第15回 資金稼ぎ
夜が明け、久しぶりのベッドで目を覚ました三人は、部屋の机を囲んで神妙な顔をしていた。机に置かれた残り僅かなお金を見据えて。
眉間にシワを寄せ腕を組むフォンに、リオンも眉間に右手の人差し指と中指を当て表情を歪め、スバルは燃え尽きた灰の様になっていた。
宿泊代だけで、現在の持ち金を半分近くも消費したのだ。ゆえに、三者三様に複雑そうな表情を浮かべていた。
灰の様に燃え尽きていたスバルは唐突に我に返ると、激しく机を叩き二人の顔を見据える。
「ど、どどど、どうするんだよ! これから! 食料だって買わなきゃいけないし、調味料だって……それに、色々必需品とか買わなきゃいけないのに、これじゃ……」
半泣き状態のスバルに、フォンは静かに鼻から息を吐くと二度頷く。
「よし! とりあえず……今持っているモノを確認しよう!」
「今持ってるモノ?
だが、今持ってるモノって言ったら、この前狩った猪の肉くらいだぞ?」
「あと、俺が家から持ってきた野菜と、調味料があと少し……」
リオンとスバルが怪訝そうに言うと、フォンはまた二度頷く。
その行動に何の意味があるんだ、とリオンとスバルはジト目を向ける中で、フォンが静かに二人の方へと視線を向け笑う。
「とりあえず、宿のおっちゃんにこの辺でお金が稼げる方法が無いか聞いてみようか」
「えっ? い、いや……ま、まぁ、それが一番いいかも知れないけど……」
リオンが不満そうな表情を向けるが、フォンは全く気にする様子は無くスバルの方へと親指を立てて右腕を伸ばす。
「じゃあ、俺とリオンでちょっち話聞いて来るから、スバルは残ったお金で必要なモノ買ってきてくれよ!」
「えっ? い、いいの?」
「いいっていいって」
「ちょ、ちょっと待て! フォン! もう少し考えて――」
「いいから、行くぞ!」
リオンの制止を聞かず、フォンはリオンの腕を引き部屋を後にする。残されたスバルは、机に残ったお金を見据え、不安そうな表情を浮かべ「えぇーっ」と、小さく声を上げた。
部屋を出たフォンとリオンは一階へと移動すると、そこでこの宿の主人である四十代程の男と話をしていた。少しでもお金を稼ぎたいと言うフォン達の話に対し、宿屋の主人は複雑そうな表情をする。ここは小さな村と言うよりも集落と言う程の広さ。その為、住んでいる者達は自給自足をしており、殆どお金を使わない生活をしているのだ。
時々商人がモノを売りに来る事もあるが、その時は自分達が作った作物と物々交換をしている。だから、人にお金を払ってまで仕事をさせる程余裕などないのだ。
結局、お金を稼ぐ方法は無く途方に暮れるフォンとリオンは、宿の裏手にある井戸の前に座り込んでいた。
「どうする気だ?」
「どうするって言われてもなぁ……」
困った様に頬を掻くフォンは苦笑する。このままだと、資金が無く旅どころじゃなくなってしまう。そう思うとリオンの口調も厳しくなる。
「お前……もう少し後先って言うのを考えろよな。このままじゃ、ホントにやばいぞ!」
「いや、ま、まぁ、わ、分かってるよ……」
小さく吐息を漏らすフォンに、リオンも腕を組み大きくため息を吐いた。
二人して落ち込んでいると、遠くの方でスバルの声が響く。
「うおーい! フォン! リオーン!」
「はぁ……どうするかな」
「どうしたものか……」
「おーい!」
スバルの声は二人に確実に届いているはずなのだが、フォンもリオンも俯きうなり声を上げる。遠くでそんな二人の様子を見据えるスバルは、右手を振り上げたまま怪訝そうに眉間にシワを寄せた。
「アレ? 聞こえてないのかな?」
首を傾げるスバルは両手を口元へと持ってくると、大声で叫ぶ。
「おーい! フォーン! リオーン!」
