第41回 平和の崩壊
冷たい夜風を浴び、リオンは目を覚ます。
いつの間に城の外に出たのか、リオンとスバルは城の裏手にある小川の傍にいた。頭がズキズキと痛み、リオンは右手で頭を押さえる。
「イッ……」
そこで自分が額を怪我している事に気付き、思い出す。自分達が負けたのだと。小さく息を吐き、肩を揺らす。思い出すだけで体が震える。それだけの恐怖を脳裏へと刻み込まれた。アレが魔物。全く勝てる気がしないその相手を思い出し、唇を噛み締める。あんなのと英傑と呼ばれた人達は戦っていたのかと思い、改めて英傑と呼ばれた人達の偉大さを知る。
握り締めた拳を震わせるリオンは、小さく息を吐き周囲を見回す。静かな川の流れ、緩やかな風。燃え上がる城を見上げるリオン。僅かに火の粉が舞い、黒煙は延々と吹き上がる。そして、突如として、爆発が起こった。
「なっ!」
顔の前に腕をあげるリオンは目を細め、その爆発を見据える。激しく炎が噴出し、空が一瞬だけ明るくなる。空を見上げるリオンの表情が一瞬だが歪む。火の粉が降り注ぐ中で、スバルの呻き声が聞こえた。薄らと瞼を開き、ぼんやりと空を見上げる。その手がゆっくりと額に触れ、スバルも思い出す。自分が敗れた事を。腕を瞼の上に置き、拳を握り震わせる。悔しくて思わず涙が溢れそうになるスバルに対し、リオンは静かに口を開く。
「目が覚めたか?」
「あぁ……」
顔の上に腕を置いたままスバルは静かに答える。声が僅かに上ずっているのは、彼が泣きそうになっているのを堪えているからだろう。僅かに身を震わせるスバルに、リオンは瞼を閉じ息を吐く。気持ちは分かる。だから、リオンは何も言わなかった。
暫く、時が流れる。燃え上がる城が崩れ落ちる。崩壊。この世界最大の軍事力を誇る国の最後をその目に焼き付ける。長い歴史を誇る国の最後。それを目の当たりにする事になるとは、リオンも思ってはいなかった。ずっと続くと思っていた。平和が崩壊するそんな風にリオンの目には映っていた。
静かにその光景を見据えていると、城内の壁を突き破り、二つの影が川へと飛び込む。砕石が舞い散るその中で、大きく開かれた壁の穴から轟音と共に炎が噴出す。遅れて水飛沫が上がり、川から二人の顔が出る。茶色の髪とエメラルド色の髪から滴をたらす二人組みが。
「フォン……か?」
「わっぷっ! り、リオンか?」
水面へと顔を出すフォンが声を上げると、その声にリオンはフォンだと確信し川の方へと足を進める。川岸へとニーナの体を引きながらフォンは移動し、リオンはニーナの腕を引く。エメラルド色のツインテールは水を吸い萎み、衣服は体へとぴったり張り付いていた。
「ゲホッ…ゲホッ……」
咳き込み両手を地に着くニーナは、両肩を大きく揺らし呼吸を整える。フォンもゆっくりと川から上がると、水を吸い重くなった茶色のロングコートを脱ぎ水を絞り出し、頭を振り髪の水分と飛ばす。
「うわっ。やめろ! 水が飛ぶだろ!」
「ああ。悪い……」
リオンに注意され、頭を振るのをやめたフォンの髪の毛先から滴が零れ落ちる。
地に手を着いていたニーナも、呼吸が整うと、結っていた髪を解き、その腰まで届く長い髪を下ろす。その姿にフォンとリオンは硬直する。ツインテールにしている時は何処か子供っぽい印象を覚えたが、髪を下ろすと急激に大人びて見えた。
呆けている二人に、ニーナは訝しげに眉間へとシワを寄せ、その黒い瞳で二人を見据える。
「何だ? 人の顔をジロジロ見て」
「いや。髪を下ろすと大人っぽいんだな――ごふっ!」
直後、フォンの顎をニーナの足が蹴り上げた。横転するフォンの姿を呆れた表情を見据えるリオンは、小さくため息を漏らす。言わなくていい事を何故言うんだと、言いたげな目を向けて。
顎を押さえのた打ち回るフォンの姿を見据えるニーナは小さく息を吐く。あの魔物と戦っていた時と明らかに違うそのフォンの印象にニーナは疑いの眼差しを向ける。本当に同一人物なのかと。
髪の水気を取る様に両手で髪を挟み力を込めるニーナは、面倒臭そうに息を吐く。髪が長いだけあって、乾くまで時間が掛かりそうだった。のた打ち回っていたフォンもようやくその痛みが引き、不満そうな表情でニーナへと目を向けていた。
「ったく……なんで、褒めたのに蹴られなきゃなんないんだ?」
「アレは褒めたとは言わない」
フォンの疑問に対し、ニーナが即答するとフォンの表情は引きつらせた。
暫し間を空け、四人は城を見上げ立ち尽くしていた。フォンはリーファがすでに居なかった事と、魔物に襲われた事をリオンとスバルに簡潔に説明し、自らも右肩を負傷している事を教えた。一方、リオンとスバルも、自分達があの後魔物に襲われ敗北した事を静かに伝えた。
静寂の中に吹き抜ける冷たい風。燃え上がる城。もうどうする事も出来ず、ただそれを見据えるだけ。
「終わりだな」
静かにリオンが口を開く。その言葉に誰も何も言わずただ無言を守る。分かっている。何が終わりなのか。だから、何も言えなかった。
