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第31回 静か過ぎる旅路

 アレから、一週間が過ぎた。

 フォン達は馬車に乗り、王都を目指していた。

 あの後、スバルが負傷したフォンとリオンを背負い、動けないクレアを抱きかかえ宿まで戻った。アリアもジェノスも驚いていたが、何より驚いていたのは村の人々だった。シータを倒して戻ってくるなんて誰一人思っていなかったのだろう。驚きが歓喜に変わり、村の人達はフォン達に感謝し、今乗っている馬車を貰ったのだ。

 シータと巨漢の男、長身の男の三人。彼ら三人も一命は取り留めていた。それも全て、スバルの手当てが良かったからだ。もちろん、その後、アリアと契約を交わし、これからはあの村の用心棒として働く事を約束させた。

 揺れる荷台の後ろから投げ出された両足をブラブラと揺らすフォンは、気分が悪そうに唸り声を上げる。まだ足首は完治しておらず動けない為、荷台に乗せられていた。リオンもまだ傷が癒えておらずフォンと同じく荷台で大人しく座っており、クレアもまだ体調が戻らず荷台で横になっていた。

 その馬車の手綱を握るのはスバルで、アリアとジェノスの二人は馬にまたがり馬車と並ぶ様に歩みを進めていた。

 人の足で歩くよりも幾分早く進む一行は、すでに王都の目と鼻の先まで来ていた。その為、道も綺麗に整えられ、荷台の揺れも大分緩やかなモノになっていた。

 それにも係わらず、フォンは相変わらず気持ち悪そうな顔で外を眺める。何度乗ってもこの揺れにはなれず、今にも吐き出しそうな様子だった。


「うぅーっ」

「大丈夫か?」

「あぁ……何とか……」


 心配そうなリオンの声に、弱々しく返答するフォン。その声色を聞く限り大丈夫でない事は明白だったが、リオンは「そうか」と静かに言葉を返す。

 平静を装うリオンだったが、本当は大分落ち込んでいた。あの日、シータに負けた事。それは、リオンにとって初めての敗北。しかも、そのシータを体の弱いクレアが倒したと言う事に、更にショックを受けた。助けに行ったはずが、結局クレアに助けられた。この事はアリアにも叱られた事だった。助けに行った方が怪我して助けられるなんて、と。

 その言葉を思い出しリオンは唇を噛み締め、右拳を握る。だが、その瞬間、右肩に痛みが走り「ッ!」と声を漏らし表情を歪める。シータに刺された時の傷が痛んだのだ。表情を歪めるリオンに、気持ち悪そうに横たわるフォンは、虚ろな眼差しを向ける。


「だ、大丈夫か?」

「ああ。フォン。お前よりは、平気だ」

「そ、そうか……」


 お腹を右手で擦るフォンは、瞼を閉じ返答した。その会話を聞いていたスバルは、小さくため息を吐く。付き合いが長いだけあって気付いたのだ。二人が大分凹んでいる事を。実際、スバルも凹んでいた。結局、シータを倒したのは元暗殺部隊所属だったクレア。多分、クレアが居なければ、三人ともやられていただろう。そう考えると、どれだけ自分達に力が――いや、覚悟が足りなかったのかと言う事が分かった。

 静かな道中、アリアとジェノスの二人は並走しながら言葉を交わしていた。


「どう思いますか?」


 静かに尋ねるジェノスに、アリアは周囲を見回し答える。


「不気味だな。ここまで何も起きないのは」


 険しい表情を見せるアリアは思っていた。ここまで順調過ぎると。アカデミアまで乗り込んできた奴らなら、そろそろ何かを仕掛けてくるはずだと。だが、全くその様子は無く、周囲にそれらしい気配も感じなかった。

 落ち着かない様子のアリアに対し、ジェノスは微笑むとのん気な口調で言い放つ。


「まぁ、このまま何も起きないに越した事は無いでしょ?」

「そうだが……」


 今だ納得していないアリアに、ジェノスは苦笑する。だが、アリアの言う通り、この静けさは異様だった。ここまで、一切誰ともすれ違っていない。人とも獣とも。それが、ジェノスは妙だと思っていたが、口にはしなかった。これ以上、アリアの心配の種を増やさない為に。

