第137回 流れる動き
鋭く振り抜かれる右拳。
それを切り返す剣。
血が弾け、鮮血が地面に飛び散る。
よろめき、後退するグラッパ。だが、その視線は真っ直ぐに、正面のバーストを見据える。
一方、バーストは更に踏み込み、切り付けられた右拳を振り被り、同時に左拳を放つ。その拳はグラッパの右脇腹を抉る角度で振り抜かれる。
しかし、その腕を横から間合いを詰めたブライドが朱色の刃の剣で叩き落す。
それに合わせ、グラッパは踏み込んだ左足へと重心を移行し、右手の青い刃の剣を突き出した。飛沫が弾け、破裂音が広がり、突きは加速。刃は――切っ先は、バーストの右肩を貫く。
「ッ!」
初めてバーストの表情が歪み、右肩が大きく後方へと押される。それにより、バーストの右足が一歩退かれ、上体は仰け反る。
体勢が崩れながらも、バーストはそのまま引き下がらず、その体勢から左足で上段蹴りを放つ。
しかし、それはグラッパに届かない。軸足である右足を水面蹴りにより刈られたのだ。
「ッ!」
思わず表情を歪めるバースト。その視線は正面にいたグラッパに向き、倒れる最中、その横にいるブライドへと向く。
そして、最後に、自分の右足を水面蹴りで刈ったであろう背後にいる男――エルバへと視線は動く。
仰向けに倒れ込むバーストの顔面に、エルバはすぐさま右拳を振り下ろし、グラッパは肩から引き抜けた剣を再度バーストの胸に向かって突き立てた。
呼吸を乱すグラッパは、柄頭に両手を置き、体重を乗せエルバへと顔を向ける。
「テメェ、起きてやがったのか?」
やや掠れがかった声のグラッパに、振り下ろした右拳を持ち上げながらエルバは答える。
「ついさっき、気がついた」
「の割に随分と状況が把握できているな」
ふらつくブライドは右手で額を押さえエルバへと眼を向けた。
呼吸を整えるエルバは、小さく息を吐き、
「一応、声は聞こえてたので……」
と、苦笑した。
「随分と便利だな。意識失ってる間も声が聞こえてるとか」
呆れたように呟くグラッパは、小さく首を振った。そんなグラッパに、エルバは困ったように眉を曲げ、
「いや、流石にそこまで変態では……ただ、薄っすらと意識が戻ってきてたので、聞こえていたってだけで」
と、言葉を訂正する。
顔がつぶれ、胸に刃を突き立てられたバーストへと視線を向けるブライドは、眉間にシワを寄せた。
「ウィルスの安否は心配だが、これで、ようやく戦力が整ったわけだが……」
「まぁ、三人とも手負いではありますが……」
小さく息を吐き、エルバはもう一度苦笑した。
その刹那、バーストの腕が動き、殺気が一瞬でその場を凍り付かせる。
当然、三人もすぐにその殺気に、その場を飛び退き、バーストから距離をとった。
完全に心臓を貫いた。頭も潰した。それでも尚、バーストはゆっくりと起き上がる。
「おいおいおい……確実に心臓を突き刺したんだぞ」
表情を引きつらせるグラッパは、青い刃の剣を構え、ブライドに視線を送る。
「さっき、話したろ。こいつは植物だ。種がある限り復活する」
「通りで、頭を潰しても立ち上がるわけか……」
納得するエルバは、拳を握り直し、バーストへと突っ込む。
「種は間違いなく心臓にある」
ブライドはそう言い、朱色の刃の剣を腰の位置に構える。
起き上がったバーストに、左足を踏み込むエルバは、右拳を振り抜く。鈍い打撃音が響き、衝撃が広がる。
「ッ!」
エルバの表情が歪む。エルバの右拳に、バーストも体を捻り繰り出した右拳をぶつけていた。
両者の体が――いや、同じ力でぶつかったにも関わらず、エルバの方が一方的に弾かれる。
「なら、もう一回、心臓を貫きゃいいんだろ!」
体を捻り、背を向けるバーストの背後へとグラッパは入った。
「ま、待て! グラッパ! そうじゃ――」
ブライドが制するが、すでに遅い。
踏み込まれた左足。そのつま先へと重心を移動しながら、上体をやや左へと傾け、肩口から淡い青色の刃の剣を突き出す。
軌道は一直線。筋肉の動きから骨と骨の隙間を縫い、刃はバーストの心臓を再び貫き、切っ先がその胸から突き出す。
「離れろ!」
グラッパへと、吹き飛んだエルバが、体勢を整え叫ぶ。
「はぁ?」
その言葉に思わずそう返答するグラッパが、視線を上げた刹那、バーストの右肘が顔面を殴打する。
