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第48回 リオンらしく

 アレから数日が過ぎ、フォン達は小さな集落に辿り着いていた。

 宿と数軒の民家だけがある小さな集落。そこの宿にフォン達三人は二泊していた。精神的な疲労もあったが、肉体的な疲労もピークだった為、丁度良い休息となっていた。

 見張りをしなくても良いと言う状態で、暖かい布団の中で寝られると言う安心感。それが、三人の疲れを癒し精神を回復する。折れ掛かっていた心も、何とか立て直し、三人にもな笑顔が戻っていた。

 一泊でおおよそ肉体的疲労も、精神的疲労も回復していた。だが、それでもフォン達は二泊目をした。それには理由があった。クレアだ。見た感じ明るくいつもと変らない様子だが、フォンは妙な違和感を感じたのだ。いつも以上に笑顔で、いつも以上に明るく振舞おうとするクレアの姿に。リオンはいつもと変らないと言ったが、フォンが頑なに認めず、そのまま二泊したのだ。

 クレアがベッドの中で目を覚ます。殺風景な部屋。空のベッドが二つ並び、荷物は部屋の隅に並べて置かれていた。乱れた桜色の髪を確認する様に右手で頭に触れる。体がだるくまだ頭がボンヤリとしていた。眠気眼を右手で擦り、静かにベッドから立ち上がる。ゆっくりと窓の方に足を運び、彼女はカーテンを捲った。朝日が差し込む。その眩さにクレアは目を細め右手を顔の前へもって行き、日差しを遮った。

 窓の向こうから声が聞こえる。フォンとリオンの声だ。二人して朝早くから鍛錬を続けていた。数百、数千と言う回数の素振り。そして、手合わせ。何度も繰り返していた。自分達が弱い事を先日の得体の知れないモノを見て一層感じていた。

 桜色の髪を右手で撫で、クレアは鼻から息を吐き微笑む。そして、髪を頭の後ろで留めると、ゆっくりと支度をする。外に出る為の支度を。

 外で鍛錬を行うフォンとリオン。素振りを終え、二人は対峙する。額から汗を流す二人。衣服も汗で体にくっつき、嫌な感触がする。それでも、二人は視線を切る事無く、ただジッとお互いを見据える。お互い、どんな攻め方をするのかを熟知している。その警戒から動き出せずに居た。

 宿の裏手は何も無い広場となっていた。その向こうは深い茂みとなっている。その為、二人はほぼ同時に茂みに向かって駆け出す。草木の間を縫う様に駆け、お互いの姿を視界に捉えたまま走り続ける。二人の視線が交わり、同時に急ブレーキを掛け動きを止め、剣を握りなおす。

 フォンは右足を踏み出し、足元に落ちていた枯れ枝が折れ乾いた音が響く。その音に右足を踏み出そうとしたリオンが足を止め、視線をフォンの右足へと移す。その視線の動きにフォンは一気に地を蹴った。それに遅れ、リオンも動き出す。だが、動き出しが遅れたリオン。そのリオンへと勢いに乗ったフォンの一撃が襲い掛かる。

 鈍い金属音と共に火花が散る。奥歯を噛み締め、フォンの放った一撃を剣で防ぐ。二つの刃が交錯し、鍔迫り合いが続く。力ではリオンの方が圧倒的に有利だが、今回は状況が違う。勢いに乗ったスピードある重々しいフォンの一撃。それが、リオンの体を後方へ押す。足の裏に土が盛り上がり、足元の土が抉れる。それでも、強引に腕の力だけでフォンの体を押し返し、弾いた。


「くっ!」


 フォンが声を漏らし、左手を地面に着き勢いを殺す。激しく土煙が舞いフォンの足元に漂う。静かに吹き抜ける風がその土煙を払い、木々の葉を揺らす。辺り一帯がその風で急激に騒がしくなる。しかし、二人はそんな音に気を取られる事なくお互いの姿をジッと見据え、静かに剣を構えなおす。

 ゆっくりと流れる時の中。二人はほぼ同時に息を吐き肩から力を抜くと、剣を下ろし汗を拭う。その行動の後、クレアの声が聞こえた。


「フォンさーん。リオンさーん。どーこでーすかぁー」


 と、言うクレアの愛らしい声が。立ち上がったフォンは剣を鞘に納め、土のついた左手を叩く。一方で、リオンも剣を鞘へと納め、背筋を伸ばし視線を声の方へと向ける。


「クレアが起きたって事はそろそろ昼か?」

「その言い方はクレアに失礼じゃないか?」


 その言葉にフォンがリオンの方へと顔を向け苦笑する。だが、リオンはいたって真剣な顔で腕を組み静かに息を吐く。冗談でなく本気だと分かり、フォンは呆れた様に目を細めた。

