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第18回 弱さを知る事

 荷馬車は激しく揺れる。荷台を引く二頭の馬がしなやかな肢体を動かし森を駆ける。

 激しく揺れる荷台ではフォンが青い顔をし口を両手で押さえていた。額から汗を流し苦悶の表情を浮かべるフォンに、リオンは暫し呆れた表情を向けていた。

 一方で、荷台から身を乗り出すスバルはゴーグルを掛け、周囲を警戒する様に鋭い眼差しを向ける。すでにあの魔獣の姿は見当たらないが、またいつ襲ってくるか分からない為、警戒を怠らなかった。

 手綱を握る商人ポールは「がはははっ」と豪快に笑う。何がそんなにおかしいのか分からず首を傾げたスバルは、眉間にシワを寄せポールへと怒鳴る。


「な、何笑ってるんですかっ! マジ、笑い事じゃないですから!」

「がはははっ! しかし、魔獣って言うのは頑丈だな。あの火炎砲を受けても無傷とは驚きだぁな」

「驚きとか、そう言う次元の問題じゃないですから!」


 スバルが怒鳴ると、またポールは「がはははっ」と笑った。そんなやり取りを聞きながらリオンは深く吐息を吐くと、肩を落とす。まだ魔獣が近くに居る可能性があると言うのに、そんなのん気な掛け合いをする二人に対し、完全に呆れていた。

 膝を立てたリオンは僅かに俯き眉間へとシワを寄せる。やはり、まだ自分には力が足りないのだと自覚した。魔獣を相手に傷一つつける事はおろか、結局自分達がポールに助けられる始末。こんな事でいいはずが無いと思い、リオンは唇を強く噛み締めた。その唇が切れ血が流れ出す程強く。

 もちろん、フォンもまた同じ悔しさを感じていた。荷馬車に酔いながらも、自分と魔獣との力の差を痛感させられ、悔しさに握った拳から血が流れ出す。こんなにも差があるのかと、その悔しさにフォンは静かに目を伏せる。そうしないと涙が溢れて来そうだった。

 暫く乱暴に走り続けた馬車は、魔獣の気配が完全になくなった事で緩やかなスピードへと変わる。重苦しい空気が荷台には漂い、誰一人として口を開かない。スバルもフォンとリオンが悔しい想いをしたのだと感じ取り、話しかけられずにいたのだ。静かに荷台から外を見据えるスバルは、膝を抱え思う。旅に出たのは間違いだったんじゃないかと。後悔しても遅いと分かっているが、ここに居る皆が同じことを思っていた。

 そんな重苦しい空気の中で陽気に鼻歌を交えるポールは、不意に荷台へと視線を向け眉を歪める。


「おいおいおいおい。どうしちまったんだ? しけた面して? まるで誰かが死んだみたいな空気じゃないか?」

「ポールさん。縁起でもない事言わないでくださいよ」


 豪快に笑うポールに対し、スバルが真顔で返答する。ポールは元気付けようと冗談で言ったつもりだったのだろうが、フォンやスバルにしてみれば、一歩間違えれば死んでいたかもしれないのだ。だから、冗談でも死と言う言葉を口にして欲しくなかった。

 そんな真剣なスバルと違い、ポールは相変わらず陽気に問う。


「まぁまぁ。そんな怒るな。誰も死んでないんだ。もっと気軽に考えろよ。それとも何か? そんな落ち込んでいたら何か解決するのか?」

「そ、そう言う問題じゃなくて――」


 反論しようとしたスバルをリオンが右手を出し制止させる。静かに立ち上がったリオンのその動きに、ポールは口元に笑みを浮かべた。


「何だい? 何か反論でもあるって言うのかい? アンちゃん?」

「いえ。反論なんて……俺達は護衛で雇われたのに、何も出来ず……申し訳ない。だから、ここで――」

「いいや。次の村に着くまで一緒に来てもらわにゃ困る」


 リオンが言おうとした事を察知したのか、ポールは言葉を遮りそう告げる。それもリオンは納得出来ず声を荒げる。


「しかし、俺らは何も出来なかった! 護衛として雇っておく意味など無い! 報酬は返す。だから――」

「意味があるか無いかを判断するのは、雇い主の私だ。雇われた身の君らじゃない。それに、自分が弱いと自覚してると言う事は、これから強くなれる可能性があると言う事じゃないか?」