鈍い音が響き、グラッパの顔面が弾かれる。鼻から血が噴き出し、根元まで突き刺さっていた剣がそのまま引き抜かれる。
「がっ……」
よろよろと後退し、表情を歪めるグラッパは、左手の甲で鼻を押さえ、右手に握った剣を構えなおす。
首をバキッバキッと鳴らすバーストは、グラッパへと体を向け、ふてぶてしく笑む。
「残念だったな。私が植物だと分かった所で、貴様らではどうする事も出来まい」
眉間にシワを寄せるグラッパは、左手の甲で鼻血を拭う。
「なら、燃やせばどうだ!」
バーストへと死角から突っ込むブライドが、朱色の刃の剣を振り抜く。
刃は空を切り、風を刃に取り込み火花を散らせた後、発火し、刃を炎で包み込み、バーストの体を斬り付ける。
だが、ブライドの表情は険しく、バーストの背を見据える。
「どうした? その程度の火力で、どうこうできると、本気で思っているのか?」
黒煙を噴く傷口が、すでに修復していた。
バーストの言う通り、火力が足りない。今のブライドの剣を振る速度では、これ以上の火力は出せない。故に、ブライドの表情は苦悶に歪む。
「ボーッとすんな!」
グラッパの鼻声にブライドはすぐにその場を離れる。遅れて、バーストの蹴りが空を切り、鋭い風がブライドの黒髪を揺らす。
グラッパの声が無ければ、側頭部を狩られ、意識を断たれていただろう。
小さな舌打ちをするバーストへと右からグラッパが切りかかり、左からはエルバがボディーブローを放つ。
蹴りを放った直後のバーストは、それを一瞬で把握し、右足を退く。そして、重心を後方へと移動させると、右手でグラッパの剣を受ける。刃は深々とバーストの腕を肘まで裂いた。
だが、バーストは表情一つ変えず、重心を左足へと移動し、左の肘打ちでエルバのボディーブローを防ぐ。
鈍い音が響き、互いの骨が軋む。
「ッ!」
「くっ!」
ほぼ同時に仕掛けたグラッパとエルバの一撃を、一連の流れで防いだバーストは止まらない。すぐに重心を右足へと移動し、左の膝蹴りをグラッパの腹に見舞う。
バーストの膝が深く腹に食い込み、グラッパの体はくの字に折れ、口からは唾液が飛ぶ。更に、前屈みになるグラッパの顔面を、バーストは左拳で殴打した。骨と骨ががぶつかる嫌な音が広がり、グラッパの体は弾かれる。
グラッパを殴打すると同時に、バーストは空中に浮かせたままの左足へと重心を素早く移動させ、上体を捻る。完全にエルバへと背を向ける形になっているが、次の瞬間、エルバの視界は暗転し、大きく弾き飛ばされる。
バーストの右足から放たれた後ろ回し蹴りを頭蓋に受けたのだ。
一瞬の出来事だった。
グラッパとエルバのほぼ同時の攻撃を防ぎ、攻撃に転じるまで。乱れる事のない流れるような一連の動きを、ブライドは理解するまで数秒を要した。
「うぐっ……」
瓦礫が崩れ、ふらつきながらエルバが立ち上がる。
「ふっ……。力を抜き、浮き上がる事でダメージを軽減したか……」
頭を右手で押さえ、険しい表情を浮かべるエルバは、右腕が修復されていくバーストを睨んだ。
バーストの言う通り、エルバは後ろ回し蹴りが直撃する直前で、体を浮かせた。避ける事が不可能だと、判断した結果の苦肉の策だ。それでも、ダメージは深刻で、視点はまだ定まっていない。
一方、殴れ吹き飛んだグラッパは、崩れた壁の向こうからゆっくりと姿を現す。
殴れ吹き飛んだ後、高層の建物の壁に激突し、そのまま室内まで飛ばされていたのだ。
「くっそがっ……」
崩れた壁に左手を着き、両肩を大きく揺らすグラッパは、悪態を吐き、鼻血を拭う。
こちらも、エルバ同様、深刻なダメージを負っていた。
満身創痍の三人に、修復の終わった右手の感覚を確かめるように握りしめるバーストは、静かに笑う。
「この程度で戦力が整った? 勘違いも甚だしい。私が植物である事が分かろうが、その程度の連中が幾ら集まっても無意味だ」
バーストの言葉が、満身創痍の三人に刺さる。
「無力だな。貴様らは」
「随分、お喋りだな」
バーストの言葉を、グラッパが遮る。
「何?」
「どうやら、あんたも限界が近いみたいだな」
グラッパの方へと視線を向けたバーストに、今度はエルバがそう口にする。
「誰が限界だ」
「勝つぞ! この戦いに!」
バーストの言葉など無視し、ブライドはそう叫ぶ。自らを鼓舞するように。限界の近いグラッパとエルバを鼓舞するように。




