第135回 止まらない
ウィルスに向かい急降下するバースト。
その姿を目視したブライドは、風の矢を射る。一発、二発ではない。十発、二十発の大量の風の矢を放つ。幸い、矢に制限はない。幾らでも射る事が出来る。
故に、ブライドは躊躇う事なく矢を連射する。
しかし、それによる弊害も生まれていた。それは、一発一発の威力の低下だ。
風の矢はタメが長ければ長い程威力が増幅される為、殆どタメのない連射では、著しく威力は落ちる。だからこそ、ブライドの狙いは急降下するバーストではなく、ウィルスへと向いた。
彼の――風牙族の力があれば、その威力も増幅させられる。そう考えたのだ。
何十発と放たれた風の矢は吸い寄せられるようにウィルスへと向かう。
「任せるぞ!」
ブライドの声に、ウィルスは一瞬険しい表情を浮かべるが、急降下するバーストを一瞥し、両手を振り上げる。
「あーあっ! 俺の負担大き過ぎだ!」
振り上げた両手に風を集め、それを振り下ろすと同時に爆発させる。それにより、体が多少なりに浮き上がり、同時に体勢も整えた。
視線はしっかりと急降下するバーストへと向けられ、腰を捻り両足へと風を集める。
そして、深く息を吐き、左回りに回転する。高度を維持しつつ、両手に集めた風を爆発させ回転を加速させる。
そんなウィルスに吸い寄せられるように、ブライドが放った風の矢は向かう。
それを、風の流れで察知し、ウィルスは右膝を九十度に曲げ風の矢を受け、左脚はピンと伸ばしたまま風の矢を受け取る。
右脚で受けた風の矢は、蹴り出す様に膝から先を振り抜き放つ。その際、踵で更に風を爆発させブーストをかけ、風の矢を撃ち出す。
一方、左脚で受けた風の矢は、踵で跳ね上げるように膝から先を後ろへ弾く。その際に、今度は爪先で風を爆発させブーストをかける。
これの繰り返し。ウィルスは、息をするかのように容易くそれをやっているが、こんな芸当、熟練の風牙族でも簡単に出来るものではない。
加速し、威力の跳ね上がった風の矢は、全て急降下するバーストへと向かうと。
だが、バーストは止まらない。それどころか、避ける素振りも見せない。もちろん、風の矢が当たっていないわけじゃない。左肩に三発。右肩には二発。しかも、右肩は風の矢により肩口から抉れ、鮮血が大量に噴き出していた。
「おいおいおいおい……普通、止まるだろ……」
矢を放ちながら、ブライドは表情を引きつらせる。
それほど、バーストは異常だった。
当然、風の矢を蹴り出すウィルスもその異常さを感じ、額に汗が滲む。だが、二人のやる事は変わらない。
ブライドは矢を放ち、ウィルスはそれを強化し撃ち出す。急降下するバーストが止まるまで、それを続けるだけだった。
ウィルスが撃ち出す矢は次々とバーストの体を掠める。それでも、バーストの急降下は止まらない。両翼がもがれようとも、右目を潰されようとも、バーストは止まらない。
「クソっ!」
ウィルスは眉間にシワを寄せると、左腰に差した刀を左手で鞘ごと抜く。
そこからは、一瞬だ。すぐに刀を手放し、それを右手で受け取り、左手で柄を握る。右手の親指で鍔を弾き、鞘から手を離す。
回転により、刀が鞘から抜け、美しい刃が姿を見せる。
それを、胸の前で構え、右手の平で鍔を押さえ、右腕(手首から肘)を峰に沿わせ、刃を固定し、奥歯を噛んだ。覚悟を決めたのだ。
「ウィルス!」
ブライドが叫ぶのと同時に鈍い衝撃音が広がり、高層の建物が崩れる。バーストがウィルスへと衝突し、そのまま高層の建物へと突っ込んだのだ。
半壊する高層の建物。大量の土煙が舞い、大小様々砕石が地上へと降り注ぐ。
手を止め、茫然と立ち尽くすブライド。その表情はみるみる険しく変わり、鼻筋にシワが寄る。
「化物か……」
思わずそう口にするブライドの視線の先に、それは居た。
土煙が薄れる中に浮遊する両腕を捥がれ、黒翼も抉られ、頭も鼻先から上が切り落とされながらも、バーストはそこにいた。
血がドロドロと流れ出て、地上へとボトリ、ボトリと落ちる。異臭が鼻を刺激し、ブライドは半歩後ずさる。
「残念……だったな……」
