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第143回 三つ巴?

「ハァ……ハァ……」


 呼吸を乱すカイン。


「何で……こんな事に……」


 ふらつきながら、僅かに霞むその眼で見据えるのは、虚ろな眼差しを向けるフォン。

 刹那、フォンの姿がカインの視界から消える。予備動作もなく、一瞬にして。


「ッ!」


 瞬間、防衛本能が働き、カインは防御態勢に入る。両腕を交差させ、体を守ろうとするカイン。

 しかし、間合いへと踏み込んだフォンは、低い姿勢から上体をやや右後ろへと倒しながら腰を捻らせ、強引に右の掌底を突き上げる。

 その手は交差したカインの両腕の下を抜け、そのまま顎を撃ち抜く。

 体勢が悪い分、威力は落ちるが、それでも、十分な威力の一撃に「ガッ!」と声をあげ、カインの体は浮き上がる。

 奥歯が軋み、苦悶の表情を浮かべるカインの耳に、


「カイン!」


と、穏やかな声が名を呼び、同時にフォンの右側胴部に飛び蹴りが決まる。

 鈍い打撃音が衝撃と共に広がり、フォンの体は軽々と吹き飛ぶ。後方へと倒れながらその光景を目の当たりにするカインの頭は困惑していた。

 そんなカインの正面に佇む少年。ついさっきまで敵対し、拳を交えていたはずのその少年は、黒髪をサラリと揺らし、深く息を吐くと、カインへと右手を差し出す。


「大丈夫か!」


 小柄な黒髪の少年の声に、カインの頭は更に困惑する。そして、困惑のあまり、


「何で、こんな事になってんだ!」


と、思わず叫んだ。

 さっきまで一緒に戦っていたフォンと戦う事になり、さっきまで戦っていた少年が助けてくれる。

 何が起こっているのか、何があったのか、全く理解出来ていなかった。

 倒れたまま頭を掻きむしるカインに、やや冷やかな表情を向ける黒髪の少年。

 その目は訴える。


“君は何をしているんだ?”


