第42回 クレアとニーナの過去
アリアと合流したフォン達は、城内で起こった事全てをアリアへと告げた。
魔物達の襲撃、時見の巫女リーファの消失など、自分達が見て知った事全てを。そして、時見の巫女の護衛だったニーナを紹介した。その実力を目の当たりにしたフォンは素直に今の自分よりも強いと。その言葉にアリアは終始ニーナの姿を見据えていた。暫し、腕を組みニーナを見据えていたアリアは、静かに息を吐くとその肩から力を抜き二度頷く。
「そうか……。すまないな。不甲斐ない連中の所為で、時見の巫女を……」
「いえ。私も、少なからず彼らには教えられましたから」
小さくお辞儀をするニーナ。フォン達の時とは明らかに違う丁寧な対応に、フォンは不思議そうな顔をしスバルとリオンと顔を見合わせる。リオンは特に何かを言うつもりは無かったが、フォンとスバルは二人して首をかしげコソコソと話を始めた。
「アイツって、あんなキャラだっけ?」
「いいや。俺達の時はもっと刺々しかったって」
「だよな?」
そう言い笑っていると、二人へとニーナのジト目が向けられる。何か言いたそうな眼差しを向けるニーナに気付いたリオンはすぐさまその場を離れると、呆れた様に二人を見据え小さく吐息を漏らした。だが、ニーナは何かを言うわけでもなく二人に対し軽く首を振り呆れた様に小さくため息を吐く。
呆れるニーナの肩に手を置いたアリアは、小声で呟く。
「あいつ等の事は気にするな。気にすると疲れるぞ」
静かなアリアの言葉にニーナは失笑しジト目を向けたまま深く息を吐いた。
その後、フォン達は馬車に乗り込み移動を開始する。何処に行くかは決まっていないが、それでもこの街に居るのは危険だろうとアリアの判断だった。手綱を握るスバルは大きな欠伸をして、その蒼い髪を左手で掻き毟る。その胸ではゴーグルが激しく揺れていた。
荷台に乗ったフォンは相変わらず気持ち悪そうに仰向けに倒れ天井を見上げ、クレアとニーナはそんなフォンの姿に呆れた様な眼差しを向ける。見慣れた光景にリオンは腕を組み壁へと背を預け瞼を閉じていた。
神妙な面持ちのアリアは荷台からジッと騒然とする人々を見据えていた。これから、この街はどうなるのか、どう進んでいくのかを考えていたのだ。国王と言うトップを失い、この国は――。だが、そこまで考えて、アリアは考えるのを止めた。考えるだけ無駄だと判断したのだ。自分は結局この国と殆どかかわりが無い。この国の事はこの国の人達でどうにかするしかないのだから。
静まる荷台が揺れる。ニーナはエメラルド色のツインテールの髪を指先で弄り一点を見つめる。その視線の先に入るのはクレアだった。ニーナの視線から隠れる様にアリアの陰に身を潜めるクレア。
「どうかしたの? クレア?」
身をちぢ込ませるクレアに疑問を抱きアリアが尋ねると、クレアは頭の後ろで留めた桜色の髪を激しく左右に揺らし、
「な、何でもありません」
と、小声で呟き、ニーナの視線から逃れようと一層身を縮める。違和感を感じるアリアが怪訝そうな表情を浮かべ首を傾げる中、ニーナの右手がゆっくりと自らの顎へと触れ、小さく首を傾げられる。そのニーナの様子を後ろから窺っていたリオンは腕を組み僅かに右目を開き眉間にシワを寄せ小さく息を吐く。何を考えているのか分からないが、係わらないがいいだろうと沈黙を守る事にしたのだ。
妙な二人の攻防が続いていた。自分の視線から逃れようとするクレアの姿に、ニーナは眉間にシワを寄せ、自分の記憶を辿る。見覚えがあった。クレアの姿に。あの淡い桜色の髪を。だが、何処で見たのか思い出せずにいた。
その為、ニーナは直接クレアに聞く事にし、ゆっくりと腰を上げクレアの方へと近付く。しかし、クレアはそのニーナから逃げる様に一定の距離を保ちながらアリアの体を壁にしながら動き出す。
自分の周りをクルクルと回るクレアとニーナの二人にアリアは目を伏せると、その額に青筋を浮かべ、その苛立ちが頂点に達すると、床を激しく叩き立ち上がる。叩いた衝撃で荷台が激しく揺れ、アリアの周りを移動していたクレアとニーナはバランスを崩し動きを止めた。
「ウロウロするな!」
「す、すみません……」
「ご、ごめんなさい……」