時は過ぎ、すでに炎は沈下され、陽は上っていた。空を舞っていた魔物の姿も無くなり、町の外へと借り出されていた兵士達も戻り、この城の有様を見て呆然としていた。町中が騒ぎに包まれる。この町はどうなるのか、この国はどうなるのか、不安を口にする人々に対し、兵士達も不安の色を隠せなかった。
城の裏手から正面へと移動した四人。騒動は四人が思っている程深刻だった。崩壊した城の前に殺到した街の人。その一方で、この街から逃げ出す様に荷物をまとめている人も居た。すでに皆理解していた。この国はもう終わりなのだと。
「意外と冷酷なんだな。国民ってのは」
頭の後ろで手を組みフォンがボソリと呟くと、その隣でニーナが渋い表情を浮かべる。
「皆、必死なのよ。生きる事に。それに、国が変わるって事は、王制が変わるって事よ。
複数の王が誕生したら、土地を奪い合う戦争にだってなる。多分、この地が最初の戦火になる。
だから、皆必死に情報を集めているんだろう」
もの悲しげな表情を見せるニーナに、フォンは「そう言うものか?」と能天気な声を上げる。まだ実感が湧いていないのだ。国が崩壊したと言う事の実感が。フォン同様、その実感の湧いていない人も多く、崩壊した城を見ても尚普段と変わらぬ生活を送っていた。
だが、何れ彼らも気付く事になる。自分達は戦火の真っ只中に居るのだと。それは、遠い未来の事かもしれないし、すぐなのかもしれない。だが、何れ必ず知る事になるその現実を考え、ニーナの表情は一層険しく変わった。
槍を背中に背負ったスバルは額を押さえ、小さく呟く。
「それよりさぁ……これからどうするのさぁ?」
目の周りを赤く腫らすスバルの言葉に、リオンが腕を組み小さく吐息を漏らす。
「この調子だと、飛行艇も出そうにないな」
「…………えっ?」
リオンの言葉へと暫しの間を空けフォンが奇声を上げる。慌てふためくフォンの姿にリオンとスバルは呆れた目を向ける。
「当然だよ。フォン。国がこんな状態で、飛行艇なんて飛ばせるわけないだろ?」
「な、何でだよ!」
「いや、だから、今説明したじゃん……」
フォンの声に苦笑するスバルが右肩を落とし呆れ顔を見せる。その言葉に「うそだーっ」と一人叫ぶフォンの声に、周囲の目が向くが、本人は全く気にしない。しかし、リオン・スバル・ニーナの三人はすぐに距離を取り部外者のふりをしていた。
それから暫くし、フォンは冷静さを取り戻す。こんな状況では流石に飛行艇も飛ばないかと諦めるフォンは、大分肩を落とし落ち込んでいた。それだけ、飛行艇に乗るのを楽しみにしていたのだ。
落ち込むフォンを尻目にリオンとスバルは話し合いを開始する。最初に口を開いたのはリオンだった。
「これからの事だが、やっぱりアリアと合流するのが一番いいだろう?」
「って言っても、何処に居るのか分からないし……」
困った様子で眉を寄せるスバルにリオンは腕を組み小さく頷くが、相変わらず落ち着いた面持ちですぐに答えを出す。
「いや。多分、この街に居るだろう」
「多分じゃなぁ……」
渋るスバルに対し、リオンは小さく息を吐く。スバルの言う通り、多分ではダメなのだ。確実にこの街に居ると言う確信が欲しかった。その為、リオンはフルにその頭脳を働かせ考える。その時、フォンが何かの視線を感じジト目で周囲を見回し、一台の荷馬車を発見しジッと見据えていた。見覚えのあるその馬車を見据えていると、ニーナが乾いたエメラルド色の髪をいつも通りのツインテールに結いながら不思議そうな表情を見せる。
「どうかしたの?」
「あぁーっ……うん。ちょっと見覚えのある馬車が――」
「あの馬車のこと?」
ニーナがフォンが見据える馬車を指差すと、フォンは「うん」と小さく頷く。眉間にシワを寄せ、目を細めその荷馬車を見据えるフォンは、腕を組むと小さな唸り声を上げる。どこで見たか考えていると、荷馬車の荷台から桜色の髪を揺らし小柄な少女が姿を見せる。その姿を見るなりフォンは「あぁぁっ!」と大声を上げた。
その声に驚くリオンとスバルは肩をビクッと大きく跳ね上げると、すぐにフォンの方へと顔を向ける。
「な、何だ!」
「敵襲?」
「いや、それは無い」
スバルの言葉に、冷静に突っ込むリオンに、フォンは荷馬車の方を指差しながら声を上げる。
「あ、アレ! クレア!」
「なっ! く、クレアだと!」
声をあげたリオンがフォンの隣へと移動すると、その指差す先を見据える。そこには間違いなく桜色の髪を揺らし伸びをするクレアの姿があった。クレアの方は気付いていない様子で、軽く体を動かす様に屈伸運動を繰り返す。
そんなクレアの姿を発見した三人は大声で叫ぶ。
「クレア!」
と。だが、その声は聞こえていないのか、相変わらず屈伸運動を繰り返す。そんなクレアに叫び続ける三人に、ニーナは迷惑そうに耳を塞ぎ目を細め三人を見据える。
「叫ぶ位なら、早く行けばいいだろ」
と、小声で呟いた。




