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第34回 牢屋の中の三人

 ひんやりと冷えた石の床。

 かび臭く埃っぽい異臭の漂う牢屋の中にフォン達はいた。あの後、兵士達に抵抗する事無くフォン達は捕らわれた。理由は一つ。国を守る兵団を相手にフォン達が勝てるわけが無いからだ。

 大人しく捕らわれた為か、大した傷も無く武器を奪われただけで牢屋へと叩き込まれた。特に悪い事をしたわけじゃない為、すぐに釈放されるだろうと、言うのがリオンの考えだったが、アレから数時間。未だに何の音沙汰も無かった。

 異臭の漂うその牢屋の中で仰向けに寝そべるフォンに、スバルとリオンは冷ややかな視線を送っていた。こんな場所で堂々と横になれるフォンの図太い神経にあきれ返っていた。する事も無く渋々床に座るリオンとスバルは深くため息を吐く。まさか、こんな所で捕まるとは思ってもいなかった。

 少ない情報で分かった事が一つある。それは、ジェノスが、この城に居る時見の巫女をさらおうとしたと言う事だった。どう言う事情があったのかは定かでは無いが、それが原因でフォン達は今牢屋にぶち込まれているのだ。

 横になるフォンは大きな欠伸を一つし、詰まらなそうに目を細め体を起こす。茶色のロングコートについた汚れを払い、不快な表情を浮かべるフォンは唇を尖らせる。


「むぅーっ! 親父の形見が汚れた!」

「いや、それは、フォンが寝そべるから……」

「自業自得だな」

「うっせーっ! こんな所に入れられるなんて聞いてないぞ!」


 スバルとリオンに対し八つ当たりするフォンに、二人は呆れた表情を向ける。時々だがフォンは理不尽な事で八つ当たりする事がある為、リオンもスバルも困り果てていた。

 その後、父の形見である茶色のコートを汚した事に落ち込むフォンは、膝を抱えあからさまに凹む。そんな見るも耐えないフォンの姿に、リオンとスバルは小さく吐息を漏らしジト目を向ける。


「相当落ち込んでるな」

「そりゃ、親の形見だからね……」

「自業自得とは言え、あの姿を見てると哀れだな」

「そうだね……」


 苦笑するスバル。どんなに親しく仲がよくてもこう言う時のリオンは冷たい。長い付き合いだから良く分かるが、リオンはあんまり父親関連の事についての話だとやけに冷たくなる。自分に親が居ないと言うのもあるが、あんまり父の事を良く思っていない印象があった。何があったのかとかスバルは聞いた事が無いが、リオン自身も話したがらない為、無理に聞くつもりは無かった。


「それにしても……どれ位の時間が経ったのかな?」


 不意にスバルが呟き、鉄格子の向こう側へと目を向ける。薄暗い廊下に全く人の気配は無く、静かで冷たい風だけが足元から吹き抜ける。深い蒼い髪を揺らすスバルは、強引に鉄格子の間に顔を入れ廊下を良く見ようとするが、流石に頭が鉄格子に入るわけも無く鉄格子が激しい音を響かせるだけだった。


「うーん。よく見えないなぁ……」

「おい。そんな事してると、頭が抜けなくなるぞ」


 リオンの忠告に、「そんなわけ無いだろ?」と笑いのけるスバルだったが、それは突如起きた。


「あ、アレ?」

「どうした?」

「ぬ、抜けない!」

「…………」


 鉄格子から身を引こうとしたスバルだったが、どれだけ力を入れても頭が外れなくなっていた。完全に鉄格子の間に頭がはまってしまったのだ。

 鉄格子を掴む手に力を込め、両足で踏ん張るスバルの姿に、リオンは呆れた様な眼差しを向け、その手で額を押さえ黒髪を揺らし首を振った。忠告した矢先の出来事でリオンは呆れて何も言えない。そして、思い出す。スバルは昔からお決まりの事をやってのける奴だったと。猪用の落とし穴を作ればスバルが引っかかり、川に釣りに行けば流され、とそれはもうさんざんたるモノだった。


「ちょ、ちょっと! リオン! 助けてよ!」


 呆然とするリオンに対し、慌てて手足をばたつかせる。このまま助けない方が本人の為なんじゃないだろうか、と思うリオンは暫しその光景を傍観していた。助けてやるのは簡単だが、それじゃあ本人の為にならないと言うのがリオンの考えだった。

