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第133回  攻 防

 時は少しだけ遡る――……

 瓦礫の山を蹴り、グラッパは直進する。

 右手には柄の長い淡い青色の刃の剣、左手には朱色の刃の剣を携えて。

 低い姿勢で地を駆けるグラッパの血で根本が赤黒く染まった金色の短髪が逆立つ。

 鋭い眼の奥、瑠璃色の瞳が見据えるのは、禍々しいオーラをまとう黒翼を広げる化物バースト。

 二人の視線が交錯。そして、グラッパの右足が踏み込まれ、右腕で外へと払うように剣を振るう。

 蒼い閃光が閃き、刃は空を一閃する。僅かに背をのけ反らせ、頭を引いたバーストの喉元を切っ先が掠めた。

 その僅かな感触に、グラッパは白い歯を見せ、


「まだ終わりじゃねぇぞ!」


と、腰を回転させ、左足を踏み込み、腰の位置に構えていた朱色の刃の剣を突き出す。

 その勢いで刃が火を噴き、熱風が空気を貫く。

 だが、バーストはその刃を右足を退き、上半身をひねる事でかわす。それでも、刃を包む炎がバーストの胸を掠め、皮膚を僅かに焼いた。

 小さく舌打ちをするグラッパ。

 そんな彼を見据えるバーストの冷めた目。

 上半身をひねる事により、大きく振りかぶられた右拳を握りしめ、バーストは左足へと重心を乗せる。

 バーストのその動きに、グラッパは即座に反応し、その場を飛び退く。遅れて、バーストの右拳が振り抜かれ、空を切った。

 そのひと振りで大量の土煙が舞い上がり、飛び退いたグラッパの体が僅かに揺らぐ。


「あぶねぇ……。一発でも貰えばアウトだな」


 バーストをあざ笑うような薄ら笑いを浮かべるグラッパだが、その実、冷や汗を僅かながら掻いていた。

 それほど、驚異的な一撃だった。だが、グラッパは自信があった。その一撃を受けない自信が。

 故に、グラッパは両手に持った剣を下段に構え、低い姿勢でバーストの間合いへと再び飛び込む。


「さぁ! ノーガードの打ち合いだぜ!」


 右足を踏み込み、右手に握った淡い青色の刃の剣を下から腹へと向かい振り抜かれる。

 すぐさま左足を退いたバーストは、グラッパに対し体を横にし、そのまま大きく上体をのけ反らせた。

 青白い閃光は、そんなバーストの体のスレスレを過ぎ、僅かに逃げ遅れた髪の毛を散らせた。

 二人の視線が一瞬交錯する。

 グラッパは振り抜いた右腕の手首を返し、自らの頭上へと腕を回し、今度は上から勢いよく剣を振り下ろす。

 だが、その刹那グラッパは上半身を後方へと引き、頭を逸らせる。直後、グラッパの鼻先をバーストの拳が掠める。


「ッ!」


 奥歯を噛み、表情を歪めるグラッパ。その鼻からは血が溢れ、グラッパの呼吸が乱れる。

 さらに最悪な事に、上体を引いた事により振り下ろした剣は、切っ先が僅かにバーストの右わき腹を掠めただけとなった。

 下唇を噛むグラッパは、大きく開いた口で息を吸い、バーストを睨む。まさか、あの体勢から拳を振り抜いてくるとは思っていなかった。

 だが、グラッパは見逃さない。拳を突き上げ無防備になったその右脇腹を。

 すでに攻撃する準備は出来ていた。上体を引くと同時に引かれたその左手の剣が――。

