第36回 本当に友達?
足音はフォン達の牢屋の前で止まる。
息を潜める三人。警戒し神経を研ぎ澄ます。
幾つモノ金属同士がぶつかり合う澄んだ音が響き、やがて金属の擦れ合う音が響く。そして、金属の軋む音が響いた。牢屋の扉が開かれる音に三人の眉間にシワが寄る。解放されるのかと、思うがすぐにおかしい事に気付く。こんな深夜にしかもコッソリと解放されるわけが無いと。
鼓動が速まる中、足音が牢屋の中へと入る。そして、重々しい金属音が響き、遅れて凛とした女性の声が響く。
「寝たふりはいいから、ここから逃げなさい」
静かで落ち着いた女性の声に、三人は静かに瞼を開き体を起こす。そこに居たのはニーナだった。エメラルドのツインテールを揺らし、綺麗な顔の眉間にシワを寄せ仁王立ちしていた。胸当てはしておらず、外出するつもりなのかやけに軽装だが、その腰には剣がぶら下がっていた。
そして、その足元に転がる二本の剣と一本の槍。それはフォン達三人の武器だった。彼女が持ってきたのだろうが、一体何の為に。訝しげな表情を浮かべニーナを見据える三人。何を考えているのか分からず、警戒を強めていた。
三人の怪訝そうな視線に腕を組むニーナは不満そうな表情を浮かべる。
「何? あなた達、このままここで過ごしたいの?」
「いや……そう言うわけじゃないけど……」
スバルが怯えた様子で返答し、フォンとリオンと顔を見合わせる。フォンもリオンも首を傾げ、警戒しながら立ち上がり自分の武器を取る。牢屋の隅にいたスバルも遅れて自分の槍を取りに歩き出す。だが、その動きが遅かった為か、ニーナが柄の下へと右足を差し込むと、そのままスバルの方へと槍を蹴り上げる。
「おわわっ!」
慌ててその柄を両腕でキャッチしたスバルは、上手くキャッチ出来た事に安堵の息を吐くと、肩の力を抜く。それに遅れ、すぐにニーナの方へと顔を向け叫ぶ。
「あ、危ないだろ! てか、武器は蹴っちゃ――ムググッ!」
叫ぶスバルをフォンとリオンが慌てて取り押さえる。さっきの様に大声を上げられて兵士に来られてはマズイと判断したのだ。体を後ろから押さえ込むフォンに、口を右手で塞ぐリオン。二人の必死の形相にスバルはモガモガ言いながら小さく頷く。
三人を睨むニーナは呆れた様にため息を吐く。これでも、見回りの兵士の目を盗み彼ら三人の武器を盗み鍵まで奪って来たのだ、こんな所でグダグダとやっている暇は無いのだ。怒った様な眼差しを向け、右足でタンタンと床を叩くニーナに、スバルを取り押さえるフォンとリオンは顔を見合わせ静かにその手を離す。
苛立つニーナの姿に、こんな事をしている場合ではないと、気付いたのだ。俯く二人にスバルは大きく肩を揺らし呼吸を繰り返す。リオンに口を押さえられた時に鼻も同時に押さえられた為、呼吸が出来なかったのだ。胸を押さえ必死に息を吸うスバルを無視し、フォンとリオンは立ち上がり腰にぶら下げた剣へと手を伸ばす。
ここまでしてくれた事には感謝しているが、何か裏があるんじゃないかと警戒していた。不愉快そうな表情を見せるニーナは、肘までの長さの手甲をつけた左手を腰にあて二人を睨む。
「助けてあげようって言ってるのに、そんなに警戒する?」
「見ず知らずの俺らを助けるメリットが無いだろ」
リオンが返答すると、ニーナは右手を軽く振り「そうね」と答えると、フォンは眉間にシワを寄せ尋ねる。
「もしかして……時見族の彼女の予知か?」
フォンの一言にニーナは目を細めフォンを見据える。確かに、ここに来たのは彼女の主であるリーファの願いだった。ただし、それは時見族の未来予知では無く彼女の純粋な願い。ジェノスの知り合いである彼らを助けて欲しいとの。断る事も出来たが、主のリーファの願いをニーナが断るわけも無く、ここに来たのだ。
その説明をするのが面倒だったニーナは「そうだ」と静かに答え、静かに息を吐く。その答えにフォンの表情は険しくなる。何故そんな表情をしたのか分からず、リオンは小首をかしげ、ニーナはそんな事無視し口を開く。
「それから、そこの茶色のコート。お前にリーファ様から伝言だ」
「伝言?」
「これから、あなたには辛い選択を迫られる事があります。
ですが、あなたは一人ではないと言う事を、周りに友が居る事を思い出してください。と」
静かにそう言い終えたニーナにフォンは怪訝そうな表情を浮かべる。これも、リーファの未来予知なのかと考える。だが、そんな未来の事を言われてもピンと来ず渋い表情を浮かべていた。
次に、ニーナの目がリオンへと向けられ、リオンもその視線に気付く。
「次にあなた。あなたにも、リーファ様から伝言がある」
「俺にも? 一体、何だ?」
「あなたは困難な道を進む事になるでしょう。
ですが、自分の意思を貫き、自分の信じた道を突き進んでください。それが、あなたの道だから」
ニーナが言葉を言い終えると、リオンの眉間にシワが寄る。何が言いたいのかよく分からなかった。そもそも、今もリオンは自分の意思を貫き、信じた道を進んでいるつもりだった。その為、その言葉が何を意味しているのか全く分からなかった。
考え込むフォンとリオンの間から顔を覗かせるスバル。期待に満ち溢れた輝く眼差しを向けられるニーナは困った様に視線をそらすと、背を向け牢屋を出る。
「わわっ! ちょ、ちょっと! 何か忘れてない?」
慌てて声を上げるスバルが、フォンとリオンの体を押しのけ前へと出る。その行動にフォンとリオンの表情が僅かに歪み、スバルの背中を睨む。もちろん、本気で睨んだわけではなく、考え事をしているのを邪魔された事が少しだけムカついたのだ。
スバルの声に足を止めたニーナは、ゆっくりと振り返る。エメラルド色のツインテールが揺れ、ニーナの顔がスバルへと向けられる。期待に満ち溢れるスバルに対し、ニーナは軽く右手で頬を掻き、とても言い辛そうに口を開く。
「お前には……無いんだ」
「うえぇぇっ! ちょ、待ってよ! 俺って、いっつもこう言う扱い? てか――イタッ!」
突然、スバルの頭を叩くフォン。そして、リオンがその頭を右腕で掴み絞める。
「イダダダダッ!」
「大声出すなって言ってるだろ」
「わ、わ、わ、分かった! わ、分かったから!」
「スバル! 静かにしろって!」
フォンが口元に右手の人差し指を当てながらそう言うと、リオンに頭を絞められながらスバルは小さく何度も頷く。そんなスバルの姿を見据え、ニーナは哀れに思い、静かに尋ねる。
「あんた達って本当に友達?」
その問いに三人の動きが止まり、フォンとリオンは顔を見合わせ不思議そうな顔し、
「そうだけど?」
と、声をそろえて答えた。
一方、リオンの腕から解放されたスバルは、両手で頭を押さえながら、僅かにその目に涙を浮かべ、不満そうに唇を尖らせ「友達だよ!」と妙に力強く答える。しかし、納得出来ないのかニーナは何度も首を傾げては怪訝そうにスバルの顔を見ると、また首を傾げる。