突然響いた声に、ブライドは目を見開く。
「あの状態で……話せるのか?」
驚きの声を上げ、浮遊するバーストを見据える。生きている事が不思議な程の状態で、尚喋り出すと誰が想像出来ただろう。
左目で真っ直ぐにバーストを睨み、ブライドは思考を張り巡らせる。
状況は最悪だ。ウィルスの安否は不明。グラッパ、エルバの二人は戦闘不能。戦えるのはブライドだけ。
しかも、相手は上空にいて、両腕と頭を半分失っても生きているバースト。そんな化物を一人で相手をしなければならないのだ。
最悪と言わず、何と言う。
ギリッと奥歯を噛むブライドは、矢を引く。
「無駄だ。お前の矢は私には届かない」
先程は途切れ途切れだった声が、鮮明に聞こえた。
「なっ!」
思わずブライドは声を漏らす。視線の先で今まさに信じられない事が起こっていた。
失われた腕が、血飛沫を上げ体から生えた。そして、完全に真っ二つにされていたはずの頭も再生され、バーストはその頭を右へ、左へと傾けながら、地上へと降り立った。
「何を驚いている?」
地上に右足を着き、ゆっくりと左足を下ろす。
バーストはさも当然と言わんばかりに、ブライドを見据える。
「大分……消耗したか……」
再生した腕の感覚を確かめるように腕を曲げ、拳を握ったり開いたりを繰り返す。まだ再生したばかりで体の感覚がおかしいのだろう。
「まだ、馴染まないな……」
バーストはそう呟き、首の骨を鳴らした。そして、ブライドを見据え右拳を胸の高さで握りしめる。
「さぁ、続きを始めようか? それとも、また……逃げるのか?」
ふてぶてしく笑むバーストに、ブライドは「くっ!」と声を漏らす。
“また……逃げるのか”
そう。ブライドは二度逃げ出した。父であるシュナイデルの研究が危険だと分かっていながら、止めなかった。
自分には関係ない。自分の制作しているモノの方が優先だ。それを口実に逃げた。これが、一度目。
二度目は、シュナイデルの人体実験が完成した時。流石にそれは、非人道的だとブライドはシュナイデルに剣を抜いた。だが、すでに彼の側近にはバーストとレバルドがいた。
その二人の前にブライドは手も足も出ず、敗走。
結局、ブライドの判断が、今のこの状況を生み出したと言っても過言ではなかった。
その責任を取る為、ブライドには逃げると言う選択肢は元から存在しない。
ふてぶてしく笑みを浮かべ、弓にしていた二本の剣を分解する。
「僕に逃げるって言う選択肢はもうないんだよ」
「そうか。なら、全力で殺してやろう」
バーストは拳を握り、ブライドは二本の剣を構える。
額から汗を滲ませるブライドは、右足をジリッと前へと出す。息を呑み、頭まで響く心音を落ち着ける為、ゆっくりと深呼吸をする。
「あの頃とは違うと言う所を見せてみろ」
バーストが地を蹴り、ブライドはそれに対応する為に後方へと下がる。
一瞬で間合いを詰めてきたバーストの右拳が、ブライドの顔の前を通過する。留まって入れば、間違いなく直撃していた。
奥歯を噛むブライドは、右手に持った朱色の刃の剣を振り抜く。朱色の刃は風を切り、火を噴く。
それをバーストは跳躍してかわし、そのまま回し蹴りをブライドへと見舞う。
「ぐっ!」
左腕で蹴りを受けたが、ブライドの体は大きく弾かれる。その足がもつれ、膝が僅かに折れる。だが、何とか踏みとどまった。
しかし、バーストの攻撃は止まらない。すぐに右足を踏み出し、距離を詰めると、腹を抉るような角度で右拳が突き出される。
それを、上半身を縮こませ、左肘で受けた。骨が軋み、激痛が走るが、ブライドは奥歯を噛み堪え、左手に持った淡い青色の刃の剣を払うように振るう。
だが、刃は届かない。バーストはすぐに距離をとり、間合いの外へと出ていた。
「どうした? そんなものか?」
挑発的なバーストの言葉に、ブライドは静かに笑う。
その態度に、バーストは不愉快そうな顔をみせた。
「何がおかしい?」
「よく喋るな、と思ってな」
ブライドの言葉に、バーストの右の眉がピクリと動く。
「だから、何だと言うんだ?」
「別に、深い意味は無いさ」
と、ブライドは肩を竦めた。




