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第55回 助っ人

 橋が軋む音をバックに、リングがクレアの前へと戻ってきた。

 その手に二本の剣を携えて。その一本には血が付着していた。フォンの血がベッタリと切っ先に。それを滴らせ、リングは静かに足を進める。

 血を流し大木の幹に背を預けるクレアは、大きく口を開き空気を吸い込む。荒々しい呼吸。もう戦えるだけの力は残っていない。それでも、クレアは必死に呼吸を整えようとしていた。

 弱々しく胸が上下し、右肩の傷口からは血が溢れ出す。モウロウとする意識を保ち、その足音に顔を動かす。ぼやける視界にリングの姿が入る。黒髪を揺らし、その手に握った二本の剣の切っ先で地面を抉りながら駆けるリングの姿が。

 激しく土煙が舞い、リングは前傾姿勢で突っ込む。

 その姿を目視し、クレアは弱々しく腰を上げる。膝が震え、腕が上がらない。それでも、左腕に力を込め、剣を振る。

 だが、リングは突然ブレーキを掛け、バックステップで距離を取る。

 これにより、クレアの剣は空を斬る。太刀風だけが、リングの頬を撫で黒髪を揺らす。

 不適な笑みが、リングの口元へと浮かび、二人の視線が交錯する。

 表情を歪めるクレアは、深く息を吐き、瞼を震わせた。体は限界だった。

 そんなクレアへと、リングはバックステップから一気にトップギアに入れ、低い姿勢で突っ込む。切っ先は更に地面を抉り、土煙と共に火花が散った。

 やがて、土を巻き上げ二つの刃が切り上げられる。

 よろめくクレアに、それを防ぐ力も、かわす力も無い。

 それでも、何とかしようと、クレアは震える膝に力を込める。だが、その瞬間、クレアの膝が落ちた。力が抜け、同時にその体を二本の刃が斬りつける。

 衣服が裂け、皮膚が裂け、肉が裂ける。鮮血が弾け、クレアの体は力なく後方へと倒れ行く。木の幹に背をぶつけ、桜色の髪が大きく舞う。そして、ゆっくりとその根の上へと腰が落ちた。

 クレアの頭がうな垂れ、裂けた服の合間から白い肌が覗く。その肌を鮮血が赤く染める。

 クレアの手から力が抜け、静かに剣は地面を転がる。

 弱々しい呼吸がクレアの口から漏れ、同時に血が吐き出された。

 堅く瞼は閉ざされ、もうクレアに戦う力は残っていなかった。

 そんなクレアの姿を見下ろし、リングは切っ先から血を滴らせる二本の剣を下す。


「ふふっ……いい格好ですね」


 剣の切っ先で、クレアの裂けた衣服を捲る。皮膚が裂け、更に肌を露出するクレアを見て、リングは不適に笑う。

 だが、刹那――。背後に殺気を感じ、リングはその場を飛び退く。

 遅れて、閃光が闇を裂く。僅かに切っ先がリングの頬をかすめ、血が迸る。


「くっ!」


 眉間にシワを寄せ、リングは表情を強張らせる。目の前に映る一人の女性に対し。

 低い体勢で地面を滑るリングの足元に土煙が舞い上がる。遅れて、右手の剣が地面へと突き立てられ、続いて左手の剣が地面を刺す。

 刃が地面を抉り、火花が散る。

 そんなリングの視線の先に映るエメラルド色のツインテールが、大きく揺れる。

 威圧的な鋭い眼差しが真っ直ぐにリングの姿を見ていた。恐ろしく冷めた黒い瞳が獣の様に、リングを睨む。

 好戦的な彼女の姿に、リングは地面に突き刺した剣を抜く。


「誰だか知らないが、何のまねだい?」

「何かしら? 変態さん」


 静かな澄んだ声にリングの額に青筋が浮かぶ。リングの目付きが鋭く変り、柄を握る手に力が篭る。

 怒りの篭ったリングの目を見据え、その女性は笑みを浮かべる。


「それにしても、落ちたわね。元・ニルフラント王国の第七部隊の皆さん」

「ぐっ! 誰だ! おま――」


 そこまで言って、リングは気付く。そのエメラルド色の髪を、その左腕に装着された肘まで覆う手甲を。

 ニルフラントでも有名な彼女の姿に、表情は強張る。


「な、何で……何で! あんたが、ここにいるんだ! ニーナ!」


 声を荒げるリングは、彼女の事を良く知っていた。いや、ニルフラント王国に仕える兵士ならば誰でも彼女の事を知っている。十を超える部隊の中で、少数精鋭で作られる特別部隊に、彼女は所属する数少ない人物。

 そんなニーナの放つ殺気にリングは自然と後退りし、表情を歪める。


「くっ! で、でも、残念だったな! 幾ら、あんたでも、俺と隊長の二人を――」

「残念ね。あんたの隊長は、もっと恐ろしい人と戦う事になるわ。だから、あんたは早く私を倒して、援護に行く事を考えなさい」


 穏やかに微笑むニーナに、リングは表情を強張らせる。自分の隊長であるグォーバーは強いと、リングは分かっている。彼以上に強い者などそうは居ない。だが、何故かリングは胸騒ぎがしていた。前に感じた強い気配。もし、それが勘違いで無いとしたら。

