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第30回 暗殺部隊隊長

 シータと対峙するクレア。

 呼吸を整える様に一定のリズムで鼻から息を吸い、口から吐き出す。静かなクレアの呼吸音だけがその場に聞こえ、クレアの後ろに佇むスバルは息を呑む。妙な緊迫感がその場を支配していた。瞬きをすれば、その瞬間、見逃してしまうんじゃないかと言う程、張り詰めた空気は一瞬でその戦いに決着が着くかの様だった。

 落ち着いた眼差し、落ち着いた呼吸。全く微動だにしないクレア。構えも緩やかで、逆手に持った刃の少々短い剣を左腰の位置に切っ先をシータへと向けた状態で構えていた。左肘は曲げられ、その手の平は柄頭を押さえる。まるで掌底を放つ様な格好で。

 異様なその構えに、シータも不気味な印象を感じていた。だから、二本の剣を構えたままジッとクレアを見据える。

 両者の視線が交錯し、暫しの時が過ぎる。だが、一向に二人は動かなず、クレアの落ち着いた一定の呼吸音だけが響く。

 やがて、静かにシータの右足が前へと踏み出され、散らばっていた瓦礫が砕ける音が響き渡る。それが、合図だった様にクレアの姿がシータとスバルの視界から消えた。僅かな土煙だけを残して。

 驚く二人の視線が自然と上へと向く。それは、クレアが跳躍したとすぐに気付いたからだ。視線の先。空中で体を屈めるクレアは前転しながら一直線にシータへと落下する。その動きにシータは口元へと笑みを浮かべると、ボソリと呟く。


「降下する勢いで非力さをカバーする気だろうけど、前転したのは明らかなミスだね。それじゃあ、狙いは定められない。故に――」


 静かにその場から飛び退くシータは、余裕の笑みを浮かべる。だが、刹那だった。回転していたクレアの動きが止まり、身を屈めたまま静かに着地すると、両足で一気に地を蹴り油断するシータへと間合いを詰める。その動きにシータの反応が僅かに遅れた。シータの読みでは、回転するクレアが着地するまでまだ時間があると言う読みだった為、そのクレアの動きは予測できなかったのだ。

 突っ込むクレアは左腰の位置に構えた剣を左手で押し出す様にしてシータへと突きを見舞う。動き出しが遅れたシータだったが、それでもかわせない一撃ではなく、右足を退くと上体を大きく逸らせクレアの突きをかわす。


「ふっ」


 かわした直後、笑ったシータは左手の剣で下から一気に切り上げる。土煙を巻き上げ、切っ先が床を僅かに裂き、クレアへと襲い掛かった。だが、刃は大きく空を切り、その腕は天へと向く。


「なっ!」


 驚くシータの視線の先にクレアは居た。シータの刃が当たる直前、クレアは体を仰け反らせそのままバク転でその場を飛び退く。切っ先は僅かにクレアの桜色の髪を掠めただけ。大きく振りあがった左腕。そして、がら空きとなる左脇腹。そこに、バク転をしたクレアが静かに着地し、同時に地を蹴った。

 素早い動き出し、素早い対応にシータは表情を歪め、整わない体勢のまま左腕を下ろし、右腕の剣を振るう。だが、腰の入っていないその一太刀をクレアは左手で弾く。上手くその刃の平を叩いて。

 大きく外へとシータの右腕が弾かれ、右脇腹が無防備になるが、シータもすぐに左手の剣を体の前へと出し、内から外へと大きく刃を振り抜く。だが、その動きすら予期していたのか、横一線に振り抜かれる刃を跳躍しかわすと、一気にその手に持った剣を振り下ろす。完全に両腕を開き無防備となったそのシータの体へと。


「うぐっ!」


 鮮血が僅かに散り、表情を歪めるシータが静かに着地し、膝を落とす。クレアの一撃が当たる直前で後方へと飛び退いたが、それでも、切っ先が右肩から入り、体を僅かに切りつけていた。

 服が裂け、右肩を大きく露出するシータ。その腕を、その胸を血が静かに伝う。肩を大きく上下に揺らすシータは、右拳を床へと押し付けその震えを押さえる様に力を込める。だが、力を込めると痛みが走り、シータの表情は歪んだ。

