第57回 アルバー大陸
豪華客船に揺られ、一月が過ぎ――。
フォン達は、目的地であるアルバー大陸に上陸していた。
先の大戦で起きた大爆発により、大陸の中心は大きく陥没し、無数の亀裂だけが残される。爆発により公害物質が周囲へと広がり、中心から半径五百キロ圏内の植物が朽ち、土は干からびた。
未だにその傷跡は残り、その一帯に町はおろか、草木も生えていない。ただの荒野が延々と広がる。
現在、アルバー大陸には大きく三つの地域に区切られる。
北西に広がる深い密林を治めるのは風牙族のウィンス。彼は、かつての大戦に最年少で参加し、英傑の一人となった。治める地は小さいが、この大陸で最も安全な場所だ。
川を挟み南に広がる広い地を治めるのは、元々この地を治めていた王族の一人エリアード。膨大な土地を手中に治め、尚も自らの領土を広めんとする野心家でもあった。この大陸で最も多くの兵力を持つ国でもある。
そして、東を治めるのが盗賊べべリア。狡猾で残忍な男で、国を治めるには相応しくない。そんな男が何故国を造ったのか不明だが、あまりいい噂は聞かない。
そんなアルバー大陸の東の地にフォン達は居た。
「大丈夫なんですか?」
不安げな表情でスバルが尋ねる。首からぶら下げたゴーグルを大きく揺らす。
この地についての悪い噂を、船でさんざん聞かされた為、スバルは不安だった。
しかし、そんなスバルに対し、アリアは背筋を伸ばし、答える。
「大丈夫よ。あくまで噂に過ぎないわ」
「煙の無い所に噂は立たぬとか、言いますけどね」
アリアの横をすり抜け、ニーナが呟く。ツインテールにしたエメラルド色の髪を揺らし、荷物を馬車の荷台へと運ぶ。
呆れ顔のアリアは、そんな彼女の背を見据え、ため息を吐く。
「はぁ……全く、ワザワザ不安を煽るマネをしなくてもいいじゃないか」
「いいえ。私は、常に緊張感を持った方が良いと、アカデミアの生徒に教えてあげようと」
荷物を荷台へと置いたニーナが、アリアの方へと体を向け肩を竦める。
これでも、ニーナは国に仕えていた騎士だ。フォン、リオン、スバルの三人よりも、戦闘の知識が豊富で、それを教える義務がある。
アリアはどちらかと言えば放任主義で、実践で体に叩き込むタイプ。一方で、ニーナは知識として頭に戦術を植え込みイメージトレーニングで学習させるタイプで、二人は相容れぬ存在なのだ。
それでも、アリアが戦闘力も知識もニーナを圧倒しているのは言うまでもない。その為、ニーナはアリアに対して強い事は言えず、呆れた表情を浮かべていた。
「全く、ニーナ。お前は神経質だな。そんなに怖がらせてどうするんだ?」
不服そうにアリアが尋ねると、ニーナは眉間にシワを寄せ、ため息を吐いた。
「怖がらせているんじゃなくて、もっと危機感を持てと……はぁ。いえ、何でもありません」
ニーナは諦めた様にため息を吐き、頭を左右に振った。二月ほど一緒に居てニーナもアリアの事を大分理解し、これ以上何を言っても無駄だと分かっていた。
荷物を馬車の荷台へと運ぶリオンとクレア。その足元に転がるのは顔色の悪いフォンだった。激しい船酔いで、すでに動く事もままならない状態だった。
呆れた表情で荷物を運ぶリオンは、大きくため息を吐く。
「ったく……なんで、お前はこうも乗り物に弱いんだ……」
「そんな事言っちゃダメですよ。人には向き不向きがあるんですから」
桜色の髪を揺らし、クレアが苦笑する。
クレアと目を合わせ、リオンはまた大きくため息を吐く。
「あんまり、アイツを甘やかすな」
「まぁまぁ」
怒るリオンを、母親の様にクレアは宥める。
その口振りに不服そうに眉間にシワを寄せるリオンは、横たわるフォンを睨んだ。
荷物を荷台へと運び終え、スバルは馬の手綱を握る。
荷台に仰向けに横たわるフォンを尻目に、アリアは荷台に乗ったメンバーを顔を順に見据える。リオンから始まり、クレア、ニーナと続く。
「じゃあ、忘れ物無いなら、出発しますよ?」
「ああ。頼む」
荷台の前方から響いたスバルの声に、アリアが即答する。その声に鼻から息を吐いたスバルは、手馴れた手つきで手綱を引く。
「さぁ、ゆっくりと頼むぞ」
と、二頭の馬へと声を掛けて。
馬が僅かに声をあげ、その蹄で地面を叩いた。荷台の車輪が軋み動き出す。ゆっくりとゆっくりと。
荒れた道を僅かに揺れながら荷馬車は進む。その中で、アリアは静かに口を開く。
「私達が目指すのこの大陸の中心――」
「決戦の地ですよね?」
アリアの声を遮り、クレアがそう発言する。桜色の髪を僅かに揺らし、クレアが首を傾げた。小さく吐息を漏らすアリアは、深く一度頷く。
「そうだ。決戦の地。歴史はお前達も知ってるな?」
「あ、あの……私は、アカデミアの生徒じゃないので、そう言う授業みたいな事は……」