 奥歯を噛み締め、リングは駆け出す。橋へ向かって。


「あら、何処に行くつもり」


 しかし、リングの前へと、ニーナが立ちふさがる。穏やかに微笑むニーナの顔に、リングは叫ぶ。


「邪魔だぁぁぁぁっ! 退けぇぇぇっ!」


 その手の剣を振りながら、リングは突っ込む。

 二つの剣が交互に振り抜かれるが、ニーナはそれを軽く防ぐ。刃同時がぶつかり合い、火花が散る。二本の剣を使っているリングに対し、ニーナは全く引けをとらない。

 焦るリングは強引に右手の剣でニーナの剣を弾いた。重々しい手応えにニーナの体が傾き、リングの左手の剣が振り抜かれる。しかし、その剣は受け止められる。火花を散らせ、その左手の手甲で。


「ちょっと、焦り過ぎじゃない? この部隊の切り込み隊長であるあなたが」

「ぐっ! ふざけんな!」


 バックステップし、距離を取る。そんなリングを低い姿勢で見据え、ニーナは剣を逆手に握る。


「悪いけど、瞬殺させて貰うわよ」

「幾ら、特殊部隊だったからって、舐めんなよ!」


 地を蹴り、リングは間合いを詰める。切っ先が地面を裂き、土煙が舞う。右足が踏み込まれ、二本の剣が切りあがる。土を巻き上げながら。

 だが、その剣は受け止められる。ニーナの剣と左手の手甲で。

 金属音が響き、火花が散る。奥歯を噛み締めるリングの額から、汗が零れ落ちる。

 クレアとの戦い。

 グォーバーを助ける為の全力疾走。

 これらの行動が、リングの体力を大幅に消費させていた。本来ならば、これ程苦戦するはずはない。それ程、リングは疲弊していたクレアに体力を奪われた。

 険しい表情を浮かべ、リングは眉間にシワを寄せる。知らず知らずにここまで体力を奪われた事に、初めて気付き、リングの目は静かにクレアへと向く。


(あのクソアマ!)


 奥歯を噛み締め、鼻筋にシワを寄せる。そのリングの顔に、ニーナは静かに笑う。


「ふふっ。冷静なあなたが、珍しいわね。そんな怖い顔して」

「だぁぁぁまぁぁぁれぇぇぇぇっ!」


 リングが叫び、地を蹴る。二つの剣は空を切り、鋭い風音を響かせる。だが、それだけ。その剣がニーナを捉える事はなかった。

 焦り、大振りになったのを、ニーナは見逃さない。

 右足を踏み出し、一気にリングの懐へと入る。


(しま――)


 リングがそう思うより早く、一閃。右脇腹から入った刃が、左肩口を抜ける。鮮血が迸り、リングの体は後方へと倒れる。

 右上へと切り上げた剣を下ろし、ニーナは刃に付いた血を払う。


「これで、コッチは片付いた。あとは――」


 剣を鞘へと収め、その顔を橋の方へと向ける。口元には薄らと笑みが浮かべ、鼻から静かに息を吐く。


(まぁ、あの人なら心配ないか……)



 橋の上にグォーバーは跪く。

 激しく揺れるその橋で一人仁王立ちする女性。腰まで届く真紅の髪を揺らし、威風堂々とした彼女は、涼やかな笑みを浮かべる。


「私の生徒がずいぶんと世話になった様だな」


 両手に剣を握る彼女の姿に、フォンもリオンも表情を歪める。圧倒的な強さ。それをまざまざと見せ付けられる。

 疲労しているとは言え、あのグォーバーを寄せ付けない。

 右手に持った鋭利な剣を右肩に担ぎ、鎖でつながれた左手に持つ先の尖った剣をグォーバーへと向ける。


「さて。どうする? このまま続けるか?」

「くっ!」


 彼女の言葉にグォーバーの顔が歪む。

 引きつった笑みを浮かべるフォンは、傷口を押さえたままリオンへと目を向けた。


「あ、あんなにつえぇーのか? アリアって……」


 引きつるフォンの顔へと目を向けたリオンは、苦笑する。


「お、俺も、初めて知った……」


 と、唖然としていた。ほぼ一撃でアリアはグォーバーに膝を着かせた。それは、一瞬で、瞬く間の出来事。ニーナが橋を駆け、閃光が閃いたと思った矢先、火花と衝撃音が轟き、グォーバーが崩れ落ちていた。

 フォンとリオンは殆ど何が起こったのか理解していない。

 膝を着くグォーバーはゆっくりと立ち上がった。そんなグォーバーの姿にアリアは「ふふっ」と笑う。


「そう。まだやる気。なら……完膚無きまで叩きのめしてあげるわ」


 アリアはゆっくりと二本の剣を構えた。全く持って隙の無い構えに、グォーバーは奥歯を噛み締めると、剣を構え、無謀にもアリアへと突っ込んだ。


「黙れ! 小娘!」


 刹那、アリアの目が輝く。そして、左手の先の尖った剣を放つ。

 鋭い突きがグォーバーの鎧を砕き、その右肩へと突き刺さった。


「ぐっ!」


 鮮血が迸り、グォーバーの体が大きく後方へとよろめく。その瞬間に、アリアの左手の剣が引かれ、遅れてその右手の剣が振り抜かれた。

 閃光が空を裂き、火花が散る。鎧が砕け散り、破片と共に鮮血が闇を彩る。

 グォーバーの体が弓なりに仰け反り、橋の手すりへとその身を預ける。やがて体はゆっくりと橋から投げ出され、谷底で水飛沫が上がった。

 グォーバーが落ちた事により、橋は大きく揺れる。しかし、アリアだけは微動だにせず静かに剣を鞘へと納めた。

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