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第17回 逃走

 静かな風が流れ、周囲に飛び散った炎が揺らぐ。

 フォンとリオンの目の前に佇む、甲殻を持つ昆虫類の魔獣は、四本の腕をぎこちなく動かす。鋭利な爪の先から液体が地面へと滴れ、地面を腐らせる。それが猛毒であるとフォンとリオンは悟った。

 息を呑む二人は足を退く。険しい表情を浮かべるリオンは、唇を噛み締め力の差を実感する。スピード、パワー共に、あの魔獣に劣っていた。決してフォンやリオンが弱いわけじゃない。相手が強いのだ。それ程、魔獣と人との力の差が存在していると気付かされる。

 緊張感漂うその中で、フォンも険しい表情を浮かべていた。リオンと違って、冷静にその場の事を分析出来ては居なかったが、それでも直感的に自分があの魔獣よりも劣っていて、どれ位の差があるのか理解していた。だが、それでもフォンは少しだけ嬉しかった。英傑と呼ばれた人達が戦ってきた魔獣と言う存在に、興奮していた。やっぱり、魔獣は強いのだと。それを倒してきた英傑達はもっと強いのだと。

 僅かに口元に笑みを浮かべるフォンに、リオンは鋭い眼差しを向ける。


「こんな時に何笑ってるんだ」

「コイツを倒したら、俺らも英傑に近付けるかもしれないんだぞ」

「倒せたらな。その前に、俺達が殺されるぞ」


 冷静に自己分析を行ったリオンが現実を叩きつけると、フォンは「そうなんだよな」と苦笑し頭を掻いた。一応、相手との力量差を分かっているのだと、リオンは安心した様に吐息を漏らし、視線を魔獣の方へと向ける。

 静寂の中で、スバルはふと荷台に残した商人ポールの事を思い出し、荷台へと戻った。荷台では中年の小柄な痩せ型の男が一人妙な機械を弄っていた。

 その光景に目を細めたスバルは、不思議そうに首を傾げる。


「な、何ですか? それ?」

「んんっ? いや、先日寄った町で買ったんだけどね。炎を噴く機械らしいんだ」

「炎を噴く?」

「そう。今、襲ってきてるのは昆虫類なんだろ? それなら、炎が有効じゃないか」


 少々老けた顔をスバルへと向け「ほっほっほっ」と笑うポールにスバルは「魔獣に効くのかな?」と、小声で呟いた。ポールにその声は聞こえておらず、せかせかと細かなパーツを組み立てていく。

 その頃、外ではフォンとリオンが昆虫類の魔獣へと攻撃を仕掛けていた。同時に駆け出し二手に分かれ、左右から同時に剣を振り抜く。だが、魔獣は脇の下から生えた腕で二人の剣を防ぐと、肩の位置から突き出したもう一方の腕がしなり、風を切り二人へと襲い掛かる。

 甲高い金属音が響き、火花が散った。


「ぐっ!」

「ちっ!」


 剣で何とかその鋭い爪を受け止めた二人だが、その体は衝撃で後方に大きく弾かれ、二人の体勢は大きく崩れる。大きく仰け反るフォンと、地に膝を落とすリオン。だが、魔獣はその場を動こうとせず、二人の様子をただ窺うだけだった。

 何を考えているのか分からず、渋い表情を見せるリオンに対し、フォンは叫ぶ。


「リオン! もっぺん行くぞ!」

「待て! フォン!」


 制止するリオンの声を無視し、フォンは走り出す。下段に構えた剣の切っ先が地面を抉り土煙を舞い上げ、フォンは左足を踏み込むと同時に一気に刃を切り上げる。だが、その刃は乾いた音を奏で、その甲殻で弾かれる。


「くっ!」

「フォン!」


 表情を歪めたフォンへとスバルの声が響く。その声に魔獣の顔がスバルの方へと向けられ、フォン、リオンの二人の視線もスバルへと向く。その視線の先で商人ポールが見慣れない大型の機械を魔獣へとむける。大口の銃口が向けられ首を左右へとぎこちなく揺らす魔獣。一方で、フォンは驚きすぐさまその場を飛び退く。直感的に気付いたのだ。アレがどう言う代物なのか。

