第22回 ロクな事が無い
翌朝、フォン達三人は宿から程よく離れた場所にあるレストランで朝食を食べていた。
頭を抱え食の進まないフォンとスバルに対し、リオンは黙々と出された料理を食する。頭の中がボンヤリとし、僅かに頭痛を伴うフォンは、そんなリオンの様子に不思議そうな表情を向けると目が合った。
「何だ?」
手を止め眉間にシワを寄せ問うリオンに、フォンは右手で頭を押さえ苦笑し尋ねる。
「リオンは、頭痛とか無いのか?」
「頭痛? いや。無い」
「そうなの? 俺とフォンは今朝起きてから何だかずっと頭痛がしてて……しかも、起きたらポールさん居ないし……」
「そうなのか?」
まるで他人事の様にそう告げたリオンは、パンをちぎり口へと運んだ。
フォンとスバルの頭痛の原因が睡眠薬だとリオンは分かっていた。ポールが昨夜の夕食に強力な睡眠薬でも盛っていたのだろう。この村に来てから――いや、この村に来る前からポールに対しリオンは違和感を感じていた。
そもそも、最初から怪しいと思っていたのだ。商人として大切な商品を扱っていると言うのに、自分達の様な見ず知らずの子供に護衛など任せないだろう。それでも、ポールを慕うスバルの姿に、疑うのは良くないと自分に言い聞かせ何も言わずに居たのだ。だが、この村に来てその目的を理解し、魔獣に襲われた後この依頼を下りようとした時にポールの言った「モノを見る目、人を見る目は確かだと自負しているつもり」と言う言葉の意味を理解していた。
黙々と静かに食事を進めるリオンに、フォンとスバルは顔を見合わせる。今日は妙に刺々しいリオンに、フォンとスバルもそれ以上何も言わず静かに食事を済ませた。
食事を終えた三人は、ホテルへと戻る。その際、宿の隣に山積みになった灰や炭へと目が向く。その前で不意に足を止めたフォンは、その光景に全く興味を示さず歩みを進めるリオンの背中に声を掛ける。
「リオン? これ、何だと思う?」
「ただの焚き火の跡だろ」
「えっ? 焚き火って……それにしては量が……」
スバルも静かにフォンの隣で足を止め、その光景に目を向ける。こう言う場合、一番先に疑問を抱くはずのリオンが、全く反応を示さない事に二人は少々驚いた。呆然と立ち尽くすフォンとスバルは顔を見合わせ首を傾げる。
「どう思う?」
「うん。今日、ちょっと変だよね?」
「何かあったのかな? 俺らが寝た後、ポールと」
「そうかもしれないね。ほら、リオン、馬車で言ってたじゃん。護衛を辞めさせて欲しいって」
人差し指を立て答えるスバルに、フォンは意味が分からないと目を細める。その視線にスバルも目を細めると、
「忘れたの? この村には他にも旅人が居たんだよ? きっと、その人達に護衛を頼んだんだよ!」
「ふーん……まぁ、そう考えるのが妥当かな」
「何か、凄く不満そうですね」
「まぁ、うん。そうだな」
頭の後ろで手を組み不満そうに歩き出すフォンに、スバルも不服そうに吐息を漏らすと、肩を落とし歩き出す。
三人は部屋に戻ると荷物をまとめていた。宿代はポールが払うはずだったが、そのポールが居なくなった為、早々に宿を出る事にしたのだ。荷物をまとめるフォンは、不意に部屋の柱に傷がついているのを発見し、腕を組みその柱をジッと見つめる。首を傾げ、昨日、こんな傷あっただろうか? と、記憶を辿る。
眉間にシワを寄せ渋い表情を浮かべるフォンに、荷物をまとめるリオンはその手を止める。
「フォン。何してるんだ? 早く準備しろ」
「あっ。いやな、この傷って昨日からあったっけ?」
「知らん。そんな事より、早く準備しろ。余分な資金は無いんだからな」
「お、おう。分かってるけど……」