アリアの質問に対し、ニーナが不満そうにそう口にする。すると、アリアはジトーッとした目をニーナへと向け、ゆっくりとその顔をリオンとクレアへと向けた。
完全にアリアはニーナを無視した。子供じみたその行動に、ニーナは目を細め深くため息を吐いた。
アリアには子供っぽい所があると、最近になりニーナも分かってきた。呆れた顔でアリアの横顔を見据えるニーナは、右手で頭を押さえ、静かに左右に頭を振る。
「さぁ、リオン、クレア。歴史は知ってるな?」
「あっ、はい!」
「一応……は、な」
慌てて返答するクレアは苦笑し、リオンは不満そうな表情で答える。
文学もリオンは優秀だった。歴史書も何度も読み返し、過去にこの世界で起こった大戦も良く知っていた。と、言ってもそれは人の手で書かれた書物で過ぎない。それが、本当なのかはリオンには分からない。
渋い表情を見せるリオンに、アリアは指を差す。
「じゃあ、リオン」
「三十数年前に起きた世界各地を襲った魔獣人との大戦。その最終決戦の地が、ここアルバー大陸の中心」
スラスラと答えるリオンに、アリアは満面の笑みを浮かべる。
「よく、勉強しているな。えらいぞ!」
「あの、どうでもいいですけど、とっとと話を進めませんか?」
荷台の前からスバルの声が聞こえ、アリアが不満そうな眼差しを向ける。その視線に、スバルは背筋をぞっとさせ、身を震わせた。
苦笑するクレアは、不満そうなアリアへと顔を向ける。
「アリアさん。それで、どうしてその場所を見に行くんですか?
今じゃ何も無い荒野だって話ですよ? 見るモノなんてあるんですか?」
話を進めようとクレアがそう尋ねると、アリアはニコッと笑みを浮かべる。
「いい質問だ! 流石だぞ! クレア」
アリアがクレアの頭を乱暴に撫で、桜色の長い髪が大きく乱れる。瞼を堅く閉じ、クレアは不満そうに声を上げる。
「や、やめてください!」
「はっはっはっ! 遠慮する事は無いぞ!」
「え、遠慮してるわけじゃありませんから!」
クレアが激しく両腕をバタバタと振るう。そんな二人の姿にリオンは大きくため息を吐き、ニーナへと目を向けた。
「ニーナはどう思うんだ? 見に行く必要があると思うか?」
「まぁ、歴史を知る上では見に行く必要はあるだろうな。
ただ、あの地は汚染が激しく、本来は立ち入り禁止の場所だと聞いて――」
「汚染か……そうか。そう言う風に伝わっているのか……」
ニーナの言葉にアリアが静かに笑う。
意味深な言葉に、ニーナは訝しげな表情を浮かべ、アリアを睨んだ。
「何ですか? その人を馬鹿にした様な笑みは?」
ニーナがジト目を向けると、アリアは真紅の髪を揺らし視線を逸らす。
「ニーナ、お前はあの場所に行った事が無いんだな」
「えぇ。私はずーっとニルフラント城に仕えていましたから」
「そうかそうか。なら、知らなくて当然だな」
腕を組み何度も頷くアリアに、ニーナは不服そうな表情を向ける。これでも、世界情勢については知り尽くしている自信があった。その為、アリアにそんな事を言われる筋合いなど無かった。
眉間にシワを寄せるニーナへと、アリアは右手の人差し指を向け、言い放つ。
「真実は自らの目で確かめねばならぬ!」
「…………それがなんですか?」
冷めた眼差しを向けるニーナに、アリアはむふーんと、鼻息を吐き胸を張る。
アリアによってボサボサにされた髪を整えるクレアは、そんな二人を見て苦笑していた。
首を左右に振り、ニーナを馬鹿にする態度のアリアは、腕を組みもう一度鼻から息を吐き答える。
「いいか? 歴史書と言うのは所詮、人の手で書かれたモノ」
「当たり前じゃないですか。誰かか、書き残さないと歴史なんて残ってませんよ」
当然じゃないかと、言いたげにニーナが即答すると、アリアは呆れた様にため息を吐く。その行動にニーナは眉間にシワを寄せる。
「何ですか、さっきから! 人を小バカにした様なモノの言い方は!」
「いやいや。人が書いたモノって言うのは、色々と脚色されるからな」
「じゃあ、嘘だって言うんですか? 歴史書は?」
不服そうなニーナの眼差しに、アリアは「うーん」と艶かしい声をあげ、ニッと笑う。
「まぁ、この地についての事は、大概嘘よ」
「何でそんな事する必要があるんだ? よっぽど、人に知られたくないモノでもあるのか?」
黙って話しを聞いていたリオンが、眉間にシワを寄せアリアへと尋ねる。
すると、アリアは右手の人差し指を顔の横で振った。
「チッチッチッ。人に知られたくないモノじゃなく、人に見せたくないモノがそこはあるのよ」
「人に見せたくないモノ?」
「まぁ、着けば分かる」
アリアは意味深に微笑し、リオンとクレアとニーナは訝しげに首をかしげた。