と。

 口には絶対に出さないが、彼のその表情、その目が、明らかにそう言いたげだった。

 こんな状況でも、フォンは待たない。爆音を轟かせ、土と土煙を巻き上げ、一瞬で二人の間合いにフォンが入る。

 初速から――一歩、――二歩、――三歩目で黒髪の少年の間合いに踏み込むフォン。地面に残された後塵が消えるよりも早く、フォンは右脇に握り込んだ拳を突き出す。

 風を切る鋭い音が、瞬時に破裂音に変わる。

 黒髪の少年は体を捻り、フォンの拳をかわしていた。だが、振り抜いたフォンの拳は空気を叩き、凄まじい衝撃を広げ、黒髪の少年はよろける。

 それでも、右手を地に着き体を支えると、そのままの姿勢で左のハイキックを見舞う。

 だが、その蹴りをフォンは突き出した右腕を曲げ、肘で受け止める。

 凄まじい打撃音が響き、衝撃が起きる。その衝撃は小柄な者同士のぶつかり合いとは思えぬ程のものだった。

 表情は変えないものの、フォンの上体は大きく左に傾く。


「通った!」


 思わず叫ぶ黒髪の少年は、すぐに体勢を整えると、両拳を腰の位置に引き、息を吸う。肺に空気が入り、背は仰け反る。

 そして、右足を踏み込むと同時に息を吐き、上体を前へと倒しながら腰の位置に握り締めた両拳を突き出す。

 が、一度、二度と瞬きをした黒髪の少年は、ピクリと眉を動かすと、そのまま頭を下げその場に腹ばいに倒れた。

 その瞬間、先程まで黒髪の少年の頭があった空間に、フォンの左足の踵が振り抜かれる。後ろ回し蹴りだった。


「あぶなっ……」


 思わず声を漏らし、黒髪の少年は飛び起き、その場から距離をとった。

 一方、後ろ回し蹴りを放ったフォンも、ふらふらと後退する。

 そして、のたうち回っていたカインもようやく落ち着きを取り戻し、ゆっくりと立ち上がった。

 三つ巴のような形で三人がそれぞれと距離を保つ。

 フォンを警戒しつつ、チラリとカインへと目を向けた黒髪の少年は、乱れる呼吸を整えると叫ぶ。


「僕は、ユーガ! 彼を止める為に、手を貸してくれ! カイン!」


 ユーガと名乗る黒髪の少年の言葉に、「さっき聞いたから!」とカインは返し、不満そうに彼に目を向ける。

 正直な話、さっきまで敵として戦っていた相手の言葉を簡単に信用は出来なかった。

 警戒するカインに向かって、フォンが地を蹴る。それに合わせるように、「危ない!」と叫んだユーガも地を蹴る。

 一歩でカインの間合いへと入るフォン。

 一瞬の出来事に、カインの反応は遅れる。と、同時に先程の一撃が脳内に過り、判断も鈍る。

 左足を踏み込むフォン。

 それに対し、ユーガは眉間へとシワを寄せ、足の裏へと風を集める。

 大きく上体を捻り右拳を振り被るフォンへと、ユーガは足の裏へと集めた風を爆発させ加速し、間合いを詰めた。

 だが、その刹那、フォンの大きく振り被った拳は右から迫るユーガへと振り抜かれた。

 ユーガの勢いは止まらない。

 そして、鈍く重々しい衝撃音が広がり、ユーガの体は軽々弾かれ、カインのすぐ左を通過し地面を転げた。


「ぐっ……ああっ……」


 すぐに体を起こすユーガ。口元から血が溢れ、頭から流れた血が額まで赤く染める。

 流石に今の一撃は致命的だった。油断をすれば意識を持っていかれそうになり、ユーガはそれを必死に堪える。ここで意識を持っていかれると、また自我を失う事になる。そうなると、この場が一層混沌と化す。

 それを理解していた。


「くっ……」


 小さく声を漏らすユーガは、顔を上げフォンの方へと視線を向ける。

 棒立ちのカインを前に、フォンもユーガへと拳を振り抜いたままの状態で棒立ちしていた。

 上体が僅かに前後に揺れ、頭がガクリと項垂れる。そして、その鼻先から血がぽつりぽつりと零れた。

 ユーガはそれを見逃さない。

 予兆だ。蓄積されたダメージに加え、覚醒と暴走により過度な負荷が掛かり、フォンの体が――、脳が――、悲鳴を上げていた。

 フォンの体の限界を悟り、同時にこれ以上戦いを長引かせるのは危険だと判断し、ユーガは歯を食い縛り叫ぶ。


「カイン! 下がれ!」


 ユーガの声に我に返るカインは、鼻から血を流す虚ろなフォンを見据え、右後ろへと飛び退く。

 一方、叫んだユーガは、重心を落とし、左手を地に着き、前傾姿勢をとる。つま先でしっかりと地面を踏み締め、その足の裏へと風が収縮され、甲高い風切り音を奏でる。

 細胞が活性化され、筋肉は膨らみ、その皮膚には鱗模様が浮かぶ。二度、三度と瞬きを繰り返す眼に、頭から流れる血が入り、その瞳は銀色に光る。


「これで……決着をつける!」


 深く息を吐くユーガは、右手の甲でその血を拭い、力強くそう宣言する。すると、黒髪が発火するように真っ赤に変わり、同時に右手は炎を纏う。

 深く吐き出す息が熱気を帯び、銀色に輝く瞳は真っ直ぐにフォンを見据える。

 そして、足の裏に集めた風が爆発すると同時に、地面が砕け土煙が舞い、低い姿勢でユーガは飛び出す。右手の炎は火の粉を舞わせ、激しく揺らめく。

 滑空するかのように地面スレスレの低い姿勢を保つユーガは、フォンの間合いに入ると右足を踏み込み、右拳を上体を起き上がらせながら突き上げた。

 フォンの顎を狙った鋭い一撃――だったが、それは、空を切る。

 偶然だったのかは定かではないが、ユーガが踏み込み拳を突き上げた刹那、フォンの体が膝から崩れた。

 それにより、その拳は僅かにフォンの頬を掠めただけだった。


「ッ!」


 苦悶の表情を浮かべるユーガ。全力の一撃が、こんな形でかわされるとは思っていなかった。だが、ここで、ユーガは自分のその考えを改める。

 今の一撃は偶然でかわされたわけじゃない。これは――必然だ、と。だから、フォンは動かなかった。こうなる未来を知っていたから。

 焦りと決めつけによるユーガの完全なる判断ミスだった。鼻血を出し動かないフォンにより、その判断ミスが誘発された。

 全てがフォンの手のひらの上だったのだと、ユーガは奥歯を噛み締め、覚悟を決める。

 体勢を崩したフォンの左膝が地面に落ちた。その頬はユーガの拳が掠り、僅かに焦げていたが、そんな事は意に介さず、フォンは拳を突き上げ無防備になったユーガの右脇腹へと、左拳を振り抜いた。

 鋭く振り抜かれたフォンの左拳が、鱗模様が浮かぶユーガの右脇腹へと減り込み、活性化し膨らんだ筋肉の筋を軋ませる。


「グッ!」


 鈍く重々しい打撃音が広がり、ユーガの体がくの字に曲がる。龍臨族の鱗の皮膚も、烈鬼族の活性化による筋力強化も、貫く衝撃にユーガの食い縛った歯の合間から血が溢れる。

 ――刹那、紅蓮の閃光が瞬き、


「いい加減にしろ!」


 カインの声が轟き、炎を纏った左拳がフォンの顔面を打ち抜いた。

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