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第38回 漆黒の魔物

 燃え上がる城。

 騒然となる城内。

 そして、城を覆う様に空を舞う無数の魔物。背中に漆黒の翼を生やし、次々と城へ攻撃を仕掛ける。轟く爆音。響く悲鳴。その騒ぎは城だけでなく、町中へと広がりつつあった。

 逃げ惑う町の人々。だが、逃げ場は無い。すでに町の出入口を多くの魔獣が占拠していた。まるで誰かにそうする様に指示されていたかの様に。


 時は数時間前の事だった。王都を囲う様に魔獣達が群れをなし姿を見せ、守備兵達は城へとこの事を連絡した。数か多すぎた為、守備兵だけで対処出来ないと言う理由で。それにより、城内に居た兵士と町の外壁を守る守備兵、合わせて数万と言う兵士達が出動し王都を囲う魔獣討伐へと向かった。

 それでも、城には一万の兵士が残っており、その中には各隊の隊長を務める兵士が五人も残っていた。だが、城を守る事は出来なかった。城内へと侵入したのは数十の魔物。そして、得体の知れない黒い化物に、タキシードの男。この数十の者達により、城は燃え上がり陥落した。

 燃え上がる城を王都の中心であるクリス像から見据えるアリア。まさか、この城が落とされるなどとは思ってもいなかった。この世界で断トツの組織力と勢力、優秀な兵を持つこの国が、たった一日で落とされる事など、誰が予測出来ただろうか。

 呆然と立ち尽くし、唇を噛み締める。ジェノスがどうして、王都に向かおうとしたのか、その理由をこの時理解した。彼はこうなる事を知っており、それを未然に防ぐ為に城に戻ろうとしたのだと。何故、気付けなかったのか、何故、思い出さなかったのか。以前、ジェノスが居た場所を、仕えていた者の事を。

 冷静に考え、分析していれば、コレ位の事すぐに分かったはずなのにと、アリアは後悔し、目を伏せた。拳を震わせ、ただ願う。フォン達三人の無事を。



 広く長い廊下に響く轟々しい炎の燃え上がる音。

 壁が――、天井が――、床が――激しく燃え上がる。壁に飛び散った血痕。床に広がる血溜まり。至る所に横たわる兵士達の無残な亡骸。壁も、床も、天井も、鋭利な爪あとが残され、時折廊下の奥から響き渡る。


“グケケケケッ”


 と、言う不気味な笑い声が。

 背筋がゾッとするその笑い声を聞き、フォン達三人は表情を歪める。一方で、錯乱するニーナは瞳孔を大きく広げその体を震わせながらゆっくりと足を進めていた。何処を目指しているのか、何処を見ているのか分からないニーナの肩をリオンが掴む。

 その感触で我に返ったニーナはエメラルド色のツインテールにした髪を揺らし、リオンへと視線を向ける。その目に浮かぶ困惑の色にリオンは険しい表情を浮かべる。何を言って欲しいのか、何と言って欲しいのか、そんな事を考えていると、その後ろでフォンが静かに呟く。


「大丈夫だ。あいつは、時見の巫女なんだろ。なら、予期してたはずだ。今も生きてる」


 いつに無く静かに落ち着いたフォンの声。その声にニーナの瞳に輝きが戻り、困惑の色が薄れる。完全に消えたわけじゃないが、それでもフォンの言葉に僅かな希望を見出したのだ。

 いつもは感情を全面に出すフォンだが、時折今の様に物静かになる。それはフォンが本気で怒っている時、その怒りを無理に押さえ込もうとする時に自然とそうなるのだ。付き合いが長いが、こうなるフォンを見るのは久しぶりだった。スバルにいたっては、初めてこんなに物静かなフォンの姿を見た。

 妙な緊迫感と静けさが支配する。

 息を引き取った兵士を足元に立ち上がるフォンは、ゆっくりと顔を上げる。炎で壁が焼かれ、天井が崩れ始め、スバルは慌てて声をあげる。


「フォン! リオン! 早くしないと、道が塞がれちゃうよ!」

「分かってる……リオン。スバルと一緒に脱出までの道を確保してくれ」

「待て! お前――」

「俺は彼女と時見の巫女の安否を確かめてくる」


 静かな口調でそう述べるフォンの背中へ、鋭い眼差しを向けるリオンは、眉間へとシワを寄せる。拳を握り締め、目を伏せるリオンは深く息を吐き、低音の声で問いただす。


「お前、言ってる事と矛盾してるって分かってるか?」

「…………」


 背を向けたまま答えないフォン。さっき、彼女は無事だと言っていたのに、安否を確かめてくるなんて明らかな矛盾だった。その矛盾への答えを聞こうと、黙ってその場に留まるリオン。その間も燃え盛る炎により、壁が――天井が――床が――崩れ落ちていく。

 沈黙する二人を交互に見ながら慌ただしく足踏みするスバルは、不安そうな表情を見せていた。そんな状況で、小さくため息を吐いたリオンは、眉間にシワを寄せたまま肩の力を抜くと、右手で髪をかきあげる。


