第141回 何でこんな事に
空へと昇る逆巻く炎の柱。
周囲に吹き荒れる熱風が、辺り一帯の建物の窓と言う窓を割り、呑み込むものを全て焼き尽くす。
暴風の矢に裂かれたバーストの肉体も焼き尽くされ、当然、再生の核であった種も焼失した。もう、バーストが再生する事はない。
植物である以上、これ以上ない程の一撃だった。
炎はやがて消え、その場に座り込むブライドは、手にしていた刃の砕けただの棒と化したものから手を放し、深く、長く、息を吐いた。
体中が熱く、痛い。間近であの熱風を浴びたのだ。体中若干だが火傷を負っていた。
ゆっくりと空から降り立つエルバは、担いでいたウィルスを地面に下ろし、自らもその場に座り込んだ。
流石に、ダメージを受けすぎ、血も流し過ぎた。体はすでに限界を迎えていた。空色の髪は血が固まり所々赤黒くなり、その毛先からは汗が静かに零れる。
「だっせぇー技名だったな」
静寂が漂う中、そう口にしたのはグラッパだった。
彼ももう限界で、仰向けに大の字に倒れたまま、くくくっと、苦しそうに笑う。本当はもっと声を出して笑いたかったが、笑うたびに体に激痛が走った為、そんな笑い方になってしまった。
ついでに鼻も潰された為、鼻呼吸が出来ず、声もややくぐもっていた。
金色の短髪を揺らし相変わらず苦しげに笑うグラッパに、ブライドは小さく肩を竦める。
「いいんだよ。アレで……。どうせ、“二度と”使う事はないだろうし……」
ブライドはそう口にし、肩を竦める。
その言葉通り、ブライドがあの技を使う事はこの先、二度とない。理由は簡単だ。ブライド一人で出来る技ではないからだ。
あれだけの威力の風の矢を正確に射る事が出来るグラッパと、風を取り込み膨張し暴走する風の矢を圧縮し、制御する事の出来るウィルスの二人がいて、初めて出来る技。
だから、二度と使う事の無い技。その名など、ブライドには全く興味も、関心もなかった。
それともう一つ――
「それに、使えないから」
と、砕けた朱色の刃の柄頭から、棒状に変形させたボックス兵器を抜き、グラッパの方へと刃を失った柄を投げた。
柄が地面を転げる音に、ゆっくりと体を起こしたグラッパは、それを見て声を荒らげる。
「お、おい! テメェ! 俺の剣――」
「俺のって……元々、僕の研究所で試作されてたモノだろ」
「知るかよ! 俺が使ってたんだから、俺の剣だろが!」
「なんて理不尽な言い分……」
グラッパの言葉に、呆れた様子で目を細めるエルバ。
そんな言葉を聞き、ブライドは苦笑し、
「分かったよ。今度、改良したのを造るから、それをグラッパにやるよ」
と、肩を竦める。
不満げなグラッパは、眉間にシワを寄せ、眉をピクリと動かす。
「今度っていつだよ?」
「それは、この戦いが終わってからゆっくり話そうか」
そう口にし、ブライドはゆっくりと立ち上がる。足元はおぼつかず、まだ頭がくらくらする。
それでも、こうして休んでいるわけにはいかない。まだ、やるべき事が残っていた。
立ち上がったブライドに、エルバは目を向ける。
「もう、行くのか?」
「……ああ。向こうの戦況も気になるし……あと――」
「親父の事か?」
グラッパが不愉快そうにそう口にする。ブライドは一瞬、困った表情を浮かべた。グラッパの棘のある声で、何を言おうとしているのか分かったのだ。
「一応……家族だ。話して、止められるなら――」
「本当に、止まると思ってんのか? こんな状況で」
「それでも、血のつながった親子だ。話すだけ話すさ」
「……そうか。まぁ、約束は守ってもらう。ぜってぇ、死ぬなよ」
グラッパはそう言うとその場に倒れ込み、その衝撃で体に激痛が走りうめき声を上げた。
その様子に苦笑いし、ブライドはエルバとウィルスに目を向ける。