クレアとニーナが同時に謝ると、アリアは鼻から息を吐きゆっくりと腰を下ろす。怒鳴られ落ち込むクレアは肩を落とし俯くと、ニーナはその横顔を見据え記憶の中の一つの光景が蘇る。過去に城を襲った一人の暗殺者の姿を。その美しい桜色の髪を。その為、ニーナは慌てた様子で立ち上がると、剣の柄を握り鋭い眼差しをクレアへと向けた。
突然の行動にアリアもリオンも中腰になり、その腰の剣へと手を伸ばす。険悪な空気が漂い、殺気がニーナの体からあふれ出す。何があったのか、何故急にその様な行動を取ったのか分からず、ただニーナを見据えるアリアは、静かな口調で問う。
「一体、何のマネ。ニーナ」
「アリア殿……。彼女が何者かご存知無いのですか?」
ニーナの鋭い視線はアリアの肩越しにクレアへと向けられる。伏せ目がちに俯くクレアはいつに無く落ち着かない様子だった。
静かなニーナの問いに対し、アリアは首を傾げていた。クレアが何者かと聞かれても、言えるのはアカデミアの生徒で、今はアリアの生徒であると言う事だけだった。その為、訝しげな表情を浮かべ、ニーナを見据えるが、ニーナは真剣な表情でアリアの背後のクレアを睨む。
「一体、クレアが何だって言うの?」
「彼女は、北のある国の暗殺部隊を最年少で率いていた人物です」
ニーナの言葉に周囲が凍りつく。沈黙が荷台を包み込み、手綱を握るスバルだけが苦笑していた。クレアから、暗殺部隊の隊長をしていたと聞かされていた為。
一方で、荷台では張り詰めた緊張感が解け、リオンはバカバカしいと腰を下ろし、アリアも思わず笑いを噴出す。あのクレアが暗殺部隊を率いていた人物だと言われてもまともに信じられるものではなかった。
突如として和むその場の空気に、ニーナは表情を歪めると唇を噛み締める。
「アリア殿! 私の言ってる事は本当の事で、冗談でも何でも――」
「はいはい。でも、クレアは体が弱くて、とてもじゃないけど、暗殺部隊なんて無理よ」
そう言いクレアの方へと視線を向けたアリアだが、クレアの浮かない表情を見てその表情を一変させる。眉間にシワを寄せるアリアは、クレアの肩へと左手を置くと、静かに問い掛けた。
「クレア……。あんた、もしかして……」
「は、はい……。私は、元暗殺部隊の隊長です」
「くっ! やはり、お前が!」
厳しい口調で言い放つニーナが、今にも剣を抜きそうな勢いでクレアを睨みつける。その眼差しに、クレアは申し訳なさそうな表情を浮かべ、ゆっくりとニーナの方へと体を向けた。
二人が初めて会ったのは五年ほど前に遡る。クレアはすでに暗殺部隊の隊長として活躍していた時期。その頃、ニーナもまたこの国の近衛兵として警備を任されていた。その当時、ニーナはまだリーファの護衛ではなく、国王の護衛に当たっていた。
そして、クレアもまたこの国の国王暗殺を命じられ城へと侵入していた。その時、色々と事件がありクレアの任務は失敗に終わったが、その時にニーナと手を合わせていた。
当時は未熟で手も足も出なかったニーナだが、今ならクレアに勝てる自信があった。それだけ、自分は成長したと言う自信が。
一方で、クレアは全くニーナに対し戦意を見せない。それは、自分が悪い事をしてきたのだと言う罪悪感からだった。当時のクレアには感情が無く、ただ言われるままに任務をこなして来ただけ。それでも、罪の意識はあった為、ニーナにあわせる顔が無かったのだ。
一方的なニーナの怒りにクレアは一層申し訳なさそうな表情を浮かべ、静かに頭を下げる。
「ごめんなさい」
と。その行動にニーナは表情を歪める。
こんな風に謝られるなんて思っていなかったし、クレアがこんな人物だったなんて知らなかった。あの時、剣を交えたのは――紛れも無くただの殺人マシーン。それ程、あの時のクレアの動きは精密で背筋が凍るほど冷たい目をしていた。
唇を噛み締めるニーナ。ニーナ自身気付いていた。クレアがあの時はもう違うのだと。あの時の殺人マシーンでは無いと言う事を。それでも、納得できない。それでも、クレアを心のどこかで許せない自分がいる事に、戸惑い怒りを覚える。この怒りを何処へぶつければいいのか、どうすればいいのか分からず、拳だけを静かに震わせた。




