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第145回 殺してくれ

「あなた、何処まで……見えているの?」


 小さな爆発を起こし、森を燃やす飛空艇を背に、クリスは尋ねる。

 すでに周囲は炎に包まれ、火の粉と黒煙が激しく舞っていた。当然、熱気は凄く、クリスの白い肌は赤くなっていた。

 肌はジリジリと焼けるように痛みが走っているはずだが、クリスは表情を変える事なく真っ直ぐユーガを見据える。

 そんな視線にユーガは疲れたように息を吐き、細めた目をクリスへと向けた。


「急にどうしたんだい? カインくん達がいなくなったと思ったら」


 ユーガがそう言い、小さく肩を竦める。

 現在、カイン達――カインと意識を失っているフォンとメリーナの二人――は、ここにはいない。ユーガから受け取った転送装置を使い、転送先である地下施設にフォンとメリーナを運んでいた。

 当然、敵の本陣。故に、ユーガは安全な場所も教えた為、すぐに戻ってくる事は無いだろう。

 そんな中で、唐突に投げかけられたクリスの言葉。その言葉への返答だった。

 変わらない真剣な眼差しを向けるクリスに、ユーガは小さく鼻から息を吐く。


「逆に聞くけど、君は――歴代の時見族でも圧倒的な力を持つ、時見の巫女には一体何処まで先の未来が見えているんだい?」

「…………遥か……先の未来までよ……」

「遥か……先か……」


 言葉を選ぶように慎重に語るクリスに、薄っすらと口元に笑みを浮かべるユーガはそう答えた。

 その眼は何処か寂し気だが、それとは裏腹にその表情は嬉しそうだった。それが、寂しさを隠す為のモノなのか、クリスには理解出来なかった。

 二人の間に少しだけ間が空き、やがて深い吐息を漏らしたユーガが口を開く。


「随分と、曖昧な答えだね」

「そうね。それで、あなたはどうなの?」


 もう一度、真剣な表情で尋ねるクリスに、ユーガは諦めたように息を吐いた。


「僕は、そんな先の未来までは視えていないよ」


 小さく肩を竦め、苦笑するユーガは相変わらず表情を崩さないクリスを見て、鼻から息を吐く。


「まだ、何か言いたそうだね」

「あなたが、ここに来た理由も、あなたの目的も、理解しているつもり。でも、何があなたをそうさせるのか、私は――」

「理由は簡単だよ。守るべきものが――守りたいものがあるから。そして、それは、僕だけしか出来ない事だから」


 笑顔で語るユーガの眼はやはり悲しげだった。その理由を――クリスは知っている。故に、眉を顰め、複雑そうに眉間へとシワを寄せた。

 唇が震え、言葉が出ない。それがもどかしく、クリスはやがて唇を噛み、拳を握り締める。


「君だって……そうじゃないか?」


 投げかけられたユーガの言葉に、「えっ?」と、思わずクリスは声を上げた。


「君だって、守りたいものの為に、必死に未来を変えようとしている。君の見た未来がどんなものなのか、僕には分からない。けど、未来を見た君だけが――その運命を変えるきっかけを与える事が出来る。だから君は――預言書を何冊も作っているんだろ」


 全てを見透かしたようなユーガの眼に、空色の髪を揺らすクリスは視線を逸らした。


「未来を変える事は……難しい事です。私一人で頑張っても――抗っても……その未来を変える事は出来ません」

「だから、託すんだね。今は無理でも、この先の未来の人々に――」


 ユーガの言葉に、クリスは「えぇ」と肯定し、ふっと肩の力を抜いた。

 そんなクリスに、小さく笑うユーガは、


「君も律儀だよね。そんな遥か未来の事なんて、君には関係ない事なのに」


と、眉を八の字に曲げる。

 もう自分が生きていない遥か未来の世界を危惧して、その未来の人々の為に今現在奮闘するクリスが少しだけ不憫だと思ったのだ。

 実際、クリスの見た未来が変わったとして、彼女が称えられる事はない。その未来が現実となったとしても、彼女は責められない。

 それなのに、クリスは必死にそれを回避しようとしている。自分には関係ない事なのに。

 そんなユーガの言葉に、クリスは複雑そうに眉を顰める。


「あーぁ。ごめんごめん。別に、それが悪いって言ってるわけじゃないんだよ。お互い、そう言う性分何だろうね。いや、未来が視えてしまうから、そう言う風に考えてしまうんだろうね」

