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第45回 クレアの過去

 クレアが生まれたのは北の大陸グラスター。

 その北西にヒッソリと隠れる様に存在する研究所の大型試験管の中でだった。

 所謂クローン。そう呼ばれる生命体。第三期製造クローン、ナンバー001。それが、彼女の最初の名前だった。

 約五百年前。この研究は始まった。当時、最高の頭脳を持つと呼ばれた天賦族の青年。彼の手によって銀狼と呼ばれるこの世界に居る全ての種族の能力をかね揃えた生命体が誕生した。それが、第一期製造クローン。銀狼の他に八体のクローンが作られ、彼らは通称オリジナルと呼ばれ世界各地に存在する研究所の奥地で保存される事となった。

 オリジナルの研究から二百年後。第二期クローン製造実験が行われた。失われつつある炎血族を復活させると言う目的の為に。研究実験が行われていた。だが、その研究の最中事件は起きる。一人の研究者によって、研究の情報が持ち出され、研究所が爆破されたのだ。

 それから、研究する者は居なく、数年前――。丁度、グラスター王国が崩壊し複数の国が誕生した時だった。第三期クローン製造実験が行われたのは。オリジナルをベースにし開発され、様々な種族の血を掛け合わせ創られたのがクレアだった。目的はもちろん他国への侵攻の為。結局、研究は失敗し、クレアは数十分しか全力を出せない体になった。

 それでも、身体能力は高く、彼女はすぐに暗殺部隊へと入れられた。当時五歳だった。感情は不必要なモノだと言われ、ただ人を殺す為の動きだけを教え込まれた。それから二年でクレアは隊長の座まで上り詰め、次々と暗殺を成功させていた。

 それから五年程、クレアは暗殺部隊の隊長として活動し、その間にここニルフラント大陸に国王の暗殺に来た事もあった。

 そんな時にクレアはジェノスと出会う。当時は感情も無くただ命令を受け暗殺を繰り返していたクレアに、ジェノスは手を差し伸べた。優しく暖かなジェノスに凍り付いていたクレアの心は溶かされ、クレアは暗殺部隊を壊滅させ、旅に出た。自分が創られた研究所を破壊する為の。これ以上、自分の様な者を生み出さない為に。



 話を聞き終えたフォンとリオン。眉間にシワを寄せるフォンは隣で腕を組み険しい表情を浮かべるリオンへと目を向ける。噂では聞いた事があった。その様な人体実験を行う研究所があると。まさか、それが本当だとは思ってもいなかった。

 胸の前で両手をイジイジとするクレア。不安だったのだ。こんな話をするのはジェノス以来だったから。信じてもらえるだろうかと。

 小さく息を吐いたフォンは、深々と頭を下げる。


「悪い!」

「ふぇっ? あ、あ、あのっ! そ、そんな……」


 突然の行動に慌て、両手をパタパタさせる。そんなクレアにフォンは静かに言う。


「嫌な事思い出させて。本当にごめん!」

「コイツもこう言ってる。許してやってくれ」

「ちょっと待て! お前が――」


 反論しようとするフォンの頭を押さえつけるリオンがそう言って鼻から息を吐く。「ふぇっふぇぇーっ!」と声を上げるクレアは慌てて更に深々と頭を下げ、


「わ、わ、わ、私の方こそ、変な話してすみません!」


 頭を下げるクレアにフォンは慌ててもう一度深く頭を下げる。


「いや。俺の方そこごめん!」


 二人して頭を下げ続け、リオンは腕を組む。呆れた眼差しを向け、小さく息を吐き肩を落とす。暫く二人の頭の下げあいは続いた。

 その後、日暮れまで歩き続け、フォン達は野宿の準備をしていた。疲労で木の根の上に座り込むクレアは桜色の髪を揺らしながら肩を大きく揺らす。その横で小型のテントを組み立てるリオンは、心配そうな眼差しでクレアを見据える。


「大丈夫か? 大分、呼吸が乱れてるが?」

「は、ぜぇぜぇ……はい……んぐっ……だ、はぁ……大丈夫……」

「わ、悪い。呼吸が整うまでゆっくり休め」

「す、ふぅ……ふぅ……すみません……」


 呼吸を乱すクレアがそう返答すると、リオンは困った様に頭を掻きテントの組み立てに戻る。今日一日歩いただけであの状態。アリア達と一緒に自分達を追いかけた時は休憩を入れながら夜通し走ったらしいが、余程走るのが速かったのだろう。いや、速いのは当然だろう。元々、暗殺部隊の隊長をしていたのだから。

 どうも釈然としないと言う表情を浮かべるリオンは手際よくテントを組み立てていた。

 一方、フォンは森で鼻歌混じりで枯れ枝を拾い集める。両腕一杯に枝を集めたフォンがリオンとクレアの所へと戻ると、簡易テントがすでに完成されており、リオンは焚き火の準備をしていた。


