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第5回 静寂の森

「くそーっ! 何なんだよ! アイツ!」


 森へと続く道を歩み、怒鳴り散らすフォン。その後ろを歩くリオンは腕を組み複雑そうな表情を浮かべ、その隣を歩くスバルは重苦しい空気に引きつった笑みを浮かべる。アカデミアを出てから、フォンはずっとこの調子だった。よっぽどアリアに負けた事が悔しかったのだ。

 表情を引きつらせるスバルは、ゴーグルを胸元に揺らし小さく吐息をこぼすと、ガックリと肩を落とす。そんなスバルの様子にリオンは気付き、腕を組んだまま視線を横へと移動させ眉間にシワを寄せる。


「どうかしたのか? スバル」

「えっ? あっ、いや……」


 突然のリオンの声に、戸惑うスバル。まさか、この空気の中で声を掛けられるとは思っていなかった。戸惑うスバルに、リオンは不思議そうに首を傾げる。何をそんなにうろたえているんだと。

 灰色の瞳を左右に激しく動かすスバルは、暫く黙り込んだ後ポンと握った右手で左手を叩くと、ニコッと笑みを見せた。


「ど、何処に向かってるのかな? って、思って」

「んーん……。この道だと、多分、ルナさんの所だな」

「えっ! る、る、る、ルナさん! そ、それって、あのルナさん?」


 驚き声を荒げるスバルに、リオンは顔をしかめ左手で耳を押さえ、体を右へと傾けた。それだけ、スバルの声が大きかったのだ。その声は、前を歩くフォンにも聞こえたのか、フォンは足を止め腰に手を当て二人の方へと体を向けていた。


「遅いぞ? お前ら?」

「ああ。悪い。スバルの奴がうるさくて」

「えぇーっ! お、俺?」


 リオンの言葉に驚き慌てた様に声を上げたスバルに、フォンはジト目を向け小さくため息を吐くと、頭を左右に振る。あからさまなフォンの態度に、スバルは「えぇーっ」と、更に声をあげ不満そうな表情を浮かべ、「俺の所為か?」と、疑問を投げかける。だが、その疑問をフォンもリオンも無視する。


「全く……スバルはいつもそうだな」

「ああ。全くだな」

「待て待て待て! お、俺の話聞けよ!」


 大慌てで声を上げるが、フォンとリオンはその言葉を無視し歩き始める。その二人の背中を見据えるスバルは、その目から涙を流しながら「俺の話を聞いてくれよぉー」と、訴えその二人の後を肩を落とし追いかけていった。

 暫く、森を歩み続ける。ルナ=クライアス。英傑達を支えた女性の一人で、現在フォン達が暮らす街、クラストから数キロ離れた森の奥で一人で暮らしている。その森は“静寂の森”と呼ばれる程静まり返っており、鳥のさえずりや木々のざわめきだけが静かに聞こえていた。幸い、この森に猛獣の類はおらず、女性であるルナが一人で暮らしても安全な場所だった。

 慣れた様子で獣道を進むフォンとリオンに対し、肩で息をしながら苦しそうに何とか二人についていくスバルは、額から大量の汗を溢れさせていた。そのスバルの様子に、フォンは足を止め振り返り、それに続く様にリオンも足を止めスバルの方へと体を向ける。


「大丈夫か? スバル」


 リオンが鼻から息を吐いた後静かにそう尋ねると、スバルはコクッコクッと二度小さく頷き、「だ、大丈夫……」と、掠れた声で返答する。不慣れな道を歩いた為、喉が渇き上手く声を出す事が出来なかったのだ。

 苦しそうなスバルに、顔を見合わせたフォンとリオンは、二人して小さく息を吐くと微笑する。フォンとリオンも、初めてこの道を歩いた時は今のスバルの様に喉が渇きとても辛い思いをしたのだ。だから、その苦しみも分かっていたし、当然辛さも分かっていた。


「仕方ない。少し休むか……」

「そうだな。それじゃあ、俺は近くの川で水でも汲んで来るよ」


 フォンは苦しそうなスバルに苦笑し、リオンにそう告げると軽い足取りで木々をかわし茂みの中へと入っていった。

 フォンもリオンも、何度もこの森に来ている為、何処に川が流れていて、何処が危険かと言う事はおおよそ把握していた。その為、フォンは最短距離で川へと辿り着くと、カバンから空瓶を取り出し川の水を汲んで、来た道を慣れた足取りで戻っていった。