 暫くスバルが鉄格子と格闘していると、廊下の奥から静かな足音が響く。その音にスバルがいち早く気付き、慌てふためく。


「ちょ、ちょっと! 誰か来るんですけど! 助けて頂けませんか!」

「ようやく、釈放か……」

「うぅっ……コートが……」

「ちょ! マジで! 俺の事無視しないでくれませんか!」


 声を上げるスバルに対し、落ち着いた面持ちで立ち上がるリオンと、肩を落とし静かに腰を上げるフォン。慌てるスバルを完全に無視する二人に対し、スバルは涙を流し懇願する。


「マジ、助けてください!」


 と。しかし、フォンもリオンもその願いを聞き入れず、リオンに至っては哀れんだ様な冷たい視線を向けていた。

 その間も足音は近付いてくる。流石のスバルももう二人に助けを求めるのを諦めたのか、呻き声を上げ必死に鉄格子から頭を抜こうと頑張っていた。

 落ち込むフォンは、深く息を吐くと「よし」と小さく声をあげ自分の頬を両手で叩き気合を入れなおす。いつまでも落ち込んでいてもしょうがないと。ようやく、いつも通りのフォンの顔に戻ったのを確認したリオンは小さく息を吐き、口元に笑みを浮かべると、真剣な顔でフォンへと告げる。


「これから、どうする?」

「うーん。とりあえず、話を聞いてからかな」


 フォンがニッと笑みを浮かべるのと同時に、スバルの頭が鉄格子の間からはずれ激しく横転する。そして、その鉄格子の向こうに姿を見せる。一人の若い女性の剣士と赤い袴と白い羽織を羽織った一人の少女。

 エメラルド色の髪をツインテールにした若い剣士は、鉄の胸当てと肘までの長さの手甲を左腕にしていた。その威圧的な眼差しから彼女は赤い袴に白い羽織の少女の護衛、もしくはお目付け役なのだろうと、フォンとリオンは瞬時に察知する。

 そんな威圧的な眼差しを向ける彼女に対し、赤い袴に白い羽織の少女は優しく笑みを浮かべ、その腰まで伸ばした空色の髪を揺らし彼女の前にそのか細い腕を伸ばす。


「大丈夫ですよ。ニーナ。だから、そんな怖い顔しないで」


 閉じられた眼を彼女の方へ向けながらそう言う少女に、フォンとリオンは顔を見合わせる。そして、悟る。彼女は目が見えないのだと。

 手探りでゆっくりと鉄格子へと手を伸ばす少女に、フォンは訝しげな表情を浮かべ、僅かに右足を後ろに引く。そのちょっとした行動にリオンは違和感を覚え、首を傾げた。

 鉄格子を掴んだ少女は、嬉しそうに笑みを浮かべると、右手を牢屋の中へと伸ばす。


「リーファ様! おやめください! 危険ですよ!」


 ニーナが叫ぶ。何をしようとしているのか分からず警戒するフォンとリオン。それでも、必死に手を伸ばすリーファは困った表情を浮かべる。


「あのー……あれ? もしかして、この牢屋じゃないの?」

「いえ……あってます。あってますけど……」


 ニーナは牢屋の中の三人の様子を窺い、困った様に頭を掻く。目の見えないリーファが人を判別する方法。それは、人の顔に触れる事。そうする事で初対面の人の人相と性格を読み取るのだ。ただ、リーファには問題があり、誰彼構わず初対面の人の顔を触ろうとする為、度々危ない目に会う事がある。それを止めるのがニーナなのだが、いつも唐突な為止めるタイミングを逃してしまうのだ。

 牢屋に腕を居れるリーファの体をニーナは無理やり引き離す。残念そうな表情で俯くリーファに対し、呆れた吐息を漏らすニーナはジト目を牢屋の中へと向ける。


「リーファ様……幾らジェノス様の知り合いだからと言っていきなりそんな事されては困ります」

「ご、ごめんなさい……」

「いいですか? もし、相手が凶悪な人だったらどうするんですか?」

「ご、ごめんなさい……」


 ニーナに叱られ縮こまるリーファは、申し訳なさそうに俯いていた。彼女もニーナが言いたい事をちゃんと理解しているのだ。

 そんな異様な光景を目の当たりにし、フォンとリオンは呆然としていた。

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