 静かにアリアと並走を続けるジェノスは、やがて馬の足を止めると、後ろを振り返る。その動きにアリアは不思議そうな表情を浮かべ馬の足を止め、スバルへと声を上げる。


「スバル!」

「えっ、あっ、はい!」


 慌ててスバルは手綱を引くと馬が声をあげゆっくりと歩みを止める。荷馬車が止まった事により、フォンはゆっくりと上半身を起き上がらせ、後ろを見据える。栗色の馬体の馬に跨るジェノスは暫く後ろを見据え、小さく吐息を漏らす。

 そのジェノスの行動にアリアも険しい表情を浮かべる。気付いたのだ。妙な気配が背後から近付いてくる事に。表情を歪めるアリアに対し、ジェノスは右手を上げると笑顔を向け大声で叫ぶ。


「先に行ってください。ここは僕が引き受けますから」

「分かった。それじゃあ、任せるぞ」

「はい!」


 ジェノスの返事に、アリアは馬の腹を蹴り走り出し、馬車の手綱を握るスバルへと声をあげる。


「行くぞ!」

「は、はい」


 慌てて手綱を叩き馬を走らせる。その荷台に乗るフォンは、訝しげな表情を浮かべジェノスを見据え呟く。


「なぁ、リオン。今、何か感じたか?」

「いや。何も」

「そう……だよな」


 俯き呟くフォンに、リオンは首を傾げる。

 一方で、フォンは唇を噛み締めジェノスを見据えていた。まだまだこれ程までに力の差があるのだと、思い知らされ、拳を握り締める。



 数十分後。ジェノスの前へと一人の男が姿を見せる。明らかに場違いなタキシードを着た男が。

 ゆったりとした足取りでその手に持ったステッキを地面に着き優雅に。

 色白の肌。

 大きめのサングラス。

 そして、頭に被った黒のシルクハットから覗く黒髪を揺らし、静かに足を止めジェノスを見据える。その男に対し、ジェノスは馬から降りるとその馬の手綱から手を離し、その場から逃がす。遠ざかる馬を見据えるタキシードを着た男は、ステッキを右手で回しながら静かに口を開く。


「あらら? 気付かれちゃった?」


 半笑いでそう言うタキシードの男は、革靴の踵でステップを踏みように地面を二度叩きジェノスへとステッキの先を向ける。


「知ってるよぉー知ってる。テメェーの事は知ってるよぉー」

「それじゃあ、自己紹介は言い訳だ」

「ふふっ……ワノールから黒刀・カラスを受け継いだ男……だよねぇ?」


 その言葉にジェノスは静かに腰にぶら下げた黒刀・烏の柄を握り締める。真剣な顔で鋭い眼差しで、その男を見据えるジェノスの黒髪を静かな風が揺らす。

 漂う静けさ。広がる緊迫の空気。その中で対峙する両者は、ジッと相手の動きを見据える。研ぎ澄まされた両者の感覚。

 そんな張り詰める空気の中で、先に動いたのはタキシードを着た男だった。素早く地を蹴り、間合いを詰めステッキを突き出すと、その先から鋭い刃が突き出る。その刃を右へとかわしたジェノスは、左手の親指で黒刀・烏の鍔を弾き一気に刃を振り抜く。

 鋭い一閃が、空気を裂き風が吹き抜ける。素早く飛び退いたタキシードの男だが、そのタキシードの腹部が裂け、男は二歩・三歩と後方によろめく。


「へぇーっ。驚いたよ。俺に一太刀入れるなんて」


 驚きの声を上げるタキシードの男が不適な笑みを浮かべ、刃が飛び出したステッキを振りながらジェノスを見据える。

 一方、ジェノスもそんなタキシードの男を見据える。その左頬から血を流しながら。

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