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第20回 一撃

 深夜。

 森を掛ける三つの影。

 その後を追う様に羽音が響き、轟音と共に次々と大木が倒されていく。衝撃と土煙を巻き上げ大木が倒れた事により、月明かりが三人を照らす。

 最後尾を走っていた若い男は足を止めると振り返り、腰の剣を抜く。漆黒の刃が火花を上げ鞘から抜かれると、その音に前を行く二人の女性も足を止め振り返る。だが、そんな二人に対し、若い男は猛々しく叫ぶ。


「アリアさん! クレア。僕が受け止めます。第二陣はお任せします」


 男の声に、アリアと呼ばれた女は真紅の髪を揺らし頷くと、その隣に居たクレアへと目を向ける。深く息を吐き大きく肩を揺らすクレアに、アリアは心配そうな顔を見せた。体力面で彼女には問題がある事は知っていた為、これ以上無理はさせられないと、アリアは腰の二本の剣を抜く。

 桜色の髪を頭の後ろで束ねたクレアは乱れた呼吸を整えながら、静かに背中に背負っていた剣を抜く。短剣と言うには長く、剣と言うには短めの刃の剣を構えると、アリアは渋い表情を向け静かに告げる。


「あなたは休んでなさい」

「い、いえ……はぁ、はぁ……だいじょう、ぶ……です」


 途切れ途切れの静かな声だが、それでもその目は明らかに強い意志を持っており、アリアは渋々クレアが戦う事を認可し、小さく吐息を漏らした。体力は殆ど残っていないクレアだが、それでも力強くその剣の柄を握り締め呼吸を整える。

 月明かりが照らす森の中に響く羽音が、徐々に近付いてくる。次々となぎ倒される大木が土煙を巻き上げ、先頭に立つ若い男は剣を構えるとそれを大きく振りかぶる。月明かりを反射し美しく輝く漆黒の刃が不気味に輝き、やがて姿を見せた巨大な昆虫類の魔獣に向かってその刃を振り下ろす。

 光沢のある甲殻が月明かりで不気味に輝き、その頭から突き出た頑丈な角が若い男の振り下ろした漆黒の刃とぶつかり合い衝撃が広がる。広がった衝撃波が若い男の黒髪を激しく揺らし、周囲の木々の葉を揺らした。

 若い男は両肩を襲った重々しい衝撃に表情を歪め、奥歯を噛み締め足へと力を込める。それでもその体は後方へと押しやられ、男の足の裏には抉られた土が山盛りになっていた。


「ぐっ……はっ……」


 短く息を吐くと、僅かに視線を後ろへと向ける。


「今です!」

「わか――」


 アリアが返答する前にその横をクレアが駆け抜ける。その行動に驚くアリアはすぐに声を上げる。


「クレア! 待ちなさい!」


 だが、そこでアリアは気付く。先程まで息を切らせていたクレアの呼吸が整っている事に。

 幼い頃から体力に難があったクレアが生み出した呼吸法。誰よりも早く乱れた呼吸を整え動き出す為に独自に生み出した。体力の無い彼女が皆と対等になる為に見つけ出した唯一の方法で、誰も真似できない彼女だけの呼吸法だった。

 闇を駆け桜色の髪がなびく。軽い足取りで徐々に加速する彼女は若い男の真後ろで力強く地を蹴り空高らかに跳躍すると、体を捻り上体を逆さにする。美しい放物線を描き彼女の体は夜空を舞う。逆手に握り返した剣の柄を両手で確りと握り、彼女は前方へと体を回転させ魔獣のその光沢のある甲殻へ向かって一直線に落下する。

 重々しい衝撃音が森へと広がり、僅かな火の粉が散る。羽を広げ飛んでいた魔獣の体が地面へと叩きつけられ地面に無数の亀裂が走りる。体から伸びる六本の足が地面を這う様にぎこちなく動き、やがて動きが止まった。