 一方、クレアもまた荒い呼吸で膝を落とし剣を地面へと突き立て体を支える。だが、クレアには全く傷は無い。シータも苦しそうな表情の中で怪訝そうな眼差しをクレアへと向けていた。


「ゲホッ! ゲホッ! ……ううっ……」


 突如、咳き込むクレアが嘔吐し、苦しそうに左手で口元を押さえる。


「クレア!」


 慌ててクレアへと駆け寄るスバルだが、この好機を手負いのシータが逃すわけが無かった。不適な笑みを浮かべ、膝を震わせながらも静かに立ち上がるシータにスバルは焦る。距離的に、スバルよりもシータの方がクレアに近い。しかも、この足場の悪さにスバルの動きは鈍かった。


「どうやら、神はこっちに味方している様だ……」

「ゲホッ! ゲホッ!」


 身を縮こまらせ悪い咳を続けるクレア。

 激しく動いた副作用だった。たった十数分動いただけでこの様だ。烈鬼族でありながら、この肉体の弱さ。これが、クレアの欠点だった。長期戦の出来ない肉体の為、クレアはアカデミアへと編入させられたのだ。体力をつける為に。

 苦しそうに咳き込むクレアがゆっくりと顔を上げると、シータと目が合う。不適な笑みを浮かべるシータと。だが、どうする事も出来ない。体が重く動かない。表情を歪め右目を閉じるクレアは、膝を震わせ立ち上がろうとする。


「うぐっ……ゲホッ! ゲホッ!」


 力を込めるが、すぐに咳き込み体は床へと沈む。動く事の出来ないクレアへと静かに歩みを進めるシータは、ゆっくりと両手に持った二本の剣を振り上げる。


「くっ! 間に合え!」


 スバルは左足を踏み込むと、右手に持った槍を大きく振りかぶる。前方へと差し出す左手。大きく捻られた上体、仰け反る背。そして、全体重を踏み込んだ左足へと乗せ、左手を引く。それと同時に捻られた上体が回転し、大きく振りかぶっていた右腕が自然と前へと出る。そして、スバルの手から槍が放たれた。

 槍は一直線にシータへと迫る。弾丸の様に回転しながら大気を貫く。その音にシータは気付き飛んできた槍を右手の剣で弾く。


「くっ!」

「ふっ。この程度――うぐっ!」


 唐突にシータが吐血する。腹部に痛みが走り、視線がゆっくりと下へと向く。咳き込むクレアの手から伸びる一歩の剣が、シータの腹へと突き刺さっていた。シータの視線が、スバルの放った槍へと向いたその隙に、クレアは素早く地面に突き立てた剣を抜き、静かにシータへと突き出していたのだ。


「ゲホッ…ゲホッ……」


 咳き込むクレアは鋭い眼差しをシータへと向け静かにその刃を抜き、シータの腹部に血が滲みその体はゆっくりと前方へと倒れ込む。シータに弾かれた槍が床へと突き刺さり、その音と同時にシータの体は床に倒れた。

 それを見据えるクレアは大きく肩を上下に揺らし、その手に持っていた剣を床へと落とすと静かに床へと倒れこむ。流石に限界だった。あれ程激しく動いたのは久しぶりで、肉体がついていかなかったのだ。

 すぐにスバルはクレアへと駆け寄り、その体を抱き上げる。


「だ、大丈夫! け、怪我は無い?」

「け……怪我は、ゲホッゲホッ! あ、ありません……はぁ、はぁ……ただ、の……ひ、疲労……です」


 途切れ途切れのかすれた声でそう返答するクレアに、スバルはホッと息を吐き、安心した様子で笑みを見せる。


「よ、よかった……。でも、驚いたよ。クレアがあんなに強かったなんて」

「そう……ですか? い、一応、昔、暗殺……部隊のた、いちょう……やって、たんで」


 途切れ途切れのクレアの言葉にスバルの目が点になる。一瞬驚き、間が空くが、すぐにスバルは笑う。


「暗殺部隊の隊長って、あははは。こんな状況でそんな冗談言えるなんて、凄いなぁー」

「い、いえ……本当の……事です。こ、こんな、だから……下ろされ、ましたけど……」


 スバルの表情がみるみる内に唖然とした表情へと変わる。もう、何が何やら分からなくなっていた。そして、叫ぶ。「うっそーっ!」と。その声が静かな屋敷内に響き渡ったのは言うまでも無い。

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