 踏み込まれた右足へと重心を移動し、引いた上半身を前方へと戻す。そして、右腕を引き、放つ。左手に握られた朱色の刃の剣を。

 勢いよく突き出されたその刃は火を噴き、最短距離でバーストの右脇腹へと迫る。

 しかし、その腕がピタリと止まった。そして、小さく舌打ちをしたグラッパは慌てた様子で二本の剣を交差し、頭上へと構えた。

 遅れて、衝撃がグラッパの両腕を襲う。


「くうっ……」


 バーストは躊躇いなく突き上げた右腕を畳み、肘をグラッパに振り下ろしていた。交差した刃に膨れ上がった腕の筋肉が食い込み血が溢れる。

 衝撃に沈む体。それを堪えるグラッパは、大きく開いた口で荒く呼吸を繰り返す。


「テメェが……その気なら……その腕切り落としてやるよ!」


 両手に力を込めたグラッパは、その腕を引く。バーストの右腕を切り落とさんと、勢いよく。

 ――だが、その瞬間、バーストの右腕が刃から離れる。交差したグラッパの剣は空を裂き、勢いよく振り下ろされる。

 刹那、グラッパは気付く。


(しまっ――)


 両腕が振り下ろされ、無防備になった上半身。当然、そうなるよう誘発したバーストが、それを見逃すわけなどなく、上半身を起き上がらせる勢いをそのままに左拳がグラッパの顔面を打ち抜いた。

 鈍く重い打撃音が広がり、グラッパの体は後方へと大きく弾かれた。

 それでも、グラッパは膝を着く事なく、二本の剣を地面へと突き刺し、体を支える。


「ぐっ……ガハッ……」


 大きくのけ反った背を戻し、項垂れたグラッパの口から大量の血が吐き出される。

 今の打撃で脳を揺らされ、意識はもうろうとし、視点も定まっていない。おまけに完全に鼻が血でふさがり、呼吸が苦しい。

 それでも、グラッパはその場に佇み、震える膝に力を込め、地面に突き立てた剣を抜いた。

 足元が覚束かず、上半身も前へ後ろへと今にも倒れてしまいそうに揺れる。


(や……やられた……)


 もうろうとする意識の中でも、思考を働かせるグラッパは、自らの行動を悔やむ。


(野郎……理性が無いフリしやがって……)


 グラッパの虚ろな眼がバーストを睨む。

 完全に騙された。強引な力推しの攻撃故に、バーストは理性を失い暴走している。そう、グラッパは判断していた。見た目の変化や一言も言葉を発しない事も、そう判断するのに十分な要因となった。

 だが、それはすべてバーストのブラフ。そもそも、理性など失っていない。強引な力推しもグラッパに自分が理性を失っているのだと信じ込ませる為だった。

 貰ってはいけない、受けてはいけない一撃。それを食らってしまった今、それを悔いても仕方がなかった。

 朦朧としながらも、思考を巡らせるグラッパ。だが、すぐにふっ、と笑いを噴かせ、考えるのをやめた。

 頭をゆっくりと左右に振り、


(……やめだやめ。考えるだけ無駄だ。俺のやる事は――)


 剣を握る手に力を込め、グラッパはゆっくりと深く息を吐き出す。

 呼吸は大分整った。それでも、鼻が血で塞がっている事は変わりない。いや、血で塞がっていると言うより、完全に鼻の骨が折れている。故に、血が止まらない為、長期戦は不可能。

