所に……」


 右手を顎へと添え、アリアは呟く。訝しげに目を細め、薄暗いその階段を見据える。そんなアリアへと歩みを進めるニーナは、エメラルド色のツインテールを揺らし、不適に笑う。


「ふーん……もしかして、アリアの目的って、これ?」


 意味深なその言葉にフォンとリオンは顔を見合わせる。

 しかし、アリアはニーナの言葉に意外にも驚いた様子で首を振った。


「いや……私が見せたかったのは、この墓石だけで……こんな通路の事は知らなかった」

「……えっ? 本気で知らなかったの?」


 驚きニーナは表情を引きつらせる。てっきり、全て知ってて芝居をしているものだと、ニーナは思っていたのだ。

 それでも、ニーナは訝しげな表情でアリアを見据える。完全に疑いの眼差しを向けるニーナに、アリアは苦笑する。


「おいおい……そんなに私は信用無いのか?」

「無いな。信用は。信頼はしているけど」

「同じだろ? 信用も信頼も?」


 苦笑しそう答えたアリアに、ニーナは肩をすくめ首を振った。


「違うだろ? 意味的に」


 と、ニーナはため息交じりに答えた。

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