第49回 釣りと狩りと情報収集
港町でフォン達が来るのを待つスバル達。
食費を浮かせる為、アリアはスバルに釣りを命じていた。一方、ニーナには町で情報収集をさせ、当の本人は近くの森に出掛け、獣の討伐や材木集めなどを行っていた。資金集めの為に色々とやる事があるのだ。それ以外にも、アリアは色々と動き回っていた。周辺の情報収集など、町では手に入らない情報を模索している。
馬車の荷台から海に向かって竿を下すスバルは大きな欠伸をする。眠そうなその目を擦り竿の先をジッと見ていた。
大分疲れが見える。それもそのはずだった。資金を集める為に、現在も馬車の荷台で寝泊りしているからだ。三日に一度は宿を取っているが、疲れはとれずスバルの疲労は溜まりに溜まっていた。首からぶら下げたゴーグルが胸の前で揺れ、ボサボサの深い蒼の髪が海風に激しくなびく。
ボンヤリと海を見据えていると、不意に足音が聞こえた。その音へと顔を向ける。すると、そこにアリアが立っていた。服も、髪も、顔も土で汚れた姿で。
彼女の姿に言葉を失うスバル。しかし、彼女は、腰に手をあて堂々と胸を張る。
「調子はどうだ?」
土で汚れた真紅の髪を右手で掻き揚げニコリと微笑む。そんな彼女の姿にスバルは呆れた様に笑う。小さく肩を揺らし、ジト目を向ける。一体、何をしてきたからこれ程まで土まみれになるんだろうかと、疑問を抱く。だが、すぐにその理由を知る。彼女の背後に無造作に置かれた物を見つけて。
アリアの背後に置かれている物。それは、土のついた山ほどの野菜だった。何処で収穫してきたのか分からないが、とても三人では食べきれない程の量の野菜。流石にコレには驚くしかなかった。
呆然とするスバル。その姿に、アリアは服についた土を払いながらスバルへと近付く。本日の成果を確かめる為に。彼の横に置かれたバケツ。それを覗き込む。だが、バケツの中には魚が一匹も居なかった。その為、渋い表情を浮かべスバルの顔を睨む。
「お前、一匹も釣れてないじゃないか」
「しょうがないじゃないですか。釣れない時は釣れないのが釣りなんですから!」
アリアの言葉に抗議する様に声を荒げる。すると、アリアは苦笑し「そうだな」と呟いた。
不満そうに息を吐くスバルは彼女の後ろに置かれる大量の野菜に訝しげな眼差しを向ける。
「何処でそんなモノ採ってきたんですか? 勝手に畑を漁ったら犯罪ですよ」
「誰が犯罪者だ。これは、森の中で見つけた天然モノだ」
「こんな立派な野菜が森の中にあるんですか?」
疑いの眼差しを向ける。すると、アリアの眉間にシワが寄り、その額に青筋が浮かぶ。そして、引きつった笑顔を見せ、怒気の篭った目で睨む。その威圧的な目にスバルは目を細め、「怒んないでくださいよ」と苦笑する。流石にあんな鋭い眼差しで睨まれたら文句など言えない。
口を噤むスバルは小さく息を吐き、竿の先を見据える。とりあえずここは黙る事にしたのだ。それが、一番安全だと判断して。
そんなスバルを尻目にアリアは泥まみれの服を脱ぎ出す。突然の行動にスバルは竿を投げ出し、慌てて両手で顔を覆い声をあげる。
「なっ、何してるんですかっ!」
「着替えに決まってるだろ? 何だ、お前は私に泥まみれでいろって言うのか?」
不服そうな表情のアリアは上着を脱ぎ、薄手のシャツ一枚で仁王立ちしスバルを見据えていた。羞恥心と言うモノを持ち合わせていないのか、堂々とした態度のアリアに紅潮するスバル。その耳は真っ赤になり、堅く瞼を閉じ怒鳴る。
「い、いいから、着替えるなら俺、荷台から降りるんで、中で着替えてください!」
「何だ? 別に、私は気にしないぞ?」
「お、俺が気にします!」
瞼を堅く閉じたまま怒鳴り、スバルは手探りで荷台から降りた。膝を抱え頭から湯気を噴き頬を膨らし俯く。流石に恥ずかしくて仕方なかった。
不服そうな表情で首を傾げるアリア。彼女は荷台へとあがると、上がっていた幕を下ろしそこで着替える。布のすれる音が耳に届き、一層顔を真っ赤にするスバル。何とかその音を聞かない様にと、両手で耳を塞ぎ、小さく首を振り続けた。気を紛らわせようとするスバルの浅はかな考えだった。
それから暫くし、着替えを済ませたアリアは荷台から飛び降り、耳を塞ぐスバルの頭を軽く叩く。静かに顔を上げると、アリアと視線が交錯する。呆れた様子のアリアは小さく息を吐き、肩をすくめた。
「高々着替え程度でそんなに赤くなってどうするのよ?」
「た、高々って……」
ムスッとした表情のスバルは、不貞腐れぶつくさと文句を呟き竿の先へと目を向けていた。全くしなる事の無いその竿に、アリアは呆れ顔で笑う。
「スバルって釣り下手ね」