全力で叫ぶスバルに、二人は全く反応しない。声は聞こえているはずなのにと、小首を傾げるスバル。一方のフォンとリオンは、完全にスバルを無視していた。と、言うよりコレからどうするかを考えるのに夢中になってスバルの声など聞こえていなかったのだ。決してスバルが嫌いで無視しているわけではない。
憮然とするスバルは、小さくため息を吐くとゆっくりと二人の方へと足を進めた。
「ちょっと、二人共! 俺の事無視しないでほしいんだけどなぁ!」
「んんっ? あぁ。スバルか。どうかしたのか?」
近付いたスバルの怒声にリオンが反応すると、それに少し遅れてフォンもスバルの存在に気付く。
「おおっ! スバル。買出しは済んだのか?」
「えぇーっ……本格的に俺の事、気付いてなかったんスね……」
肩を落とし呆れるスバルに、フォンとリオンは首を傾げた。
半泣き状態のスバルは、自分自身の扱いに「結局、俺ってこう言う立場なのね」と、嘆いていたが、二人には何の事やら分からず顔を見合わせる。
「どうしたんだ? スバル」
「買出し上手くいかなかったのか?」
心配そうな表情を向ける二人に対し、スバルは「えっ?」とスットンキョンな声を上げると、二人へとジト目を向ける。
「さっき、大声で名前呼んだんだけど、無視したよね?」
確認する様に尋ねるスバルに、フォンとリオンは怪訝そうな顔を浮かべほぼ同時に答える。
「呼ばれて無いよな?」
「いや、聞こえなかったな」
二人の声が重なり、良く聞こえなかったが、二人が無視したわけではなく声が聞こえなかったのだと言う事に気付き、スバルはホッと胸を撫で下ろすと満面の笑みを見せた。
「そっか、そっか! 無視されてたわけじゃないのか!」
「何で、俺等がお前を無視するんだよ?」
「いや、良く無視してますけどっ!」
フォンが不満げに言った言葉に対し、スバルは即答でツッコム。その声にフォンはジト目をスバルへと向けた後に、ゆっくりとリオンの方へと顔を向けた。
一方のリオンもまるで他人の様にその場で存在感を消し、静かに後ろに下がっていく。
「あ、アレ? ちょ、ちょっと! ふ、二人共? な、何で離れていくのかな?」
「他人のフリ、他人のフリ」
「さぁーて。これから、どうするかなぁー」
リオンもフォンも独り言の様に呟きながらスバルから離れていく。一人取り残されたスバルは、「何でだよ!」と、一人甲高い声を上げ、村の人達の視線を集めていた。
「ひ、ひでぇーよ! 酷過ぎるよ……」
部屋に戻ったフォンとリオンにスバルが涙ながらにそう言い詰め寄る。苦笑するフォンは両手を前に出し、スバルの体を遠ざけようとし、リオンは腕を組み鼻から息を吐き、その切れ長の目でスバルを見据える。
その威圧的な視線に、スバルは息を呑み後退り鼻を啜った。威圧的なリオンに対し、フォンは呆れた様な眼差しを向けると、小さく吐息を漏らし二人の間へと割ってはいる。
「はいはいはい。リオン。とりあえず、その目止めろよ。結構怖いぞ」
「んっ? そうか? 悪い。スバル」
「えっ、あっ……だ、だ、大丈夫……」
僅かに怯えた様に視線をそらすスバル。その瞳が明らかに揺らぎ瞳孔が開いている事から、リオンは申し訳ない事をしたと、自己嫌悪する。ついついイラッとしてしまった事に。反省する様に瞼を閉じるリオンに、フォンはホッと息を吐きスバルの方へと視線を向ける。
「それで、どうしたんだ?」
「あっ、その……実はさ、商人が今日来てるらしくて、その人が次の町までの護衛を探してるって」
「えっ? 護衛? それじゃあ……」
「えっと、詳しくはまだ聞いて無いけど、そう言う話をしているって……雑貨屋のオバちゃんが……」
未だ怯えた様子のスバルが、リオンの方をチラチラと窺いながら恐る恐る告げる。その言葉にフォンは腕を組むと、「護衛か……」と、小さく呟いた。