 確かにクレアは昼近くまで寝ている事が多い。体力に難がある為仕方ない事だが、アレで十二時間以上睡眠をとっている事がある。その為、時々本気で心配になる。本当に生きているのか、と。睡眠も大事だが、もっと食べて体を作ることも大切なんじゃないだろうかと、フォンは思う。

 足音一つ立てず歩みを進めるクレアが、二人の姿を発見する。それと同時にフォンとリオンもクレアの姿を確認する。フォンは右手を上げ笑顔を見せ、リオンは落ち着いた面持ちをクレアに向けた。

 暗殺者としての癖が残っているのか、クレアは軽快な足取りで近付くが足音は無い。草や枯れ枝が落ちているはずのこの場所。それを、全く音もたてずに進む。その行動にフォンもリオンも圧倒されていた。自然に出た行動とは言え、ここまで無音で走る事が出来るのかと。

 呆気に取られる二人。その顔に、クレアは小首をかしげ足を止めると、静かに後ろを振り返る。もちろんクレアの後ろには誰もいない。その為、クレアは眉間にシワを寄せ唇を尖らせ、二人の方へと顔を向け不思議そうに尋ねる。


「どうかしたんですか? 二人して」

「いや、まぁ……なんて言うか……」

「性格とその能力のギャップが激しくてなんて言ったらいいのか……」

「えっ? えっ? どう言う意味ですか?」


 フォンとリオンが顔を見合わせ乾いた笑い声を僅かにもらす。全くわけが分からず怪訝そうな表情で二人を見据えるクレアは「何ですか? 二人して」と不貞腐れる様に頬を膨らす。そして、不満そうに背を向けると「もういいです」と、歩き出す。そんなクレアの後を追う様にフォンとリオンは歩き出した。小さくため息を漏らして。

 三人は宿へと戻ると朝食――実際は昼食――を食べ、これからの事を部屋で話し合っていた。幸い迷いに迷いながらも村に辿り着いた。その事により、今、何処に居るのかは分かっている。その為、これからの予定を考えるのは容易だった。ただ、予定を立てても上手くいかない。それを分かっている為、どの道を通りどの様に港へ向かうかだけを地図を見ながら話し合う。


「まずは、ここから森を迂回して街道に出ようと思うんだが?」

「でも、遠回りになりますよ?」


 リオンが地図を指差し説明すると、クレアがそう言い顔を見上げた。確かにリオンの提案した道筋は迂回し遠回りになる。それでも街道がある為、危険も少なく道なりに行けばちゃんと村や集落に辿り着く事も出来る。なるべく、危険は避けたいとリオンは考えていた。もちろん、この考えは正しい考え方である。その事をフォンもクレアもわかってはいた。だが、何故かいつものリオンらしくないように感じた。


「どうしたんだ? いつもなら、森を突っ切るぞ位いいそうだぞ?」


 フォンが不思議そうにそう尋ねる。すると、リオンは不快そうな表情を浮かべ、フォンを睨んだ。


「別に、俺はただ安全策を――」

「確かに、安全かも知れないけど、それじゃあ余計に時間が掛かるだろ?

 スバル達はすでに港についてるはずだし、あんまり時間を掛けてる場合じゃないだろ?」


 怪訝そうな表情を向けフォンがそう言う。もちろん、フォンの言っている事も分かっている。それでもリオンは安全な方に行きたかった。理由は簡単だ。またあの時の様に得体の知れない生物に会いたくないから。あんな恐怖を味わうのは二度とごめんだった。

 そんなリオンの深層心理に気付いたのか、クレアは真剣な表情を見せ、


「恐怖から逃げるのは簡単ですけど、立ち向かう勇気が無ければ人は強くなれないんですよ?」


 と、静かに告げた。その言葉にリオンの表情が僅かに強張る。フォンは鼻から息を吐き彼へとジト目を向ける。

 確かにあの生物は恐ろしかった。だが、それ位でリオンが臆する性格でない事は分かっている。だから、フォンはあえて不貞腐れた様な口振りで問う。


「リオン。強気に行こう。お前はそう言う性格だろ?」

「…………」


 フォンの言葉にただ俯き目を伏せる。深く息を吐くリオンはゆっくりと瞼を開き、フォンを睨んだ。


「分かった。そこまで言うなら、この森を突っ切る。ただし、この森を抜けた所にあるこの村、ここに、今日一日で辿り着く」

「おおっ! そうそう。お前はこの位無謀な事を言わないとな」

「言って置くがコレは本気だ。たとえ、陽が暮れても走り続ける。この村に着くまでずっと」


 リオンの強い眼差し、強い口調にフォンもクレアも笑みを浮かべた。ようやく、リオンらしくなってきたと。

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