第54回 アイコンタクト
火花が散り、澄んだ金属音の音色を響かせる。
闇を彩るその鮮やかな火花。その中でぶつかり合う二人の刃。
疲労の色を隠せないクレア。彼女の右膝が遂に地面へと落ちる。
大きく開かれた口。激しく上下に両肩は揺れ、吐き出される吐息は荒々しい。体が重い。足が沼へとはまっている。そんな感覚。膝が震え、剣を握る手も小刻みに震える。
左腕を伝う血が指先から滴を零す。肩を負傷していた。傷は浅いが、それでも血は刻々と流れ出す。痛みを感じない程、感覚は麻痺し、意識は霞む。
初めてだった。これ程長く剣を交えるのは。
本来、彼女の戦闘スタイルは一撃必殺。ほぼ一撃で相手をしとめ、無理だった場合は撤退する。暗殺部隊に居た頃からそう言う戦い方だった。ゆえに、長く剣を交える事など一度もなかった。
胸が苦しく膝が震える。限界だった。それでも彼女は静かに立ち上がる。戦う理由がある。戦わなければならない理由が。だから、彼女は限界でも立ち上がり続ける。
彼女の姿に、不適な笑みを浮かべるリング。右手に持った剣を軽く回し、呆れた眼差しを向ける。
「まだやる気? 正直、勝てないよ? 君じゃねぇー」
あざ笑うリングの姿にクレアは表情を歪める。
分かっている。勝てないのは。それでも、フォンやリオンの為にも彼女は戦う。その剣を握り締めて。地を蹴る。今まで一番遅く、何より弱々しい。
その姿に、リングは鼻から静かに息を吐き、肩をすくめる。
「何? そのスピード? 本気で言ってんの?」
彼の足が地を蹴り、一瞬にしてクレアの背後を取る。そして、囁く。
「これで、終わり――っ!」
剣を突き出す。だが、その手が止まり、視線が橋の方へと向く。異様な気配。フォンとリオン以外の別の誰か。
その気配に眉間にシワを寄せ、訝しげな表情を浮かべる。足は自然と地を蹴り、距離を取っていた。
橋の上。
フォンとリオンは激しくグォーバーを攻め立てる。だが、どれだけ攻撃を仕掛けても剣で、鎧で防がれ、倍の力で弾き返される。橋が何度も大きく揺れ、木が軋む。
その攻防に周囲の兵士達も息を呑む。何度弾かれても、何度返り討ちにされても立ち向かう二人の姿に、異様なモノを感じていた。
重々しい金属音。激しく散る火花。冷たい風が谷の下から吹き荒れるが、三人は気にせず攻防を続ける。
フォンが右から飛び出し切りかかり、遅れてリオンが左から斬りかかる。フォンの太刀を剣で受け止め弾き返し、リオンの太刀を手甲で受け止め弾く。木の板の上を激しく滑り、フォンとリオンは動きを止める。二人の額から零れ落ちる大粒の汗。それが、足元の木の板で弾けて散った。だが、休む間もなく、二人は走り出す。
フォンの素早い斬り込み。
リオンの力強い一太刀。
二人共自分の長所を活かし攻め続ける。
長く続く二人の攻撃に、グォーバーの左足が僅かに下がった。表情が曇る。流石に彼も疲れが見え始めていた。重い鎧を着て動き続けているのだ。疲れて当然だった。
大きく口を開け息をするフォンとリオンは、その僅かな変化を感じ取っていた。何も言わずただ数秒程視線を交わす。そして、小さく頷き駆ける。
アイコンタクト。長い間一緒に居た為、それだけでお互いが何を考えているのか分かった。
最初にグォーバーの間合いに入ったのはフォン。右足を踏み込み、右肩をグォーバーへと向ける。右手の剣が左腰の位置に構えられ、上半身は捻られる。しかし、視線はグォーバーから離れず、踏み出された右足へと体重を乗せ、前傾姿勢をとった。
「舐めるな! クソガキ!」
大きく振り上げた剣が振り下ろされる。だが、その瞬間、フォンはバックステップ。遅れて飛び出すリオン。左足を踏み込み、全体重を乗せる。そして、すでに振りかぶっていた剣を、下から抉る様に振り抜く。