 大きな岩の前に腰掛け、大きく肩を上下に揺らすスバルは、大きな口をあけ肺に空気を送ろうと、大きく息を吸い込んでは吐き出す。不慣れな道とは言え、相当疲弊するスバルに、リオンは心配そうな表情を向ける。


「本当に大丈夫か? あんまり無理するなよ?」

「だ、だい……じょ、うぶ……ぜぇ、ぜぇ……」

「大丈夫そうに見えないぞ?」


 水を汲んできたフォンが茂みから顔を出し、そう言いながら水の入った瓶をスバルへと放る。慌ててそれをキャッチしたスバルは、一気に水を飲み干す。腕を組みフォンの方へと視線を向けたリオンに、フォンも視線を向け肩を竦め、切り株へと腰を下ろした。

 水を飲みようやく少し落ち着いたのか、スバルの上下する肩が大分落ち着いていた。木々の葉の合間から覗く空を見上げるスバルに、フォンとリオンは心配そうな表情を向ける。


「大丈夫か?」

「すでに息絶えそうだが?」


 フォンの言葉にリオンがそう付け足すと、フォンは引きつった笑みをリオンの方に向けた。流石に言い過ぎだろと、言いたげなフォンの視線を、全く気に留める事なくリオンは言葉を続ける。


「今から帰るか? 一人で」

「うおいっ! 一人で帰すのかよ! てか、ここまで来て帰れるかよ」


 空元気にツッコミを入れるスバルの姿に、フォンは苦笑する。

 呼吸を整えるスバルは、腕を組み木にもたれるリオンの方へと恨めしそうな視線を向けた後に、フォンの方に顔を向け眉間にシワを寄せる。そんなスバルの視線にフォンは首を傾げた。


「何だよ?」

「フォンとリオンはさぁ、いつから知ってたんだよ?」

「んんっ? 何を?」


 不満そうな表情を浮かべるスバルに対し、意味が分からないと言いたげな表情を浮かべるフォン。リオンはスバルの言葉の真意に少なからず気付いているのか、小さく鼻から息を吐くとその視線をそらした。


「ルナさんの事だよ!」


 鼻息を荒げるスバルに、フォンは「あーぁ」と声をあげ何度か頷く。そんなフォンの態度に、「あーぁ、じゃないよ!」と、更に鼻息を荒げるスバルに、フォンは引きつった笑みを見せた。


「いや、ルナさんの事は十年位前から知ってるよ」

「じゅ、じゅじゅ、十年前から! な、な、なな、な、何で教えてくれないんだよ!」


 突如、胸倉を掴まれ頭を前後に揺さぶられ、答えようにも答えられないフォンに代わって、ため息を吐いたリオンが静かに答える。


「お前、誘ったけど断ってたじゃないか」

「そりゃ、断るよ! いきなり、森行かねぇーか? で、うん、行く行く! とはなんないっしょ!」


 フォンの胸倉から手を離したスバルが、興奮気味にリオンに詰め寄る。一方、スバルの手から開放されたフォンの体は大きく後方へと投げ出され、そのまま木の根っこに後頭部をぶつけた。


「うごっ!」


 奇妙な声をあげ、頭部を抱えるフォンはその場でのた打ち回る。しかし、スバルとリオンはそんなフォンに気付かず、話を進めていた。


「俺だって、ルナさんに会いに行くって言えば、喜んでついていったよ!」

「いや、そもそも、森に行くついでにルナさんに会いに行ってたんだ。しょうがないだろ?」

「いやいやいや。普通逆でしょ? ルナさんに会いに行くから森に行くんでしょ?」

「そうか?」

「えぇーっ! お、俺がおかしいの? 俺がおかしいの?」


 混乱するスバルが頭を抱え奇声の様にそう連呼する。そんなスバルに呆れた様な眼差しを向けるリオンは、深々とため息をつき、二人を見据える。後頭部を打ちつけのた打ち回るフォンと、奇声を上げ頭を抱えるスバルの二人を。

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