 魔獣の背中に着地し膝を立てて座るクレアは、深く息を吐きその肩を大きく上下させ立ち上がる。足元に彼女の持っていた剣の柄だけが魔獣の甲殻から突き出ていた。


「お、お見事……」


 驚き唖然とする若い男がそう呟き魔獣の背中の上に立つクレアの姿を見上げる。

 彼女の放った一撃は見事に魔獣の甲殻と甲殻の隙間、丁度胴体と頭を繋ぐ一点を貫いていた。深く突き刺さった刃の根元から魔獣の緑色の血が僅かに溢れ出す。肩を上下に揺らしよろめいたクレアの体が後方へと大きく傾く。


「ジェノス!」

「あっ! はい!」


 アリアの声に、若い男は慌てて剣を地面へと突き立てると、そのまま横たわる魔獣の体を駆け上り、クレアの体を受け止める。額から大量の汗を流し、静かな呼吸を繰り返すクレアは瞼を震わせ自分の体を支えるジェノスの顔を見据え嬉しそうに笑う。


「す、すみません……少し……疲れました……」

「いや。良くやった。偉いぞ」


 か細い声にジェノスは優しく笑顔を向け、その頭を撫でる。ホッと胸を撫で下ろすアリアは、抜いた剣を鞘へと戻すと二人の方へと足を進め、ジェノスはクレアを抱えたまま魔獣の上から飛び降り、地面に突き刺さった自らの剣の前へと着地した。


「全く……あんまり心配させないでくれよ」

「す、すみません……」


 アリアの呆れた様な声にクレアは弱々しく答えた。すでに回復した分の体力を全て使い果たし動く事すら間々ならない。呼吸は整っていたが、声はかすれて殆ど聞き取れない程声帯は弱っていた。

 これ程まで体の弱い彼女があの烈鬼族だと言う事をいまだ信じる事が出来ず、アリアは腰に手をあて小さく息を吐いた。

 烈鬼族は元来、強靭な肉体を持ち、その体を鍛え上げ強い力を生み出す種族だ。ジェノスの師であり、英傑と呼ばれた男、ワノールもまた烈鬼族だった。

 そんなワノールとクレアがとても同じ種族とは思えず、アリアとジェノスは呆れた様に笑う。


「しかし……こんな所にこんな魔獣が居るなんて……」

「そうね。世界で一番の力を保有している大陸に、こんな魔獣が居るなんて信じられないわ」


 アリアが険しい表情を浮かべ、絶命した昆虫類の魔獣を見据える。体長は二メートルから三メートル程。ここまで成長するのにどれ程の人を食らったのか分からないが、ここまで大きくなるまでこの国の討伐部隊が手を出さないと言う事はありえないだろう。その事から、この魔獣がこの大陸に入ったのは最近、もしくはすでに討伐部隊が下手に手を出せなくなるほど大きくなってからと言う事になる。

 現状を考え、アリアは険しい表情を見せる。

 アカデミアに現れたカルールとケイスの二人。

 ワノールの死。

 急増する旅人の失踪。

 この事から、アリアは確信していた。すでに敵はこの国を蝕みつつあるのだと。

 拳を握り奥歯を噛み締めるアリアに、ジェノスはクレアを抱えたまま地面に突き立てた剣を抜き静かに口を開く。


「アリアさんは一体、何を知っているんですか?」


 唐突なジェノスの問いにアリアは眉をひそめた。ワノールの死を予見し、ジェノスをアカデミアに戻したのはアリアだった。もちろん、疑っているわけではないが、少なからずあのアカデミアで戦った二人組みとアリアは知り合いだとジェノスは確信していた。一体、この世界で何が起き、アリアは何を知っているのか。それがどうしても気がかりだった。

 静かな時が流れ、アリアは瞼を閉じ息を吐く。いずれ話さなければならない事だと分かっていた。だから、アリアは静かにゆっくりと瞼を開き、そのみずみずしい唇を開く。


「私は……人ではない。そして、今、世界は粛清されようとしている」


 アリアは静かに語る。自分の事を――。今、この世界に起ころうとしている事を――。ジェノスはそれを黙って聞き、静かに頷く。理解したのだ。彼女は信頼するに値する人物だと。そして、確信する。自分がすべき事が何なのかを。

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