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第51回 橋

 村を後にしたフォン達は、目的の橋が見える場所まできていた。

 深い谷に架かった木造の橋。距離にして三十メートル。幅はギリギリ馬車が二台並んで通過出来る程度。

 その橋の前には、数人の兵士が並んでいた。鉄の胸当て、兜、手甲、そして、剣。物々しい風貌。茂みに隠れてその光景を眺める。皆、殺気立ち、目は血走っていた。元々、この国の城に仕えていた者達だろう。統率が取れ、皆右胸に国章が刻印されていた。

 高い木の上。そこに、フォンは居た。橋の向こう側を確認する為だ。木々の葉に隠れ、目を凝らす。視力が特別良いと言うわけではないが、それでも橋の向こうを確認する事は出来た。

 静かに木から下りたフォンは、茂みに身を屈める。


「どうだった?」


 黒髪の合間から見える切れ長の目。それをフォンへと向けるリオンに彼は頭を掻き苦笑する。彼の手が往復するたびに茶色の髪が激しく揺れた。訝しげな表情を浮かべるリオンは、彼の頭を右手で掴む。


「笑ってないで答えろ。どうだったんだ?」

「い、いや、まぁ、兵士が一杯です」


 頭を掴む手に力が込められ、静かに答える。すると、その手はゆっくりと離され「そうか」とリオンは呟く。


「今、戻りました」


 足音もなく静かにフォンとリオンの前へと降り立つ。桜色の髪を揺らすクレア。元・暗殺部隊隊長としての技術を活かし、諜報活動を行っていた。やや呼吸が乱れ、僅かに疲れを見せる。危険な事を行った為、精神的にも疲れていた。それでも、呼吸を整えると静かに報告する。


「彼らは、元王国兵みたいです。現在、独立騎士団と言うモノを立ち上げ様としているそうですよ」

「独立騎士団……」


 彼女の言葉にリオンが渋い表情で呟いた。早くも動き出す者がいる。国を失って一月ほど。新たな戦力を生み出し、この国を我が物にしようとする者達が。彼らがそうかなのかは分からない。国の為に、民の為に動いているのか、私利私欲の為なのか。これだけの情報では分からない。

 腕を組み考える。そんなリオンの黒髪が吹き抜ける風で揺れた。頭を抱え彼の顔を上目遣いで見据えるフォン。深く息を吐き肩の力を抜くクレア。静かな時だけが過ぎる。

 木の根に腰を下ろし幹に背を預けるクレアは、天を仰ぎ瞼を閉じた。体力回復に専念する。彼女のゆっくりとした呼吸。その音だけが静かに聞こえる。

 クレアが体力回復に専念している間、リオンとフォンは向かい合い話し合う。


「向こう側には何人居た?」

「うーん。ざっと見、十から二十ってとこか?」

「そうか……こっちもその位は居るし、正面から突破するのは厳しいか」


 リオンは腕を組み視線を右斜め下へと向ける。深刻そうな表情を浮かべる彼に、フォンは視線を斜め上へと向けると、静かに鼻から息を吐く。


「なぁ、あいつらの目的って何だと思う?」

「目的? 何の?」

「橋を占拠してる目的。何かあるんだろ?」


 彼の疑問にリオンは眉間にシワを寄せる。目的。金品。いや、それなら、商人は何故引き返してきた。金品を払えば通れるなら、そうしたはずだ。なら何故。疑問を抱くリオン。そんな彼にクレアが瞼を開き静かに告げる。


「待ってるんですよ。権力を持っている人を」


 その声にリオンもフォンも怪訝そうな表情を浮かべる。すると、クレアは幹から背を離し、顔を二人へと向けた。


「国を造るには兵力だけじゃダメなんです」

「えっ? 何で?」


 彼女の言葉にフォンが小首を傾げる。だが、その隣りでリオンは小さく頷く。


「そう言う事か……」

「えっ? お前、分かったの?」

「お前は分からないのか?」

「全然……」


 申し訳なさそうにそう答えるフォンにクレアが苦笑する。


「いいですか。どれだけ、武力を持っていても、それだけじゃただの無法者。人々は認めません。

 彼らがどれだけ優秀でも、国をまとめるだけの権力、知識はありません。だから、貴族と言う地位と名誉を持つ者が必要なんです」


 静かな口調で告げるクレアに、フォンは小さく頷く。「分かっていただきましたか?」とクレアは微笑む。

 渋い表情を浮かべるリオンは、その言葉に疑問を抱く。


「だが、何で、道を塞ぐ必要がある? 貴族を探しているだけなら、商人が戻ってくる理由にならないだろ?」

「それは分かりません。 もしかすると、他にも何か理由があるのかもしれません」


 クレアもその事は疑問に思っていた。その為、不安そうな表情を浮かべる。考え込む二人。その二人の顔を交互に見据えるフォンは、腕を組み首を傾げる。


「他に理由って何だろうな?」

「さぁな。とりあえず、今は考えても仕方ない。作戦を練るか」

「そうですね。私も、大分体調がよくなりましたから」


 ニコッと笑みを浮かべるクレア。彼女の体力も大分上がってきた。いや、体力が上がったと言うよりも、回復するスピードが上がっていた。ほんの僅かな休息で、体力はほぼ回復出来る。元々、体力回復に関する技術があった為だろう。