視線をリオンの方へと向けたフォンは、鼻から静かに息を吐くとゆっくりとベッドの方へと移動し荷物をまとめ始めた。何か釈然としないモヤモヤとした感覚にフォンは不満そうに目を細める。
一方、隣の部屋でスバルも違和感を感じていた。スバルの推測ではポールは別の旅人と一緒に出て行ってしまったと言う事だったが、どうにも腑に落ちない。荷物が残りすぎているのだ。大きな荷物は全て持っていかれているが、細かな物がチラホラと部屋に残っていた。
その細かな荷物をテーブルに集めたスバルは腕を組みそれを眺める。要らないから置いて言ったと言われるとそうかもしれないが、それでもスバルは何処か違和感を感じていた。
「うーん……」
唸り声を上げ頭を掻くスバルは困った様にその荷物を見据える。高価そうな宝石のついた指輪からわけの分らない代物まで残されており、慌てて部屋を出た様な印象が窺えた。何を慌てていたのだろうと、考えるスバルはまとめた自分の荷物をドアの前に置き、ポールが置いていった物を持って隣のフォンとリオンの部屋へと向かった。
部屋がノックされ、
「ごめん。ちょっといい?」
と、スバルが部屋に入った来る。その声にフォンは手を止めスバルの方に体を向けた。
「どうしたんだ?」
「いや、コレを見てくれよ」
スバルが持って来た物をテーブルへと置く。その物音でリオンも手を止めスバルの方に体を向ける。
「何だ? それは?」
「ポールさんが置いていった物だよ」
「ポールの?」
フォンが訝しげな表情を浮かべテーブルへと近付くと、リオンも不快そうな表情を浮かべて歩み寄る。置かれた物を手に取り見据えるフォンは、眉間にシワを寄せ、
「売るか?」
と、スバルの方に笑みを向けた。慌ててフォンの持つ物を奪ったスバルは、声を荒げる。
「だ、ダメだよ! これ、ポールさんのだろ」
「けど、置いていった物だろ?」
「忘れただけかもしれないだろ?」
「俺もフォンの意見に賛成だ。要らない物だから置いていったんだろ。それに、お金も殆ど無いんだからな」
リオンの言葉に不満そうな表情を浮かべるスバルは、手に持っていた物を見据える。微妙な空気をかもし出すリオンを、フォンは耳を掻きながら横目で見据えていた。今日はどうも機嫌が悪い様に見える。こう言う時のリオンとあまり係わりたくなかった。
幼い頃からリオンとは知り合いだが、年に何度か不機嫌な日がある。リオンが不機嫌な日と言うのは大抵ロクな事が無い。その為、フォンは嫌な予感がしてならなかった。
眉間にシワを寄せるフォンは小さく息を吐くとスバルの方に視線を向ける。
「とりあえず、今は取って置こう。ポールに会った時に返せばいいし、会えなくて資金が危なくなったら売ればいいし」
「わ、分かった……。じゃあ、俺が預かっておくから」
「好きにしろ」
リオンは不機嫌そうな声で答えると自分の荷物を持ち部屋を後にした。フォンとスバルは顔を見合わせ、フォンは肩を竦めスバルは首をかしげた。
その後、スバルは部屋に戻り荷物を持って一階へと下りる。それに遅れる事約五分後、フォンは荷物をまとめ部屋を出る。踊り場へと下りたフォンは聞き覚えのある声が一階から聞こえた事により足を止める。
「全く……後はフォンか……」
大人びた女性の声。嫌な予感がし、ぎこちなく口元に笑みを浮かべたフォンは、静かに階段を下りる。ゆっくりと視界へと飛び込む。見た事のある真紅の長い髪を揺らす一人の女性の姿が。遅れて目が合う。その瞬間、その女性の目つきが鋭く変わり、
「フォーン!」
「アリア!」
アリアを呼び捨てで呼ぶと、その額に青筋が浮かぶ。
「アリア“さん”だろ!」
弾ける様な音が轟き、アリアが床を蹴る。フォンとの距離が縮まり、同時に右拳が振り抜かれる。フォンの頬をその拳が打ち抜き、単発の衝撃音が響きフォンの体が階段へと叩きつけられた。