二つの剣が衝突。激しい衝撃が生まれ、橋が大きく揺れる。
奥歯を噛み締めるリオン。全身全霊の一撃。隙を作る為の捨て身の策。ゆえに退く事は許されない。刃と刃が擦れ合い震える。
何とかグォーバーと互角に鍔迫り合いをするリオン。だが、そんなリオンの剣が砕ける。ぶつかり合う衝撃に刃の強度がもたなかった。
砕けた刃は谷底へ落ちていき、砕け散る破片は二人の間に舞う。
振り下ろされたグォーバーの刃。それが、リオンの右肩を僅かに掠め、そのまま木の板を貫く。橋が揺れ、前がかりになったグォーバーのバランスが崩れた。リオンはその瞬間にその場を飛び退き、それに連動する様にフォンが飛び出す。
全てはこのための布石。揺れる橋をもろともせず、フォンは右足を踏み込む。前傾姿勢。そして、先程と同じ体勢。後は剣を振り抜くだけ。
噛み締める奥歯。その手に力が入る。視線が僅かに合う。グォーバーの驚く顔が視界に入った。そして、一閃。
闇を裂く瞬き。
大気を裂く風。
重々しい手応え。
響く金属音。
散る火花。
鮮血が迸り、切っ先から流れる。
よろめくフォン。その表情は歪み、口から血が吐き出された。
驚くリオンの視線の先。映るのは二本の剣を振り抜くリングの姿。いつそこに現れたのか、フォンの剣を左の剣で押さえ、その脇腹を右手の剣で抉っていた。
回転し、グォーバーの横へと膝を落とすリング。肩を大きく揺らし、開かれた口を荒く呼吸する。一歩、二歩とふら付き下がるグォーバーは、剣を木の板から抜く。
「ふふっ……ふはははっ! 残念だったな! この俺様に一撃与えるチャンスだったのに!」
大手を上げ笑うグォーバーの目が、倒れるフォンへと向く。完全に無防備だった。フォンもリオンも。クレアが抑えているから大丈夫。そう何処かで思っていた。だが、結果はどうだ。クレアですら、彼を抑える事は出来なかった。
折れた剣を握り締め、リオンは奥歯を噛み締める。血を流すフォンを見た後、強い眼差しをグォーバーへと向ける。
「余計な事でしたか?」
静かにそう呟いたリングに対し、グォーバーは笑う。大きな声で。
「ふはははっ! よくやった。さすがは副将だな。それで、お前の方は片付いたのか?」
「いえ。でも、もうすぐ終わりますよ。走る事も出来ないみたいだし」
「そうか。なら、とっとと片付けて来い」
「いえ。それよりも、気になる事が……」
「気になる事?」
リングが橋の向こう側を見据え呟く。その視線に、グォーバーも静かに振り返る。
「向こう岸に何かあるのか?」
「何か、強い気配を感じたんだけどなぁ」
「強い気配? ……俺様は何も感じて無いが?」
訝しげな表情を浮かべるグォーバーは、首をかしげ、闇へと目を凝らす。しかし、人影は見えない。その隣りで目を凝らすリングも、同じく人影を発見出来なかった。その為、苦笑し小さく首を振る。
「どうやら、勘違いだったみたいッスね」
「ふん。なら、とっとと戻って片付けて来い」
「はいはい。分かりましたよ」
横たわるフォンの体を跨ぎ、リングはクレアの方へと足を進める。
クレアと戦いながら、グォーバーのピンチを察知し駆けつける。その俊敏性は明らかにクレアと同等。いや、もしするとそれ以上あるかも知れない。
驚き、悔しげな表情を見せるリオン。確実に決まったと思っていた。その為、作戦が失敗した事に落胆の色は隠せなかった。
すでに全力を出し切り、足は動かない。フォンもまさかの一撃を受け、立ち上がる事が出来ない。最悪の状況。完全なる敗北。それを確信し、フォンもリオンも瞼を堅く閉じた。




