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第146回 いい夢を見て

 森は燃える。

 時折、爆発を交えて。

 爆発を起こすのは、燃える森の中心に落ちた飛行艇。

 燃料への引火が爆発の原因の一つだった。

 炎により、真っ赤に染まった森の中、ただ一点のみ淡く青白い光を放つ。

 その光は、轟々と燃える真っ赤な炎とは対照的な、とても静かで穏やかな蒼い炎だった。

 揺らめき、火の粉を僅かに舞わせる蒼い炎が包むのは――かつて人だったであろう真っ黒な塊。すでに形も留めず、残ったのは黒墨。

 それでも、炎は燃え続ける。風で舞った一枚の紙も一緒に。



 薄暗くカビ臭さの漂う地下施設。

 今は使用されておらず、機器は起動しておらず、荷物置き場となっていた。

 その地下施設の最奥。その隅で青白い炎が淡い光を揺らめかせる。

 備え付けられていた空間転移装置である四角い紙が燃えていたのだ。 

 その傍には片膝を立てて俯き座るカインの姿があり、重苦しい静けさが漂っていた。

 カツン、カツンと靴の踵が床を叩く音が小さく響き、ランプの明かりがカインと照らす。


「……彼は?」


 ランプを左手に持ったクリスが静かに尋ねる。空色の髪がランプの赤い光を浴び、僅かに赤く煌めいた。

 力なく項垂れたように背を丸め、頭を垂らすカインは、何処か儚げに目を細め、唇を噛んだ。


「――死んだよ。僕が……ちゃんと殺した……」

「……そう……ですか……」


 カインの言葉に、複雑そうに眉を顰め、クリスは視線を下げた。

 こうなる事は分かっていた。分かっていたが、いざそうなると、心が締め付けられる。

 そして、カインには申し訳ないと思う。彼が一番辛い役割を強いられた。もちろん、それは、彼にしか出来ない事で、ユーガもそれを知っていて彼にその辛い役目を頼んだのだ。


「お疲れ……様です……」


 何と言っていいのか、言葉が思いつかず、クリスは振り絞ったような僅かに震えた声でそう告げる。

 小さく鼻から息を漏らすカインは、更に項垂れ、


「別に……疲れてないよ……。彼が、傷は癒してくれたし、疲れもある程度取ってくれたから」


と、皮肉っぽく呟き、燃えカスとなった空間転移装置へと目を向ける。

 ユーガは言った。


「これは、君にしか頼めない事だ」


と。

 それが、どう言う意味なのか、カインはすぐには理解できなかった。

 そんなカインに、ユーガは告げた。自ら命を断つ事を禁じられている事。周りにある炎程度では、烈鬼族の活性の力で焼け死ぬまでに時間がかかる事。

 何より、ユーガ自身に残された時間が僅かである事。

 時期に意識は消え、再び銀狼と呼ばれる化物に戻り、そうなった時、もう止める術がない事。

 炎血族の炎は高温で、ユーガの体をもってしても数秒で死ぬ事が出来る。

 だが、炎血族は自分の血で熾した炎では死なない。

 だから、カインに選択の余地も、猶予もなかった。


「彼……声も上げなかったよ……。熱いはずなのに……燃えているのに……焼かれているのに……その場に横たわったまま、微動だにしなかった。まるで、眠るみたいに……」


 瞼を強く閉じ、握った拳を僅かに震わせ、カインは呟く。

 その言葉に、クリスは思い出す。あの時、ユーガの語った彼の見る未来――


“僕が見えている未来は――兄弟全員で囲う食卓だよ”


