第28回 救出
宿に残されたアリアとジェノス。
二人はテーブルを挟んで向かい合い座っていた。真紅の髪の毛先を右手の人差し指で弄り落ち着かない様子のアリアに、穏やかな顔に苦笑いを浮かべるジェノス。フォン達が取引に行ってすでに十二時間以上が過ぎようとしていた。
苛立ち右足を小刻みに動かすアリアに、ジェノスは苦笑したまま口を開く。
「もう少し落ち着いたらどうですか?」
「分かっているが――」
「もう少し彼らを信用しましょうよ。彼らは強い。僕はそう信じてますよ」
不安そうなアリアに対し、穏やかに明るい笑みを向けるジェノスに、アリアは眉間にシワを寄せる。彼のその笑顔が妙に胡散臭く、ジト目を向け小さく吐息を漏らす。
「キミが笑顔で言うと余計不安になるんだが」
「あは、あはは……それって、凄く傷付くんですけど……」
笑顔を引きつらせ困り顔のジェノスは、静かに目を細め少しだけ肩を落とした。そんなジェノスに背を向けたアリアは椅子から立ち上がり窓の傍へと歩みを進め外を眺める。月明かりに照らされた夜の空を。
村外れの屋敷内。
エントランスから二階へと上がったフォンとスバル。スバルの肩を借り何とか歩くフォンは、右足を浮かせ苦しそうに足を進めていた。そんなフォンの姿を横目で見据えるスバルは静かに鼻から息を吐き、少しだけ肩を落とす。
「あのさ……」
「何だよ?」
「もう一度聞くけど、その足どうしたの?」
「何度も言わせるなよ。転がってる石に足をとられて捻ったんだよ」
当然と言わんばかりのフォンの言葉に、スバルの表情が呆れ顔に変わる。相手にやられたと思っていたが、まさかフォン自身の不注意が原因だったとは思わなかった。そう考えると、何だか肩を貸しているのがバカバカしく思え、スバルは首に回されたフォンの腕から手を離すと、その身を僅かに退く。
「うわわっ! あ、危ないだろ!」
それによりバランスを崩したフォンは、慌てた様子で手すりへと掴まりスバルへと怒鳴る。だが、フォンはスバルが向ける冷たい眼差しに目を細め、うろたえる。
「な、何だよ?」
「不注意だよね? その怪我」
「そ、そうだって言ってるだろ?」
不満そうな表情を見せるフォンにスバルは大きくため息を吐き、呆れた顔で言い放つ。
「フォンはもう少し注意力をつけた方がいいんじゃない? 戦闘での怪我なら分かるけどさ、そんな不注意で怪我なんてされたら困るよ」
「し、仕方ないだろ。コレは、相手の罠だったんだよ」
「…………」
フォンの言葉に黙り込み睨みを利かせるスバル。絶対に違うだろと、言いたげなスバルの眼差しにフォンは目をそむけると、「分かったよ!」と怒鳴り声を上げ、手すりへと身を預けゆっくりと足を進めた。
小さく吐息を漏らしたスバルは、呆れながら頭を左右に振り静かな足取りでフォンの隣に並びその腕を取り首へと回した。
「次からは気をつけなよ? この先もまだ戦う相手が居るかも知れないんだから、不注意で怪我なんて」
「わ、分かってるって。俺だって好きで怪我したわけじゃないんだ」
唇を尖らせ不満そうなフォンは、スバルへと体を預け手すりから手を離す。
暫く歩みを進め、二人は十字に分かれた廊下で足を止める。フォンたちから見て右手側がスバルがやってきた東口。そして、左手側が西口となる。今フォン達が来たのは正面口である南口の為、行き先はリオンの居る西口か正面に続く北。明かりが点いていない為、何処まで廊下が続いているのか見えないが、それでも、外観から見て左右よりも真っ直ぐ進んだ方が短い距離だと判断し、フォンとスバルはそのまま真っ直ぐ進むことにした。
西口から進んだリオンが来ると思い少し待とうと言う話にもなったが、すでに先に進んでいる可能性もあるとフォンとスバルは判断した。自分達が戦った相手程度ならリオンが苦戦するはずもなく、瞬殺圧倒しているだとうと踏んだのだ。