「…………」


 ユーガの言葉にクリスは無言だった。

 思う所はあった。こんな未来を知らなければ、見なければ、クリスだってこんなに必死に報われない苦労をする事はなかった。

 思わず深いため息を吐くクリスに、ユーガは「お互い苦労するね」と、笑う。

 不服そうに目を細めるクリスだったが、すぐにため息を吐き、肩を落とした。


「とりあえず、聞くだけ無駄でしたね。そろそろ、彼も戻ってくるので――」


 ユーガへと背を向け、ゆっくりと転移装置の方へとクリスが歩を進める。

 すると、ユーガは思い出したように口を開く。


「そうだ。質問に答えていなかったね」


 ユーガの言葉に、進めていた足を止め、クリスは訝しげに振り返る。

 今更何を答えようと言うのか、と言いたげな眼差しを向けるクリスに、ユーガは微笑した。



 クリスと入れ違いにカインが戻ってくる。傷はユーガに癒してもらい、殆ど全快と言っていい状態のカインは、金色の髪を揺らしユーガと距離をとり立ち止まる。

 座り込むユーガと佇むカイン。二人の視線が交錯し、数秒の時が流れる。

 火の粉が舞い、火の手をあげる飛空艇で小さな爆発が起きた。

 派手に炎が舞い、二人の間に変形した鉄片が転がる。

 互いの髪は炎に照らされ、カインの金髪は白っぽく、ユーガの黒髪は少し赤っぽく映る。

 何も語ることなく、数秒――いや、数十秒ほどが過ぎ、カインの唇が薄っすらと開かれ、静かに短く息が吐き出された。

 少しだけ肩の力を抜き、怪訝そうにユーガへと問う。


「君は何者なんだ?」


 カインの問いかけに、ユーガは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに呆れたように微笑し小さく肩を竦める。


「それは、さっきも――」

「納得出来るわけないだろ!」


 穏やかなユーガの声を遮るように、カインが声を荒らげた。

 呼吸は荒々しく、両肩が激しく上下する。握った拳は震え、苛立ちと不安が見て取れた。

 小さく息を吐くユーガは、困ったように眉を曲げる。


「何が、納得出来ないんだい?」


 優しく尋ねるユーガに、カインはギリッと下唇を噛んだ後、振り絞ったように声を発する。


「全てだ!」

「全て?」

「君が言ってる事が正しいなら、フォンはどうなるんだ!」


 あの時のフォンの戦い方は、間違いなくユーガと同じだった。

 空鳥族のように空中に浮かび、風牙族のように風で加速し、龍臨族のように咆哮を放とうとした。何より、あの時のフォンは動きを予知していた。時見族のように未来を見たように。

