第23回 アリアの優しさ
三人共顔を派手に腫らし、宿の前に正座させられていた。
フォン以外の二人も、アリアに鉄拳制裁を受けたのだ。頬を腫らし俯く三人の前で腰に手をあて仁王立ちするアリアは、長い真紅の髪を揺らし静かに吐息を漏らす。呆れた様な、安心した様な表情を見せるアリアの背中を見据えるジェノスは、よっぽど三人の事を心配していたのだと、小さく笑う。
「全く。キミ等は何を考えてるんだ! いきなり、旅に出るなんて……」
「俺は、世界を――」
フォンが不満そうに口を開くと同時にアリアの拳がフォンの顔の横を通過し、壁へと減り込む。アリアの顔がフォンの鼻先まで近付き、ニコッと優しげな笑みを浮かべ囁く様に告げる。
「死にたいの? キミ達」
「い、いえ……し、死にたくないです」
あまりの迫力に声を震わせるフォンをリオンとスバルは横目で見据える。また余計な事を言ってと、言いたげな眼差しを向けるスバルは不意にアリアと目が合う。顔は笑顔だが目が笑っていないアリアの唇がゆっくりと動く。
「言っておくけど、君らも同罪よ?」
「は、はい……」
威圧的な眼差しに小声で返答すると、アリアは優しく笑みを浮かべた。
不満そうな表情で俯くリオンに対しては特に何も言わず、アリアは三人に軽い説教をする。その間、ジェノスとクレアは周囲を見回っていた。何か妙な雰囲気を感じる二人は並んで村の中を散策する。二人で並んで歩いているとまるで兄弟の様にも見えるジェノスとクレアは、不意に足を止めた。
「何かおかしいですね」
静かに口を開いたのはクレアだった。そんなクレアにジェノスも静かに頷く。
「そうだな。聞いてた話だと、商人と一緒だって話だったんだが……」
「商人所か荷馬車も見当たりませんね。それに……」
背中を丸め怯えた様な表情を浮かべるクレアは、潤んだ瞳で周囲を見回す。明らかに異様な空気が村全体から漂っている様に思え、ジェノスも怪訝そうな表情で辺りを警戒する。どの家の人も、まるで隠れる様に窓の隙間、ドアの隙間からジェノスとクレアの二人の様子を窺っている様だった。しかも、僅かに殺気の様なモノを感じる。
「どうやら、歓迎されてるってわけじゃなさそうだね」
「そ、そうなんですか?」
微笑むジェノスの顔を見上げるクレアが不思議そうに尋ねると、ジェノスは首を傾け唸り声を上げる。
「うーん……多分、何かあったもかも知れないね」
能天気に笑顔でそう呟くジェノスは、顔の横で右手の人差し指を立てる。不安げな表情を見せるクレアは「そんな能天気な……」と、涙声で呟き俯く。
能天気な笑顔を見せていたジェノスは、クレアが俯くとその表情を一変させる。眉間にシワを寄せ、真剣な表情を辺りを見回す。殺気に混ざり恐怖の様なモノをジェノスは感じていた。誰かがこの村を力で支配している。そんな風に思えたのだ。そして、その者とジェノス達が会う事を恐れている。そんな風に思えたのだ。
自己分析を終えたジェノスは、クレアの頭を撫でた。桃色の髪がジェノスの指の間を流れ、クレアは僅かに頬を赤く染め唇を尖らせる。
「わ、私は子供じゃないんですから」
「分かった分かった。とりあえず、戻るか。そろそろ説教も終わってるだろうし」
「は、はい……」
少しだけトーンが沈んだクレアにジェノスは苦笑し、歩き出す。そんなジェノスの隣に並ぶクレアは僅かに頬を膨らしブツブツと小声で呟く。
「もう少し、二人きりで……」
と、言う言葉が僅かに聞こえ、ジェノスは困った様に右手で頭を掻くと静かに息を吐いた。
二人が宿の前へと戻ると、ようやくフォン達三人は説教から解放されたのか、フォンとスバルはその場に仰向けに倒れ込み空を見上げ、リオンは不快そうな表情で腕を組み壁に背を預けていた。長時間正座させられていたと言うのに、表情一つ歪めないリオンにフォンとスバルは仰向けに倒れた状態で静かに話す。
「今日は相当だね」
「ああ……多分、あれが原因で俺ら殴られたんだと思うぞ」
「いや、あれが原因……では、無いと思うけど……」
苦笑し歯切れ悪く返答するスバルに、「そうかな?」とフォンは納得いかない様子で答え唸り声を上げた。
腰に手をあて仁王立ちするアリアは、戻ってきたジェノスと視線が合うと真剣な表情で尋ねる。
「村の様子はどう?」
「あんまり歓迎されて無いみたいですね。それに、ちょっと聞いてた話と食い違う点も」
「そう……」
静かに呟いたアリアはその視線をリオンへと向けると、リオンは不愉快そうに眉間にシワを寄せたままゆっくりと背を壁から離し歩き出す。そのリオンの様子を見据え、アリアも動き出す。ジェノスは二人の行動を確認した後、自分が口出しすべき事ではないだろうと、視線をすぐにそらしフォンとスバルの方へと静かに足を進め、クレアもアリアの事を気にしながらもその後へと続いた。
リオンの後を追い宿の裏手へと回ると、そこでリオンが壁に背を預け待ち伏せしていた。と、言うよりも、アリアの事を待っていた様に目を伏せ、静かに息を吐く。真剣な面持ちのアリアは、そのリオンの隣に同じ様に壁に背を預けると、渋い表情を浮かべる。
「何があった? 村の異変はお前の仕業なのか?」
「俺は何もしていない。正当防衛だ」
「正当防衛?」
驚くアリアに、リオンは昨夜の出来事を話す。ここまで連れてきてくれた商人ポールは、実は人体販売を行う悪徳商人で、奴の狙いはリオン自身だと言う事を。どこで奴がリオンの事を知ったのかは分からないが、明らかにリオンの事を狙っていた。
そして、リオン自身も、昨夜から自分の体に起きた異変に戸惑っていた。明らかに昨夜の自分の行動は異常だと、リオン本人も分かっていた。それでも、自分の体を――怒りを止める事が出来ず、結果商人ポールとその仲間を殺し、荷馬車ごと焼き払ったのだった。
何故、そんな事をしたのか自分でも理解出来ない事だが、赤く染まったリオンの瞳にアリアは直感する。彼の中に流れる魔獣人としての血が、目覚め始めているのだと。
「俺は、フォンやスバルを傷つけようとしたから、ただ、アイツらを守りたかっただけなのに……」
「もういいわ。落ち着きなさい」
優しくリオンを抱きしめる。幼い頃から両親が居らず、母の温もりを知らないリオンは、アリアに抱きしめられ妙に心が安らいだ。そして、不意に零れる涙。震える肩。今頃になって自分がした事の罪の大きさに、リオンは恐怖する。
奥歯を噛み締め、声を殺し肩を揺らすリオンの姿に、アリアは苦しそうな表情を浮かべ彼を抱く腕へと力を込める。この子は自分が守らなければならないんだと、自分自身に言い聞かせる様に。