ゆっくりと足を進めるフォンとスバルは左右で向かい合ったドアの前で足を止めると、ドアに耳をあて聞き耳を立てる。
「どうだ? 誰か居そうか?」
「うーん。声は聞こえないかな? やっぱり、開けてみた方がいいかもしれないよ?」
ドアに耳をあてるスバルがゆっくりとその耳をドアから離し、そう言うとフォンは腕を組み小さくうなる。確かに開けて確かめた方がいいのだろうが、そこで一つの疑問が生まれていた。それは、リオンの事だった。フォンとスバルの考えでは、すでにリオンが来ているとの読みだったが、声が聞こえないと言う事はどの部屋にもリオンが来ていないと言う事だろう。それに、見張りもいない事が妙に引っかかっていた。
腕を組み長考するフォンに、訝しげな表情を向けるスバルは、不安そうに眉を八の字に曲げフォンの顔を覗きこむ。そのスバルの眼差しに気付いたフォンは、我に返り笑みを浮かべた。
「わ、わりぃ。じゃあ、開けてみるか」
「う、うん。それよりさ、何考えてたの?」
不安そうなスバルは、目の前、丁度西側の部屋のドアノブを回しゆっくりとドアを押す。金具が軋む嫌な音が響き、暗がりの部屋が視界へと広がる。刹那、薄暗いその中で何かが煌くのが見え、スバルは思わず背負った槍へと手を伸ばすが、それより早く闇から刃が飛び出し、遅れて凛としたクレアの顔が視界へと入った。
「く、クレア!」
「えっ?」
驚きの声を上げるスバルの目の前を鋭利な刃が横切り、鼻筋が僅かに裂け鮮血が迸る。
「ぬあっ! ち、ち、ち、血がっ!」
仰け反ったスバルは鼻を押さえ悲鳴の様な声をあげ、クレアはその声に驚き両肩をビクッと跳ね上げると、慌てて頭を下げた。
「あわわっ! す、す、す、すみませんっ!」
深々と頭を下げるクレアの声などスバルには届いておらず、スバルは鼻を押さえたままその場を慌ただしく走り回っていた。手すりに掴まり呆れた顔でそんなスバルを見ていたフォンは、小さくため息を吐くと、横目で頭を下げるクレアへと目を向ける。
迷いの無く放たれた一撃。素早い動き。クレアがどれ程の実力者なのか、その一太刀だけで理解した。上級クラスからの編入組みのクレアの実力など知らなかったし興味も無かったフォンだったが、一気にクレアに興味が湧いた。
だが、今目の前でスバルに対しオドオドと何度も頭を下げるクレアを見ていると、本当に強いのかと疑問を抱いてしまう。それ程、普段と集中した時の差が激しいのだ。
「うがぁぁぁっ! は、鼻が――」
「す、すみません! すみません!」
「あぁーっ! もう! 落ち着け!」
慌てる二人の姿に流石のフォンも遂に声を上げる。呆れた様に目を細め額に青筋を浮かべるフォンは、鼻から深く息を吐き肩を落とす。鼻を押さえ涙目を浮かべるスバルは、そんなフォンをジッと見据えながらも「鼻が……」と小声で呟き、クレアは申し訳なさそうな眼差しをスバルへと向けたまま俯いていた。
ようやくその場が落ち着き、静まり返る。幸いにもスバルの鼻筋は少し皮が裂けただけで、そこまで酷くはなくすでに血は止まっていた。申し訳なさそうにチョコンとドアの脇に両手を体の前で組み、肩を落として立つクレアにフォンは静かに尋ねる。
「リオンはまだ来てないのか?」
「えっ……あっ、はい。まだ……。それより、本当にすみません。てっきり、私を捕らえた人かと……」
「いやいや。声、聞こえてたでしょ? 絶対」
「気にするなよ。スバルは、こう言うの慣れてるから」
スバルの肩をポンと叩き頷きながらそう言うフォンに、クレアの表情がパァッと明るく変わり、胸の前で手を組み「本当ですかっ!」と笑顔で声を張るが、スバルはその声に対し「いや、慣れてないから!」と肩に置かれたフォンの手を叩き返答した。