「分かった。もう、勝手にしろ。ただし、この状況だ。

 俺とスバルで道を確保したとしても、その道が帰りに使えるとは限らないぞ」

「ああ……その時は、どうにかする」


 フォンが小さく頷き答える。結局、リオンが折れる事になるのだ。フォンが頑固だと言う事は分かっているし、絶対に折れないと言う事は分かっている。だから、リオンが折れるしかなかったのだ。だが、だからと言って諦めるわけではなく、フォンへと歩み寄るとその肩を掴み、静かに告げる。


「必ず、生きて戻って来い。約束だ」

「…………」


 だが、フォンは答えず、リオンの右手を振りきりニーナの方へと歩き出す。嫌な予感がしていた。その為、リオンはもう一度フォンの背中へと言い放つ。


「約束しろ! フォン! 必ず、生きて――」

「行こう。ニーナ」

「えっ? あっ……けど――」

「良いから。行こう」


 リオンの言葉を無視しフォンはニーナを促す。その声にニーナは戸惑いつつも小さく頷き足を進める。その際ほんの一瞬リオンへと何かを訴える様な眼差しを向け、リオンもその眼差しに深々と頭を下げる。フォンの事を頼むと言う想いを乗せて。

 フォンとニーナの二人の姿が見えなくなるまで、リオンは頭を下げ続けた。その間も次々と天井は崩れていく。先程まで慌てていたスバルはそんなリオンの姿をジッと見つめていた。こんな険悪なフォンとリオンを見たのは初めてで、何と声を掛ければいいのか分からない。だから、黙って見据える事しか出来なかった。

 だが、刹那――空気が張り詰める。顔をあげたリオンは身構え、瞬間的に腰の剣を抜く。一方、スバルも同じく背負っていた槍を構えていた。その手の平に大量の汗を滲ませて。

 その場を支配する圧倒的な殺気。それは、二人の感じた事の無いおぞましく、絡みつく様な純粋な殺意。息を呑む。口の中が乾き、体が自然と震える。その場に未だ姿すら見せていないその者に畏怖する二人は、瞳孔を広げたまま目の前の廊下を塞ぐ燃え盛る瓦礫を見据える。

 聞こえるはずの無い足音が二人の耳には聞こえた。それは明らかな錯覚だが、二人の耳には確りと聞こえる。そのヒタヒタと床を歩む静かな足音が。ゆっくりと足音が止まり、続いて不気味な笑い声が静かにその場に響く。


“クケッ……クケケケッ!”


 不気味な笑い声がリオンとスバルの背筋を凍らせる。やがて、瓦礫は崩れ、その合間から覗く。薄気味悪いその真っ赤な目が二人を見据え、口元が緩み裂ける。その口に見える牙に涎が糸を引く。その不気味な存在に、リオンはその場を飛び退き、スバルは槍の先を向けて腰を落とす。


「クッ!」

「――ッ!」


 二人して表情を引きつらせる。零れ落ちる汗が床で弾け、瓦礫がまた崩れる。瓦礫を突き破り漆黒の腕が二人の視界へと入った。その腕を見て二人はソイツが人では無い事を確信する。

 初めて対峙する魔物に鼓動が速まり音が消えた。極限の緊張感から、そんな錯覚を覚える。自分の呼吸音だけが耳に残り、二人はその魔物へと意識を集中していた。


“クケケッ……クケケケッ!”


 瓦礫を崩し頭を捻る漆黒の肉体をしたその魔物は、真っ赤な眼で二人を見据えると、大きく口を開くと不適に笑みを浮かべる。その瞬間に放たれる殺気。一瞬でその殺気に呑み込まれる二人には、その魔物の姿が数十倍の大きさに映る。

 そして、次の瞬間、瓦礫を更に崩しその魔物が二人へと迫った。蹴り出した瞬間に床が砕け、天井が抜け、両側の壁が砕ける。その物音に我に返った二人だったが、すでに二人の視界は塞がれていた。その魔物の手によって。


「ぐがっ!」

「うぐっ!」


 頭を掴まれ、そのまま後ろの壁へと叩きつけられる。激しい衝撃が二人の体を襲い、その衝撃で壁が崩れ落ちる。だが、それでもその魔物の攻撃は終わらず、そのまま二人の頭を掴んだまま直進し、次々と壁を突き破っていく。乾いた音が響き渡り、魔物が通った後には瓦礫だけが残っていた。


「う、うぅ……」

「がはっ……」


 呻き声を上げるリオン。吐血するスバル。うな垂れた二人の腕。その手から静かに武器が落ち、澄んだ金属音が広がる。その音に、漆黒の肉体をした魔物は軽く頭を捻ると、その視線を落ちた武器へと向け、二人の頭から手を離す。

 解放された事により床へと二人の体が落ち、そのまま床に平伏す。額から大量の血を流して。


「ぐっ……あぁ……」


 モウロウとする意識の中、リオンはゆっくりと顔を上げる。その視線に薄らと見える漆黒の魔物。武器が珍しいのか、興味津々に二人の武器を見据えていた。

 だが、すぐに顔を上げると周囲を見回す。何かに気付いた様子で辺りを見回す魔物に、リオンは苦しそうな表情を浮かべ、モウロウとする意識の中で周囲を見回す。そして、その視界に映り込む。黒のローブを着たフードを深々と被った者の姿が。その袖から覗く手の甲に薄らと鱗模様が見え、手に握られるのは鱗模様の刻まれた大剣。

 ゆっくりと歩みを進めるその者に、リオンの表情は歪む。また新たな敵が出たと。

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