 やれる事などただ一つ。


「さぁ……続けようぜ……」


 掠れた声を発し、虚勢を張るようにふてぶてしく笑むグラッパの眼は真っ直ぐにバーストを見据える。

 視点はまだ僅かに揺らぎ、定まっていない。

 そんなグラッパにトドメを刺す為、バーストは静かに拳を握りしめると、背に生えた黒翼を広げ、低い姿勢で地を滑空しグラッパへと迫った。

 ふてぶてしく笑むグラッパは大きく息を吸い、バーストを迎え撃つ。

 二人の距離が縮まり、グラッパの間合いにバーストの右足が入った。だが、グラッパはまだ動かない。揺らいでいた視点は定まり、その眼はバーストだけを見据える。

 森と共に暮らす彼ら地護族は、どの種族よりも目に優れている。特にグラッパは動体視力が他を寄せ付けぬ程優れていた。

 故に彼は見極める。些細なバーストの体の――筋肉の動きを――。

 低い姿勢から浮き上がるように上体を起こしつつ、バーストはその肩口から左拳を捻り出す。

 直後、バーストの眼が見開かれ、鮮血が迸る。

 大きく背を仰け反らせたのはバーストの方だった。咄嗟に引いた左拳。その人差し指と中指の間には鋭い刃物で切り付けられたような切り傷が付けられ、鮮血が溢れ出していた。

 グラッパの体の前には、淡い青い刃の剣が構えられ、その刃から血が零れ落ちる。

 一瞬、表情を険しくしたバーストだったが、すぐに息を吸い右足を踏み込む。そして、大きく振りかぶった右拳を振り下ろす。

 その動きに合わせるように、グラッパは左手に持った朱色の刃の剣をバーストの拳の軌道上へと持っていく。

 バーストの右拳は吸い込まれるようにグラッパの出した朱色の刃へと直撃する。刃は中指と薬指の間へと入り込み、その拳を深く切り付けた。

 反射的になのだろう。バーストの右拳が退かれ、鮮血が刃と拳との間に一瞬、線を描く。それほど、出血が酷かった。

 だが、バーストは怯まない。痛みなど意に返さないのか、続けて左拳を振り抜く。

 そして、グラッパもそれに合わせるように剣を、腕を、体を動かす。

 鮮血が弾け、三度バーストの拳が退かれ、三度拳が振り抜かれる。

 狂ったように両拳を交互に、角度を変えながら振り抜くバースト。

 その拳を的確に刃で切り付けるグラッパ。

 近距離での意地の張り合い。一撃でも貰えば終わりのグラッパの研ぎ澄まされた集中力。それにより、バーストの拳を防いでいるものの、剣に伝わる衝撃だけはしっかりと体に伝わっていた。徐々にだが、グラッパの体は押され、上体も僅かにだがのけ反るようになっていた。

 一方、狂ったように拳を振るうバースト。もう両拳に痛みなどないのか、腰の回転が上がり、拳を振り抜く速度も上がりつつあった。

 周囲に散乱する鮮血。それが、二人の激しい攻防を物語っていた。

 バーストの拳は痛々しく深い傷が複数刻まれ、血で染まっていた。

 このまま行けば、グラッパの方が先に力尽きるのは目に見える。だが、先に行動を起こしたのはバーストの方だった。

 唐突に殴るのをやめると、後方へと跳躍し、すぐに空気を蹴り空へと舞う。背に生えた黒翼が一度空を掻き、突風が地上へと吹き荒れた。


「――逃がすか!」


 瞬時に二本の剣の柄を合わせると、それを左手に持ち、右手をそこに添えると、弓を引くように右手を胸の前まで引いた。

 すると、その動きに連動するように風の矢が二本の剣の柄を合わせ作られた弓へと装てんされ、グラッパはそれを空へと舞ったバーストへと放つ。


「行けっ!」


 全身全霊を込めた一発。もう次の一発を放てる力は残っていない。グラッパの体は限界で、両腕は矢を放つとすぐに下ろされた。

 放たれた風の矢。それは、空気を取り込み発火し、鏃は激しい飛沫を噴かせる水に包まれる。

 瞬時にそれが危険なものだと判断するバーストだが、臆す事なく、その矢へと一直線に急降下し始めた。そして、大きく振り被った右拳を、その矢へと勢いよく振り下ろす。

 矢とバーストの右拳が衝突。その瞬間、凄まじい衝撃が広がり、周囲の建物の窓と言う窓が、壁と壁が、割れる――いや、砕けた。

 そして、衝撃は続けて地上へと広がり、地面が大きく揺れ、大量の土煙が舞い上がった。

 遅れて二つの足音がそこへと近付く。

 ゆっくりと顔を上げるバースト。血に染まった拳がゆっくりと持ち上がり、その下から血に染まったグラッパの顔が地面から覗く。

 僅かながら呼吸はあるものの、グラッパの意識は完全に断たれ、地面に大の字に倒れて動かない。

 ゆっくりと立ち上がり、土煙の中、足音の方へとバーストは顔を向けた。

 微量の風が吹き、土煙は静かに晴れていく。やがて、バーストは二人の青年の姿を視界に捉え、


「まだいたのか」


と、静かに呟いた。

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