 ユーガが作り出された存在なら、フォンもそう言う事になる。

 そうカインは思ったのだ。

 だが、そんなカインに、ユーガはクスリと小さく笑う。


「何がおかしい!」


 笑ったユーガに、カインが怒声を響かせる。

 それに対し、ユーガは右手を顔の前まで上げると、「すまないすまない」と軽く謝った。

 苛立つカイン。その眼は怒りが滲み、その眉間には深い皺が寄った。

 カインのその苛立ちを感じ取り、ユーガは静かに息を吐き、真剣な表情で口を開く。


「彼は……この世界の――奇跡だよ」

「……奇跡? 何言って――」

「彼は、何百、何千と言う時を重ね生まれた、僕みたいなまがいものじゃない。正真正銘の銀狼だよ」


 ユーガの言葉に、カインは唖然とする。そして、頭を二度三度と振り、「ちょ、ちょっと待て」と、ユーガを制した。


「まがいものじゃないって、どう言う――」

「僕みたいに作られた存在じゃなく、何千年にもわたり、全ての種族の血を少なからず持って生まれた存在って事だよ」

「いや、いやいや。そんな、いや、ありえない。そもそも、そんなの探せば世界に幾らでも――」

「うん。探せば、この時代でも何人かいるだろうね」


 カインの言葉を肯定するユーガは小さく肩を竦めて見せる。

 その言葉に、訝し気に眉間にシワを寄せるカインは、不満げに首を傾げた。

 予測通りのカインの反応に、小さく二度頷くユーガは瞼を二秒程閉じ、ゆっくりと瞼を開くと、落ち着いた面持ちで言葉を紡ぐ。


「そう。世界中を探せば、彼のようにすべての種族の血を引くものはいるだろう。でも、奇跡ってのは、そうそうないんだよ」

「何言ってるんだ? 一体、何が言いたいんだ?」


 意味が分からないと、カインが激しく語気を荒げる。

 すると、ユーガはふっと短く息を吐き、ゴクリと唾を呑み口を開く。


「彼には、二つの奇跡がある」

「だから、何が――」

「……時間がない。黙って聞け!」


 俯くユーガが声を荒らげる。

 呼吸は乱れ、今までと違い、何処か焦っているようだった。

 自分の胸倉を右手で握り、ただ肩を上下に揺らすユーガは、下唇を噛むともう一度深く息を吐き出し、口を開く。


「彼の一つ目の奇跡……それは、彼の両親が時見族の血を引いている事。それも、どちらかが純潔の時見族である事」


 人差し指をたてそう口にするユーガの目が赤黒く光りを放ち、その口元に僅かに牙が見え隠れし始めた。

 だが、ユーガはそれを隠すように瞼を閉じ、口元を隠すように俯く。


「恐らく、純潔の時見族は、彼の母親。そして、父親は――」

「他のすべての種族の血を引いていたって言うのか? でも、その言い分だと、フォンの父親だってその資格を持ってるんじゃないか? 時見族の血を引いてるって事は、そう言う事だろ?」


 カインが訝しげに尋ねると、ユーガはもう一度唾を呑み込み、


「ああ。でも、時見の力は……男よりも女性に強く引き継がれる。それに、彼の父の両親は純潔の時見族じゃない。だから、彼の父親は力に目覚めなかったんだろう」


と、説明した。

 そして、間髪入れず、ユーガは中指をたて、


「二つ目の奇跡は――僕との戦闘」


と、口にすると、カインは一層深いシワを眉間に寄せる。

 当然の反応だと、小さく頷くユーガは三度深く息を吐き出し、


「僕は……紛い物と言えど、銀狼。そんな僕との戦闘で、彼の中に眠る血が覚醒したんだ」

「覚醒って……幾ら何でも……。だってそうだろ? 何代も重なって薄まった血が、その程度で覚醒なんて」


 やはり、納得いかないと声を大にするカインに、ユーガは再び人差し指だけをたて答える。


「その答えが、さっき話した一つ目の奇跡なんだよ」

「一つ目の奇跡……フォンの両親が時見族ってこどだよね? それが、この話にどうつながるって言うんだよ」


 カインが尋ねると、ユーガは少しだけ間を開け、


「君は……時見族の力がどう言うものか、知っているかい?」


と、尋ねる。

 意図が分からず困惑するカインだったが、すぐに、


「クリスの口振りからも、未来が視えるって事……だよね?」


と、答えた。

 だが、ユーガは小さく首を振る。


「それは、半分正解で、半分不正解だ」


 ユーガの言葉に、一瞬ムッとするカインだが、彼が口を開くより先にユーガが言葉を紡ぐ。


「時見族が視るのは未来だけじゃない。すべての時。すなわち、過去も遡る事が出来る」


 その言葉に、思わず「そんな話聞いた事ない!」と、カインは驚きを隠せない。

 しかし、ユーガの言葉、声、表情から嘘を言っていない。だからこそ、カインは一層困惑する。


「当たり前だろ。過去なんて見えた所で、何の役にも立たないからね。言う程の事じゃない。むしろ、彼ら時見族にとって重要なのは、未来なんだから」


 少し寂しげな表情を浮かべるユーガだったが、すぐに深い息を吐き、言葉を続ける。


「フォンの力が覚醒したのは、その時見族の力で、己に流れるすべての種族の血の過去を呼び起こしたんだ」

「そんな事……本当にありえるのか?」

「現に目にしているだろ」


 ユーガのその言葉に、カインは思い出す。あの時のフォンの事を。

 確かに、ユーガとの戦いが始まり、フォンはおかしくなった。頭を強く打ったのもあるだろうが、恐らくその打撃が引き金となり、時見族の力により流れる血が目を覚ました。

 そう考えると辻褄が合う。フォンが他の種族の力を使っていた事の。

 全ての説明を終えたユーガは、熱を帯びた吐息を短い間隔で漏らし、肩を激しく上下させる。

 明らかに様子のおかしいユーガに、カインは首を傾げた。


「大丈夫? なんだか、辛そうだけど……」


 カインが心配すると、ユーガは口元に笑みを浮かべ、


「それより……納得してもらえたかい?」


 虚ろな眼差しを向け、ユーガが尋ねる。

 複雑そうに眉を顰めるカインは、納得は行かないものの、その説明の筋は通っている為、渋々と頷く。


「ああ。一応……ね」

「じゃあ……僕の頼みを聞いてくれないか」


 唐突にユーガがそう切り出す。

 突然の事に、訝しむカインは「僕に出来る事なら……」と、警戒しながら答える。

 すると、ユーガは「それじゃあ……」と呟き数秒の間を開け、


「僕を、殺してくれ」


と、真剣な眼差しをカインへと向けた。

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