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第16回 闇に潜む者

 荷馬車に乗り三人は次の町に向かって進んでいた。

 フォン達が乗る荷馬車は、この国を回る旅商人の荷馬車で、あの小さな村に丁度訪れていたのだ。この先は最近物騒な為護衛を探していると言う事で、三人は護衛として雇ってもらったのだが――


「うぐぅぅぅっ……き、きもぢわどぅい……」

「おいおい。大丈夫か? フォン」


 荷馬車に揺られ青ざめた顔で呻き声を上げるフォンに、リオンが静かに尋ねた。荷馬車で揺られる事三日。フォンはずっとこの調子だった。乗り物に乗る事が初めてで思いっきり乗り物酔いしていた。まさか、フォンがここまで乗り物に弱かったと思わなかった為、リオンもスバルも聊か驚いた。

 手綱を握る商人の横に座るスバル。現在は、スバルが商人の護衛をしており、リオンとフォンは休憩中だった。と、言っても三日間特に何かがあると言うわけでは無く、静かに馬車に揺られているだけ。コレと言って護衛としての仕事をしているわけではなかった。



「しかし……これでお金を貰っていいモノなのか?」


 夜も深まり、焚き火を囲みリオンがそう呟く。仰向けに倒れ気持ち悪そうに額に右腕を乗せるフォンは、そんなリオンに弱々しい口調で告げる。


「こ、これでって……お、俺ももう……うぷっ」

「あ、あはは……フォンは乗り物酔いで辛そうだね」


 スバルが呆れた様に半笑いで呟くと、フォンはゆっくりと体を起こす。


「わ、笑い事じゃねぇーよ」


 青ざめた顔で恐ろしい程鋭い目つきを向けるフォンに、スバルの表情は引きつる。一方でリオンはそんなフォンの体を右手で押し、無理やり仰向けにすると面倒臭そうに頭を掻く。


「いいから、寝てろ。うっとうしい」

「う、うっとうしいって……」

「それじゃあ、俺はポールさんの様子を観てくるよ」


 スバルが立ち上がりそう言うと、リオンが申し訳なさそうにスバルの顔を見据える。


「悪いな」

「いいって。俺も色々と話が聞けて楽しいし」


 笑顔を向けるスバルは荷台の方へと歩き出す。

 ポールとは、この荷馬車の持ち主である商人の名だ。この辺りでは有名な商人らしく、人当たりのいい中年の男だ。体格は痩せ型で、身長はスバルと同じくらい。大人にしては小柄な体型だ。優しい人で何も知らないフォン達、特にスバルは商人としての心得を教えてもらっていた。高値で取引される物や、この辺りで取れる素材など色々な知識を教わり、今後に活かそうとしていたのだ。

 スバルが荷台に向かってすぐだった。横たわっていたフォンが唐突に体を起こし、座り込んでいたリオンもすぐに剣を握り立ち上がる。不穏な空気を感じ、闇へと視線を向ける二人。何か獣の様な気配を感じたのだ。


「リオン……」

「ああ。何か居る」


 真剣な眼差しを向ける二人の耳に静かな足音が響く。乗り物酔いも醒め、フォンはゆっくりと立ち上がると剣を手に取る。息を呑む二人に、妙な羽音が耳に届く。フォンはすぐに身を退き剣を抜いた。遅れてリオンも剣を抜き、足元の焚き火を蹴り火の粉を舞い上げる。

 散らばった炎で闇が照らされ、光沢のある漆黒の鎧を纏った昆虫類の化け物が姿を見せた。


「む、むむ、虫ぃぃぃぃっ!」


 フォンが悲鳴を上げると、荷台が激しく揺れ、スバルが慌てて荷台から転がり落ちる。


「な、な、なな、何?」

「す、スバル! む、む、虫がぁぁぁぁっ!」


 涙目でスバルの方へと走り出そうとするフォンの襟首をリオンが掴む。


「落ち着け! 虫って言っても、あれは魔獣の類だ」

「魔獣って言ったって、結局虫は虫じゃないか!」


 襟首を掴むリオンに対し、フォンは怒鳴る。呆れた様にフォンを見据えるリオンに対し、スバルが叫ぶ。


「危ない! 二人共!」

「――!」


 スバルの声にリオンは素早く反応し、身を仰け反らせる。昆虫類特有の鋭い爪がリオンの前髪を掠める。


「くっ!」


 光沢のある体に軋む間接。風切り音が響き、リオンはそのままバックステップでフォンを連れてその場を離れる。距離を取ったリオンの横でフォンは襟が首に食い込み苦しそうに咳き込んでいた。