 呼吸も整い落ち着いたクレア。彼女は地面に広げられた地図を見据え静かに告げる。


「どうします? この兵士の数だと正面突破は無理ですよ?」

「それは、クレア一人でも無理か?」


 リオンが渋い表情で尋ねる。すると、クレアは小さくコクッと頷いた。


「はい。無理です」

「暗殺者だったのに、無理なのか?」


 その言葉にクレアの表情が僅かに険しくなる。そして、フォンはリオンを睨む。


「リオン!」

「いえ。大丈夫ですよ。フォンさん」


 フォンを制するクレアはニコッと笑みを浮かべた。彼女にそんな顔をされたらそれ以上何も言えない。だから、フォンは口を噤み眉間にシワを寄せる。横目でリオンを睨むが、彼は気にした様子も無くクレアを見据える。

 リオンには悪気が無いのだ。ただ、ストレートにものを言い過ぎるのだ。その事をクレアも分かっている為、フォンを制したのだ。


「幾ら私でも数十人の兵士を相手にするのは無理です。

 体力が持ちませんし、そもそも、暗殺者は闇に潜んで相手を静かに殺す者です。

 こっち側は倒せても、向こう側の兵士には気付かれます。橋には隠れられる場所はありませんから」


 穏やかに静かに告げる。その言葉に「そうか」と答えリオンは眉間にシワを寄せた。

 クレアはこの能力に特化していた。気配を消す事、闇に溶け込む事。だからこそ、暗殺部隊の隊長にまで上り詰める事が出来た。

 複雑そうな表情を浮かべるリオンは、腕を組み呟く。


「今、最悪な事は橋を落とされる事だな」

「まぁ、落とさないだろ? 相手も目的があるわけだし」


 能天気にそう言うフォンに、リオンは渋い表情を見せた。クレアも困った様に苦笑する。微妙な空気にフォンは怪訝そうに首を傾げ二人の顔を見た。


「あれ? 俺、おかしな事言ったか?」

「そうじゃないんですけど……安易にそう言う考え方するのは危険ですよ?」

「そ、そうなのかな?」

「はい。私たちは相手の事をよく知らないですし、予期せぬ事が起こる可能性もありますから。

 最悪、橋が落とされる可能性も考えた方がいいですよ」


 終始笑顔でクレアはそう告げた。彼女の言葉にフォンは腕を組み鼻から息を吐く。


「そっか……。もっと考えなきゃダメか」

「そうだな。お前は少し考えが甘いからな」

「そう言うリオンはストレートに言い過ぎだと思うけどな」


 二人の掛け合いにクレアは一人苦笑する。仲が良いからこそ言い合えるんだと、クレアは羨ましく思う。彼女にはこんな風に言い合える仲の友達が居なかったから。

 作戦会議は数時間にもおよび、すでに辺りは暗くなっていた。

 静まり返り、虫の静かな鳴き声だけが響く。その闇に溶け込むクレア。桜色の髪が夜風に揺れる。それをゆっくりと束ね、頭の後ろで確りととめる。フォンもリオンもそのクレアの姿に目を凝らす。そうしなければ見失ってしまいそうな位、クレアは闇へと溶け込んでいた。

 昼間よりも橋の前に佇む兵は少ない。この数なら私一人でも何とかなる。そうクレアが告げたのだ。ただ、予期せぬ事が起こるかも知れない為、フォンとリオンも身を隠し橋の傍まで来ていた。


「大丈夫かな?」

「隠密行動は、彼女の十八番だ。何とかなるだろ」

「でも、最低だよな。女の子にこんな危険な事させてるって」

「そうだな……。だが、俺たちが行っても足手まといになるだけだ。彼女に任せよう」


 思いつめた表情で怒りを押し殺した声でそう言うリオン。彼もフォンと同じ事を考えていた。ただ、何も出来ない。自分達は弱く、彼女の足を引っ張るだけの存在だから。

 息を呑み、橋の方を見据える。静かにジッと。茂みに隠れて。

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