エルバとブライドの視線が交錯。そして、ブライドは困ったように微笑し、
「ウィルスは……生きてる?」
と、尋ねた。
その声が聞こえたのか、ウィルスは血に塗れた右手を軽く挙げ、その手をヒラヒラと振る。顔を上げる事もなく、声を出すわけでもなくそうしたのは、ウィルスがこの中で一番消耗し、一番ダメージが大きかったからだ。
両手両足は傷だらけで血に染まり、左脇腹も風の矢に抉られたように切り傷が無数に刻まれ、未だに出血は止まっていなかった。
殆ど戦闘には参加していないが、間違いなく、今回の戦いの一番の功労者と言っていいだろう。
そんなウィルスに、
「ゆっくり休んでくれ」
と、ブライドが労いの言葉を掛けると、ウィルスはゆっくりと右手を下ろした。
その様子に、グラッパは目を細め、
「死んだか?」
と、思わず口にする。
場の空気が一瞬凍り付くが、
「……生きてるから」
と、静かなウィルスの声が聞こえ、ブライドとエルバは安堵したように吐息を漏らした。
口にはしなかったが、ブライドもエルバも、一瞬グラッパと同じ事を考えた。それほど、ウィルスは重傷だった。
だが、声を聞け安心し、ブライドはもう一度息を吐き、
「じゃあ、僕は行くよ」
と、エルバ、グラッパの順に目を向ける。
グラッパは早く行けと右手を払うように動かし、エルバは困ったように眉を曲げ微笑し、
「ダメージが抜け次第、あとを追う」
と、ブライドを見送った。
足を引き摺るようにしながら駆けていくブライドの後ろ姿。それを見て、グラッパは眉間にシワを寄せる。
「死に急いでんな」
ボソリとグラッパがそう口にすると、エルバも目を細める。
「責任を感じているんだろう。原因は自分の父親だからな」
「……だとしても、背負いすぎだろ」
「そういうものさ……」
と、エルバは空を見上げた。漂うチリは、燃え尽きたバーストの成れの果てなのか、それともただの土埃だったのか定かではない。
ただ、エルバはそのチリを見据え、小さく息を吐いた。
思うところはあった。体を乗っ取られていたと言え、父であるバーストとの死闘。それでも、エルバは心が痛んだ。気持ちが――、覚悟が揺らいだ。
それでも、コイツは父の皮をかぶった化物だと、自分に言い聞かせた。
だが、ブライドは違う。その言い訳は通用しない。この戦いの主悪の根源である父シュナイデル。彼と対峙しなければならない。
彼の苦悩は計り知れないだろう。
そんな事を考え、エルバは小さく息を吐いた。
場所は変わり、飛行艇が燃え上がる森の奥――……
「ハァ……ハァ……」
呼吸を乱すカイン。額から血が流れ、白煙の上がる髪は毛先だけが赤く染まっていた。
体は重く、膝が震える。立っているだけでも精一杯だが、カインは目の前に佇む男を――フォンを見据えていた。
ゆらり――ゆらりと、体が前後に揺れ、虚ろな眼が茶色の髪の合間から覗く。
「何で……こんな事に……」
ボソリと呟くカインは、眉間にシワを寄せ、奥歯を噛み、拳を握り締める。
その瞬間、フォンの姿が視界から消える。そして、次の瞬間、カインの間合いへと姿を現し、右足を踏み込む。
「ッ!」
瞬時に防御態勢に入るカインだが、交差した両腕をすり抜けるように右の掌底が顎をかち上げた。
「ガッ!」
体が伸び、僅かにカインの体は浮き上がる。
――刹那
「カイン!」
穏やかな声がその名を呼び、フォンの右側頭部へと飛び蹴りを見舞う。
衝撃と共にフォンの体が吹き飛び、後方へと倒れるカインの前に黒髪の小柄な少年が残った。
ゆらりと黒髪を揺らし、深く息を吐く少年は、倒れたカインへと右手を差し出し、
「大丈夫か!」
と、声を掛ける。
口から血を流し、その手を見据えるカインは、奥歯を噛み目を細め、
「何で、こんな事になってんだ!」
と、一人困惑したように叫んだ。