「おおっ! テント!」

「おおっ、じゃないだろ。早く焚き木を持って来い」

「お、おうっ。んっ? クレアは?」

「テントだ」


 リオンが背後にあるテントを親指で指差すと、フォンは小さく何度も頷き「そっか」と呟いた。

 焚き木を地面へと置き、適当に並べると着火剤にマッチで火をつけ、そのまま焚き火を起こす。枝が燃え火の粉が上がる。それを見届け、フォンは立ち上がり背筋を伸ばす。


「さぁて! 今晩の飯でも探してきますか?」

「虫でも食う気か?」

「…………じゃあ、リオンの分は虫を探すよ」

「冗談だ。本気にするな」


 静かに淡々と話す二人の声にテントで横になっていたクレアはクスクスと笑った。普段冗談なって殆ど言わないリオンに、フォンの真面目な一言。とてもそれがおかしくてクレアは肩を揺らし静かに笑い続けた。

 リオンが火の番をしている間に、フォンは森を散策していた。一応、非常食を持ち合わせているが、それでも心許無い。だから、なるべくなら非常食には頼らない様にしたいと思っていた。肉を食べたい所だが、この辺りにはどうも獣の類の気配が無く、フォンは渋々近くを流れているであろう川を探す。飲み水も確保しておきたいと考えたのだ。

 小さく鼻歌を歌い、軽い足取りで足を進めるフォンは少し歩いては立ち止まり耳を澄ます。聞こえてくるのは風の音と、草木のザワメキ。茶色のロングコートが茶色の髪と一緒に揺れる。静かに息を吐いたフォンは大きく肩を落とすと、空を見上げる。すでに夕焼け色の空は闇に呑まれ様としていた。


「さぁて……どうしたものか……」


 腰に手をあて鼻から息を吐く。近くに川の流れる音は聞こえなかった。肩を落とすフォンは渋々とテントを張った場所へと引き返す。何も獲らずに帰るとリオンにグチグチと文句を言われるだろうと分かっていた。


「お前、何も獲れなかったのか!」


 手ぶらで戻るなりリオンが不満そうな声でそう言い放った。その言葉に目を細めるフォンは「やっぱり」と心の中で呟き小さく息を吐く。そんなフォンの態度に眉間にシワを寄せるリオンは不服そうな表情で問う。


「何だ? 何か言いたいのか?」

「いや、予想通りだったから……」

「ふーん。お前は獲物を探さず予想をしていたと?」


 リオンの言葉にフォンは苦笑し額から汗を流す。威圧的なリオンの口調。何か嫌な予感がし、フォンはゆっくりと視線を逸らした。その行動にリオンは不快そうに目を細め静かに息を吐く。


「とりあえず、お前、今日は食事なしな」

「ちょ! ちょっと待て! それは無いだろ!」


 慌ててフォンがそう口にするが、リオンは右手で額を押さえ頭を左右に振る。


「今後の事を考えると、食料も節約しないとな」

「わ、分かった! 明日は必ず食料になるモノを獲ってくる! それでいいだろ!」

「…………」


 黙りこみ疑いの眼差しを向けるリオンにフォンは表情を歪める。そんなに信用してないのか、と言いたかったが、その目が何も言わせないと言う目をしていた。だから、フォンは何も文句は言わずただただ頭を下げ、「申し訳ありませんでした」と謝った。

 その声が聞こえたのかノソノソとテントからクレアが顔を覗かせる。寝ていた為眠気眼を擦るクレアは、「なんでふかぁ?」と下ろした桜色の髪を乱し、フォンとリオンを見据えた。普段は見ないクレアの姿にフォンもリオンも驚く。だが、すぐに笑いがこみ上げ「ぷっ」と二人同時に笑いを噴出す。


「もぉ……酷いですぅ。人の寝起きの顔見て笑うなんて……」


 焚き火の前で非常食を食べるクレアは恥ずかしそうに俯き頬を膨らしていた。よっぽど恥ずかしかったのだろう。寝起きの顔を見られた事が。

 しかし、そんなクレアの恥ずかしさなど分かるわけも無く、フォンは非常食を食べながら笑う。


「あはは。面白い顔してたぞ。なぁ?」

「俺に振るな」


 自分の方へと顔を向けるフォンへとそう言い顔を背けると、クレアは頬を膨らし唇を尖らせフォンへとジト目を向け、


「私だって女の子なんです。フォンさんはアレですよね。えっと……」

「デリカシーだろ」

「そう! そうです! デリカシーの欠片もありません!」

「か、欠片もって……そこまで言うかよ……」


 クレアの一言にフォンはそう呟くとガックリと肩を落としうな垂れた。まさか、クレアにそんな風に言われるとは思ってもいなかったのだ。

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