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第4回 世界

 静まり返った森。

 切り裂かれた木々は炎に包まれ、激しく黒煙を上げる。

 地面は所々抉れ、その一帯は森と言う原型を留めていない。

 その中心に横たわる一つの影。その影を中心に放射線状に広がる血。そして、フード付きのローブを着た二人組みが、その影の前に居た。その頭に深くフードを被って。

 何かを言うわけでもなく、その姿を見据える二人。静かに流れる風が火の粉を舞い上がらせ、草木をざわめかせる。

 そこに僅かに聞こえる足音。二人組みはその足音に顔を上げ、足音の方へを顔を向けた。茂みが揺れ、飛び出す。一人の若者。漆黒の髪を揺らし、激しく肩を上下させ、鋭い眼差しを二人へと向けた若者は、その足元に横たわるその影に目を見開く。瞳孔が開くと同時に、その表情は怒りに変わる。鼻筋にシワを寄せ、殺気に満ちた眼差しを向け、若者は叫ぶ。


「ワノールさんに何をした!」


 放たれる咆哮が衝撃を生み、周囲に広がる。吹き抜けた衝撃が炎を揺らし、木々をざわめかせる。フードを深く被った二人組みは、その衝撃に僅かに表情を歪めると、唇を噛み締める。

 若者は腰にぶら下げた剣を抜き、怒りに任せ地を蹴った。土煙を舞い上げ加速するその若者は、衣服の裾をはためかせ、二人組みへと直進する。だが、その時、唐突に訪れる。彼の頭上へと、一つの影が――。

 衝撃が広がり、地面が窪む。


「くはっ!」


 その中心で横たわり、衝撃に血を吐く若者。その背中に一人の少年が膝を立て座っていた。銀髪の髪を揺らし、静かに瞼が開かれ、金色の瞳が全てを見据える。フードを被った二人組みを。

 静まり返るその場所に流れる冷たい風。若者の意識は遠退く。その最中、声を聞いた。二つの少年の声。その声に、若者は聞き覚えがあったが、それを思い出す事が出来ず、ゆっくりと瞼は閉じられ、彼の意識は闇へと消えていった。



 時は急速に進み――。

 アカデミアの校庭でフォンとアリアが対峙していた。土埃が僅かに舞う中で、模擬刀を構える二人。フォンは闘争心をむき出しに、アリアは対照的に静かないでたち。二人の対照的な構えに、それを観戦する生徒は息を呑む。

 張り詰めた空気に、リオンは腕を組み渋い表情を浮かべる。その隣ではスバルがオロオロとしており、その表情には不安が窺えた。他の生徒達は真剣な表情を見せており、ワノールの代わりを務めるアリアの実力がどんなものなのかを、その目で確かめようとしていた。

 模擬刀を構えるフォンは小さく息を吐くと、右足をすり足で半歩前へと出し、警戒しながら体重をそこへ乗せる。これでも、模擬戦には自信があった。中級クラスでもトップクラスの成績を残していた為、その自信が満ち溢れていた。

 表情と構えを見て、アリアも彼のその自信の表れに気付いていた。中級クラスでトップクラスの成績を残している。その事から生まれる小さなプライドに、アリアは静かに笑う。


「何がおかしい?」

「あんた……自分が強いとか思ってる?」


 アリアの棘のある口調に、フォンは表情をしかめる。確かに自分が強い。そう思っている所もあった。だから、図星を突かれ驚いたのだ。僅かに見せたフォンの表情の変化に、アリアは確信し、静かに口を開く。


「やっぱり……。中級クラスでどんな成績を残しているか分からないけど、ここは上級クラス。ましてや、世界に出ればクラスなど無い。強い奴はたくさん居る。あの英傑と呼ばれた連中よりも強い奴はたくさんな」

「――ッ! あの人たちをバカにするな!」


 地を蹴る。怒りに任せ。後塵が舞い、フォンがアリアの間合いへと足を踏み込む。


「甘い」


 高らかと放たれるアリアの声と同時に振り抜かれる模擬刀。鈍い金属音が響き火花が散り、フォンの体は後方に弾かれる。弾かれたフォンの足が地面をすべり、土煙が舞う。その激しい一撃でフォンの握る模擬刀の刃が僅かに震え、その振動は柄を握る手に伝わった。