 無邪気な子供のように白い歯を見せ微笑するユーガの姿。

 もうすぐ死ぬ運命だと言うのに、そんな事を口にするユーガに、クリスは「そうですか」と冷ややかに答えたが、何となくその言葉の意味を理解した。


「彼は……きっといい夢を見て……死ねたのでしょうね」


 クリスは誰にも聞こえない位の小さな声でそう呟き、悲し気に目を細めた。



 時は大幅に遡り――リオンサイド。

 散乱する瓦礫を踏み締め、ゆっくりと歩み出す水呼族の長、レバルドは首を右へ左へと傾け、骨を鳴らす。


「面白いが、あの程度で、俺様にダメージが通ると思うな」


 胸を張り、レバルドはふてぶてしい笑みを浮かべる。

 生温かな風がレバルドの蒼い髪を撫で、ゆらゆらと揺れる前髪を尻目に灰色の瞳がゆっくりと動く。

 鋭い眼の奥で動くその瞳に、リオン達は武器を構えたまま硬直する。あまりにも威圧的だったのだ。


「おいおいおい! ビビっちまったのか? それとも、まだ何か狙ってんのかぁ?」


 リオン達を挑発するようにレバルドが声を上げる。無防備に両腕を広げて。

 レバルドのその行動に、ゆっくりと立ち上がるレック。まだ、膝が震え、脚の痺れはとれていない。だが、そう言われて、黙っていられなかった。


「誰が、ビビッて――」

「レック!」


 レックの声を遮るように、レイドが凛とした声をあげた。

 その意味をレックは理解し、奥歯を噛み槍を握る手を震わせ、静かに息を吐き出す。挑発に乗らず、怒りを抑制する。

 深い緑色のウェーブのかかった髪を揺らし、深呼吸を二度、三度と繰り返したレックは、脱力し落ち着いた面持ちでレバルドを見据える。

 水呼族特有の灰色の瞳が交錯し、数秒の時が流れた。

 未だに膠着状態は続き、どちらも動きはない。

 数の上では圧倒的にリオン達に分があるが、レバルドは異様だった。ただの水呼族だと言うわけではない。何かがある。それは何となく分かっていた。

 だから、リオン達は下手に動くわけにはいかない。


「どう思いますか?」


 リオンの右側で大剣を構えるカーブンが小声で尋ねる。

 剣を構えるリオンは、チラリとカーブンへと目を向け、眉間へとシワを寄せた。

 カーブンの言葉の意味は理解しているが、その答えは出ない。その為、小さく頭を振った。リオンの黒髪が右へ左へと小さく揺れる。


「まだ、何とも言えない」

「そう……ですね。まだ、情報が少なすぎますね」


 困ったように眉を曲げ、カーブンは目を細める。


「あれだけの瓦礫が降り注いで、無傷なんてありえません」

「何かしら、アイツの体に秘密があるんだろうな」


 小声で受け答えをするカーブンとリオン。その声にレバルドが気付いている様子はない。

 気付かれた所で問題があるわけではないが、なるべき気取られないよう二人は言葉を交わす。


「だとすると、烈鬼族のように活性化で超回復とか、ですか?」

「あり得ない。幾ら回復力が速いと言っても、血の跡すらないのは――」


 リオンは渋い表情で、レバルドを見据える。その体に外傷はやはりない。出血の跡も一切見当たらない。

 幾ら烈鬼族のように活性化で超回復したとしても、出血の跡は残るはずだった。

 故に、その線は薄いと考える。


「とにかく、今は――」

「情報、ですか?」

「ああ。でも、悠長にしている時間はない」


 真剣な表情のリオン。

 そう時間がない。そもそも、リオン達の目的はここでレバルドと戦う事じゃない。最終的な目的は、天賦族シュナイデルを止める事。

 ここで足止めを食らうのも、消耗するのも避けたい所ではあった。

 しかし、レバルドはそうも言っていられる相手ではない。

 それを理解している為、リオンの表情も曇る。

 リオンの顔をチラリと横目で見たカーブンは、小さく息を吐く。


「ここは、年長者の私が行ってきますよ」


 オレンジブラウンの髪を揺らし、カーブンが地を蹴る。左脇腹の位置に大剣を握り締め。


「待て! カーブン!」


 リオンが制す。が、カーブンは止まらず、さらに加速する。

 足音に気付き、レバルドが視線を向け、ゆっくりと体を向けた。


 「いいねぇー。まずは、テメェからだ! 龍臨族!」

 

 右手に握った長い槍を一回転させ、大きく振りかぶる。

 右足を踏み込むカーブン。

 レバルドと視線が交錯し、ギリッと奥歯を噛み締め、腰を回転させ大剣を振り抜く。

 それに合わせるように、レバルドは後方へと飛び、僅かに柄を握る力を緩め槍を突き出す。

 右手から放たれるように飛び出す槍の刃が、カーブンの振り抜いた大剣の刃の腹をこすり火花を散らせる。

 だが、刃はカーブンに届く前に引かれ、それに遅れてカーブンも距離をとるように右斜め後ろへと下がった。


「チッ! 少し、警戒しすぎたか……」


 悔し気にレバルドはそう呟き、柄の石突きギリギリに握った右手を引き、柄の真ん中付近へと握りを戻す。

 一方で複雑そうに眉を顰めるカーブンは少しだけ安堵する。

 レバルドの槍とのリーチの差を考え、踏み込みが少しだけ甘くなってしまった。その為、飛び退いたレバルドに大剣の刃が届かず、そのお陰でレバルドの突き出した槍も届かなかったのだ。

 ふっ、ふっと、短い呼吸を繰り返し、カーブンは気持ちを落ち着けレバルドを見据える。


(次はもう少し深く――)


 カーブンがそう考えていると、その視界にレックとレイドの影を捉える。

 いつ走り出していたのか、二人はレバルドの死角に入り込んでいた。

 そして、レックが右後ろから槍を突き出し、レイドは左後ろから剣を突き出す。完全に虚を突かれたその一撃はレバルドの体を貫く。

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