「そうですね。初めてですから」
「そう言えば、あんたっていつもゴーグルぶら下げてるわよね」
首からぶら下げるゴーグルへと目を向けアリアが尋ねる。すると、スバルは「あーぁ。これですか?」と左手でゴーグルを持ち上げ笑う。灰色の瞳が海へと向けられ、スバルはふぅと静かに息を吐き答える。
「俺、水呼族だから、水に入る時ゴーグルが必要不可欠なんですよ。水が目に入ると大変ッスからね」
「そうか。キミは水呼族だったな」
腕を組み小さく頷くアリアは思い出した様に呟き、目の前に広がる大海原を見据える。やがて釣竿へ視線が動き、最後にスバルの背中を見据え、笑顔で告げる。
「じゃあ、飛び込んで見るか」
「はぁ?」
「いや、水呼族なら釣るよりも潜って捕る方が早いだろ?」
「い、いや……ま、まぁ、そうですけど……」
アリアにそう言われ不満そうな表情を浮かべ肯定する。すると、アリアは満面の笑みをスバルへと向けた。その眼差しにスバルは目を細め眉を八の字に曲げる。もう断れない。強制的に「はい」と言うしかない。経験上そう理解していたスバルは、大きな吐息と共に両肩を落とし渋々了承する。
「分かりましたよ。潜ればいいんでしょ! 潜れば!」
「そうそう。今晩のおかずの為にも頑張ってくれないとな」
もう一度大きなため息を吐き、彼はゴーグルを掛けた。軽く手足の準備体操をして、スバルは静かに海へと飛び込んだ。水飛沫が上がり彼が海へと着水する。それを見届け、アリアは竿を片付け、自らが収穫してきた野菜を荷台へと乗せた。
野菜を片付け終わると、そこに情報収集に出かけていたニーナが戻ってくる。エメラルドのツインテールにした髪を揺らして。戻ってきたニーナに彼女は「どうだった?」と笑顔で尋ね、その答えにニーナは小さく頭を左右に振った。
色々と話を聞いて回っているが、これと言って重要そうな情報は得られなかった。基本的に聞く事は同じ。最近、この辺りでおかしな事はなかったか、と言う事だけ。大抵、この質問をすれば何か情報が得られるモノだが、今回は全くの不作だった。
欲しい情報が手に入らなかった事にニーナは肩を落とす。流石にもうこの町で得られる情報は無いんじゃないかと諦めムードだった。しかし、アリアは諦めた様子はなく、ただ腕を組んだまま小さく頷き、
「こんな日もある。また明日頑張りましょう」
と、微笑む。そんな彼女にニーナは苦笑する。彼女らしいと答えだと。小さく吐息を漏らし、荷台に座る。
そして、そこにスバルが居ない事に気付いた。何処かで釣りでもしているのかと、辺りを見回す。だが、何処にもスバルの姿は見当たらない。彼は一応この馬車の番も務めている。その為、遠くには行っていないはずだとニーナは考えていた。しかし、考えても答えが分からず小首をかしげ、アリアへと顔を向ける。
二人の視線が数秒程交錯する。僅かな間が生じるが、アリアは気にした様子もなく「どうかした?」と微笑む。その笑みに何か違和感を覚え、ニーナは思わず「いえ、何でも」と静かに答えていた。
静かな時間が過ぎる。どうもニーナはアリアが苦手だった。別に嫌いと言うわけではない、ただ、時折見せる有無を言わさぬあの威圧的な目。アレが苦手だった。だから、アリアとは少しだけ壁があり、普段はあまり積極的に話そうとはしなかった。
しかし、今日は違った。真剣な面持ちでアリアの顔を見据え、静かにその口を開く。
「ねぇ。アレって何処まで本当の話なの?」
静寂を切り裂くニーナの言葉にアリアは表情一つ変えず、静かに目を向ける。アレとはおそらくクレアの過去の事だろうと、アリアは小さく息を吐く。そして、伏せ目がちにニーナを見据えた。
アリアも詳しくクレアの過去を知っているわけではない。直接クレアから聞いた話ではあるだが、それが本当の事なのか証明するすべが無い。その為、何処まで本当かと聞かれても答える事が出来ないのだ。
困り果てるアリアはもう一度深く息を吐き、真剣な眼差しを向けるニーナへと静かに答えた。
「何処まで本当かは、私にも分からない。ただ、彼女が嘘をつく様な人間とは思えない」
「しかし、クローンだなんて……」
「そうね。でも、私達の知らない所で色々と研究されているのは事実よ」
大人びた静かな口調。その答えにニーナは複雑そうな表情を浮かべる。クレアに対する怒りを何処にもって行っていいのか分からなかった。
そんなモヤモヤとしているニーナにアリアは何も言わない。許せと言うのは簡単だが、それを彼女自身が思わなければ意味が無い。結局、彼女がどうしたいかを決めるのは彼女自身なのだ。だから、アリアはそれ以上語らず、静かに吐息を漏らした。