 豪快だった今まで違い、穏やかで優しい口調。まるで親が子を宥める様に静かに告げる彼にリオンは眉間にシワを寄せる。リオンに父親は居ない。だから、こんな風に言われる事がなかった。父親と言うのはこう言う存在なのだろうかと、思うリオンにポールは更に言葉を続ける。


「私は商人として様々な人間に会い、様々なモノを見てきた。だから、モノを見る目、人を見る目は確かだと自負しているつもりだよ。

 この私の眼力が君達なら護衛として相応しいと判断したんだ。今回はたまたま失敗しただけ。同じ失敗を繰り返さなければそれでいいじゃないか。

 お互い生きているんだから」


 静かに笑い肩を揺らすポールの背中を見据え、リオンは硬く瞼を閉じる。重々しいその言葉にリオンはただ握った拳を震わせた。フォンもスバルも彼の言葉を重く受け止め、ただ沈黙を守る。

 静かに時が流れる中で、ゆっくりと馬車が止まった。馬車が止まると同時にフォンは荷台から飛び降り地面へとひれ伏す。


「うぐぐぅ……」

「だ、大丈夫か? フォン?」


 スバルもすぐに荷台から飛び降りると、蹲るフォンの背中を優しく擦る。死にそうな程青ざめた顔をするフォンは、背中を擦るスバルへとゆっくりと顔を向けると、唇をパクパクと動かす。だが、唇が動くだけで声は出ていない。その為、スバルは訝しげな表情を浮かべ首を傾げる。


「何? 声が出てないよ?」

「ぐ、ぐるじぃ……」

「だろうね。それは、見てて分かるよ……」


 呆れるスバルが頬を掻き目を細めると、リオンも静かに荷台から飛び降り静かに歩き出す。何も言わず真剣な顔で。その顔を見据えたフォンは渋い表情を浮かべる。おおよそ考えている事は分かった。ポールが言った言葉の意味を考えているのだろう。俯き加減で静かに歩みを進めたリオンは樹木に背を預け腕を組む。

 静まり返ったその場所に緩やかな風だけが流れ込む。耳を澄ませば聞こえてくる川のせせらぎ。この近くに川が流れているのだろう。

 その川のせせらぎを聞きながら、フォンはゆっくりと仰向けに寝転がる。空を彩る無数の星を見上げ、ゆっくりと瞼を閉じた。

 酔いは大分醒めており、気分は上々だった。もう一度焚き火を起こしたスバルは、そこで夜食の準備をし、ポールはここまで必死で運んでくれた二頭の馬に労いの言葉を掛け、優しくその頭を撫でていた。スバルの料理の匂いにフォンの鼻が敏感に反応し、飛び起きる様に体を起こす。


「飯かっ!」

「フォンはあんまり食べない方がいいと思うけど?」

「な、何でだよ!」


 ジト目を向けるスバルに対し、潤んだ瞳を向けるフォン。その目にスバルが小さくため息を吐くと、リオンが鋭い眼差しを向けた。


「甘やかすなよ。スバル。どうせ、また乗り物酔いするんだ。食べさせるな」

「ちょ! リオン! 何、突然横から文句を――」

「文句じゃない。お前の為を思っての事だ」

「でも、幾らなんでもそれは酷すぎじゃないか! 横暴だー!」


 講義する様に拳を何度も突き上げるフォンの姿を見ない様にと、リオンは静かに瞼を閉じた。完全にフォンを無視するリオンの姿に、フォンはゆっくりと突き上げた拳を下ろし涙で潤んだ目をスバルへと向ける。フォンのその眼差しにスバルは苦笑し、


「い、今、よそって上げるから、そんな泣かなくても……」


 と、カップに煮込んでいた汁を注いだ。

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