「ごほっ、ごほっ……お、俺を、げほっ……殺す気……ですか!」

「ああ。悪い。つい」

「ついじゃねぇーよ!」


 涙目で訴えかけるフォンの体を、リオンは突き飛ばす。それに遅れ、フォンの目の前を鋭い棘が通過する。


「ぬおっ!」

「アレって……」


 フォンは驚き、スバルは何かに気付く。そして、その視線が闇に浮かぶ光沢ある肉体を持つ魔物へと向けられる。眉間にシワを寄せ、渋い表情を浮かべるスバルは、奥歯を噛み締めると叫ぶ。


「二人共! 気をつけて! あいつ、猛毒を持ってる危険度A級に指定されてる魔獣だよ!」

「なっ!」

「危険度A級って、何でスバルがそんな事知ってんだよ!」


 驚くリオンはその魔獣を真っ直ぐに見据え、フォンは早口でスバルへと問いかける。だが、その問いにスバルは「今は説明している場合じゃないから!」と、答えてはくれなかった。

 この数十年でこの世界は変わった。魔獣や魔物の数が増加し、危険度指定がつくようになったのだ。

 その危険度の評価は五段階で、一番低い評価はD。一般人に危害は加えない大人しい魔獣や魔物がそのランクに属している。

 次に評価Cは、基本的に危害は加えないが、縄張りへ侵入すると者を敵と見なし襲ってくる可能性が高い魔獣や魔物がこのランクに属する。

 評価Bでは危険度が上がり、近付く者に危害を加える肉食の魔獣・魔物がこの部類に入る。

 そして、危険度A。これは、評価Bに加え特殊な能力をもつ魔獣・魔物が属する。猛毒を持つ者、炎を吐く者、その能力は様々だが凶暴性が強い魔獣や魔物が多い。

 最後に危険度特A。最大級の危険性で、ここに属するのは主に魔獣人と呼ばれる生物。高い知能を持ち、言葉を喋りその容姿は人と変わらない。ただ、好戦的でその強さはどの種族をしのぐモノだといわれている。

 フォン達が危険度A級の魔獣と会うのは初めてだった。故に初めて対峙する魔獣にフォンもリオンも妙な緊張感に包まれていた。

 息を呑む二人。柄を握る手に力を込めるリオンは、すり足で左足を前へと出す。フォンもその魔獣が昆虫類である事を忘れ、剣を構え身構える。

 静寂の最中、その魔獣の首が左右に不気味に動き、ギョロギョロとした目が動きフォンとリオンの姿をその目で目視し、左右に分かれた牙が不気味に開閉する。


「どうする? フォン」

「とりあえず……一撃入れていくか」


 フォンがボソッと呟くと、リオンも静かに頷く。


「そうか……じゃあ、俺が左から、お前が右から」

「分かった。今日はタイミング合わせるからな」

「ああ。頼むぞ」


 フォンとリオンが頷き合い走り出す。リオンは魔獣の左へと走り、フォンは右へと向かう。その二人の動きに首を左右に捻る魔獣は、その目をギョロギョロ動かし、四本の腕をしならせ振り抜く。刃の様な鋭利な爪が二人を襲う。


「ぐっ!」

「ちぃっ!」


 何とか剣でその爪を防ぐが、その強靭な腕から放たれた一撃に二人の体は最初に居た位置まで押し戻される。刃が激しく振動し、腕がしびれる。その荒々しく強い力に表情を引きつらせるフォンとリオンは息を呑み額から一筋の汗を滴らせた。

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