 華奢きゃしゃな体格からは想像できない程の怪力。その怪力に、生徒達は息を呑む。その一太刀で理解した。アリアのその実力を。リオンもオドオドしていたスバルも、息を呑みアリアへと視線を向ける。

 静かに笑みを浮かべるアリアは視線をフォンへと向け、振り抜いた剣を構えなおす。


「確かに、英傑と呼ばれた彼らは強い。私など足元にも及ばない程。だが、世界はどうだ? フォーストの王ブラストを始め、グラスターのフレイスト。そして、キミの――」

「――黙れ!」


 一気に間合いを詰めたフォンが放つ一撃。衝撃が広がり、アリアの真紅の髪が大きく揺れる。二つの刃が交錯し、刃が軋む。全力で突っ込み振り抜いたフォンの一撃に、アリアの体は僅かに後方に動いただけだった。それ程、アリアの力は強いのだ。

 刃を受け止め、アリアはフォンの瞳を見据える。二人の視線が交錯し、次の瞬間、アリアの腕から力が抜けた。それにより、フォンの体は前のめりになる。


「なっ!」


 驚くフォンに対し、アリアは身を退くと同時にその顎に向かって右膝を振り上げる。


「ぐがっ!」


 その膝がフォンの顎をかち上げ、衝撃で首が伸び、上半身が大きく後方へと弾かれる。脳が揺れ、視界が乱れる。空を見上げ、フォンの背中が地面へと弾む。

 膝蹴りを見舞ったアリアは後方へと静かに着地すると、小さく息を吐き肩の力を抜く。模擬刀を下ろし、横たわるフォンを見据える。


「分かったろ。これが、今のお前のレベルだ」

「ぐぅ……ふざけ……るな……」


 体を静かに起こしたフォンが、肩を大きく揺らし言い放つ。まだ、意識はもうろうとしていた。足元がふらつき、膝が震える。それでも、立ち上がろうとするフォンの姿に、アリアは目を細めた。


「まだやる気なのか?」

「やるさ……まだ、俺は戦える」

「待て! フォン! もういいだろ!」


 フォンの言葉に、リオンが叫び駆け寄る。だが、その瞬間、アリアが怒鳴る。


「手を出すな」

「で、でも、フォンはもう――」

「フォンは戦える。そう言ってる」

「そんなのフォンの強がりじゃないか!」

「なら、君は止めるのか? これが、もし世界を救う為の戦いで、唯一彼が世界を救う事が出来る人だとして、この状況になっても」


 アリアの静かな口調での問いに、リオンは眉をひそめる。その質問の意図が分からず、リオンはその場に立ち止まりアリアの目を見据えた。二人の視線が交錯し、静寂が周囲を包む。その静寂の中で、リオンは唇を噛み締めると、拳を握り締め瞼を閉じ、静かに口を開く。


「もし、その様な状況になったとしても、俺は止めると思います。フォンは、大切な友だか――」

「それじゃあ、君はこの世界の多くの民の命よりも、ただ一人の友の命を取ると?」


 リオンの言葉を遮り、アリアが静かに告げる。その言葉にリオンの表情は険しくなり、口ごもる。想像出来なかった。そんな状況を。世界中の民とただ一人の友人。考えれば分かるはずだった。答えも簡単だ。それでも、リオンには答えられなかった。

 沈黙するリオンに、アリアは笑みを見せる。


「すまない。意地悪な問いだったな。だが、この先、お前達にはそんな選択を迫られる時が来るかもしれない。ただ一人の大切な人か、世界の多くの人か。その答えを出す時が……」


 アリアは見回す。生徒一人一人を。その時、アリアの表情が僅かに悲しげに変わったのを、リオンは見逃さなかった。何を思い、何を考えているのか変わらず、リオンは困惑する。

 そんな最中、フォンが静かに立ち上がり、模擬刀を構えた。


「答えは簡単だ……。俺だったら、戦う。一緒に! 友一人救えない奴が、世界を救う事なんて出来るわけないんだからな!」


 大声を上げるフォンの姿に、アリアは小さく吐息を漏らすと、口元に笑みを浮かべると、フォンの構えた模擬刀を右手で下ろす。


「面白い回答だ。だが、その時、足を引っ張らない様に強くならなきゃいけないな。だから、今日は退け。自分の弱さを知る事も、また強くなる為には必要だ」

「ぐっ……」


 アリアの言葉にフォンは奥歯を噛み締める。自分はまだまだ弱いのだと痛感した。

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