 リオンもその機械を見てすぐに叫ぶ。


「フォン!」

「分かってる!」


 リオンが叫んだ時にはフォンはすでに魔獣から大分距離をとっていた。それを確認してリオンもすぐにその場を飛び退く。


「コレでも食らえ!」


 商人ポールがその引き金を引く。銃口に赤い光が凝縮され、後に訪れる。大気を揺るがす轟音。衝撃がポールの体を大きな機械ごと後方へと吹き飛ばし、その大きな銃口から放たれる紅蓮の弾丸。弾かれたポールの体をスバルが抱え込み、放たれた紅蓮の弾丸は魔獣へと直進する。地面を抉り暴風を巻き上げながら。

 その風圧でフォンとリオンは吹き飛ばされそうになり、思わず地に膝を着く。そして、魔獣はそれを迎え撃つ様に唐突に雄たけびを上げる。


“ぶおおおおおっ”


 と。激しい雄たけびを上げるとほぼ同時に紅蓮の弾丸は魔獣の腹部へと減り込み、遅れて訪れる。轟音と共に凄まじい爆発が。

 衝撃が広がり、魔獣の体を業火が包み込む。吹き抜ける熱風に思わず顔を覆うフォンとリオンは、目を凝らし燃え上がる魔獣を見据える。

 炎に包まれながらも、その腕をぎこちなく動かし、その頭を左右に捻る。あんな状態でも動き続ける魔獣の姿に、フォンとリオンは息を呑み、周囲に漂う熱気に額から汗を零す。

 眉間にシワを寄せるリオン。まだ動けるのか、と言いたげにその眼差しを魔獣へと向け、柄を握る手に力を込める。その手の平はジットリと汗が滲んでいた。

 一方でフォンもまたリオンと同じ様に眉間にシワを寄せる。この程度で本当に倒せるのか、と言う疑問を抱きながら。呼吸を整える様に小さく息を吐き、柄を握り締め右足のつま先へと体重を乗せる。いつでも動き出せる様にと。

 吹き飛んだポールを抱えるスバルもまた、二人と同じ事を考えていた。幾ら科学が進歩したと言っても、幾ら昆虫類の魔獣が炎に弱いと言っても、この程度で倒す事が出来るのかと。息を呑みジッと炎に包まれる魔獣を見据える。

 冷たい風に吹かれ、揺れる炎の中でゆっくりと魔獣は体を丸めると、背中の甲殻を広げた。その行動にフォンとリオンは目を見開くと同時に叫ぶ。


「スバル! 伏せろ!」


 二人の声が重なると同時に、甲高い羽音が周囲へと響く。そこでスバルも気付き、抱えていたポールを下ろしその体の上に覆いかぶさる様に地面へと伏せた。それに遅れ甲高い羽音がスバルの体の上を通過する。飛び立ったのだ。あの魔獣は。甲殻の下へと隠していた羽を羽ばたかせて。

 まだ僅かに炎を体に纏う魔獣の姿が夜空を滑空する。地面には二本の炎の線が刻まれ、先程まで炎に包まれていた魔獣の居た場所から周囲五メートルの位置まで炎が飛び散っていた。

 目を細め空を舞う魔獣を見据えるフォンとリオン。空を舞う魔獣に手を出す事が出来ず苦悶の表情を浮かべる二人に、スバルは叫ぶ。


「今のうちに逃げよう!」

「だが、アレはどうする!」


 リオンが叫び空を舞う魔獣を指差すと、スバルは首を大きく左右に振り返答する。


「無理だ! 今の俺達じゃ倒せない! 何とか、この場は逃げ切るしか方法は無いよ!」

「ああ。そうだな。ここは退くしかないぞ! リオン」

「くっ……仕方ない……」


 剣を鞘へと納めたフォンに、リオンは小さくそう呟く。あのまま魔獣を野放しにしておけば、多くの人に危害を加える可能性がある。だから、ここでどうしても倒しておきたかった。誰かが被害に会う前に。だが、自分の今の実力では敵わない事も分かっていた為、リオンは悔しそうな表情を浮かべたのだ。

 スバルはポールの使った機械を荷台へと運び、ポールはすぐに手綱を握り馬車を走らせる。走り出した馬車に向かってフォンとリオンは全力で走る。上空を舞う魔獣を気にしながらも。

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