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第132回 最悪を想定して

 高層の建物で挟まれた薄暗い路地で、大きな爆発が起き、リオン達は爆風で路地から弾き出された。

 地面を転げたリオンは、すぐさま体勢を整える。レイド、カーブンの二人もすぐに体勢を整え、攻勢に出る為、武器へと手を伸ばす。

 一方、いち早く体勢を整えたレックは鬼のような形相で、未だ土煙の舞う路地へと向かい駆け出す。


「レック! 戻れ!」


 リオンの制止などレックには届かない。それほど、レックは激昂し、周りが見えていなかった。

 小さく舌打ちをするリオンは、眉間にシワを寄せる。

 爆発で起きた衝撃で路地を挟んでいた高層の建物の壁は、三階まで抉れ、おまけに建物は少しだけ傾いていた。

 舞っていた土煙が薄くなり、瓦礫の散乱する路地に佇むレバルドの姿と、彼に向かうレックの姿があらわとなる。

 渋い表情を浮かべるリオン。

 激昂し、我を失ったレックには感じないのだろうが、彼以外の三人はヒシヒシと感じていた。レバルドの放つ圧倒的な威圧感を。


「どうします」


 ジリッと右足を引いたカーブンが背負った大剣の柄を握り、リオンへと尋ねる。

 当然、その問いへの答えは決まっていた。


「戦うしかないだろ」


 尋ねたカーブンもそう返される事は分かっていた。それでも、どうするか、と尋ねたのは、覚悟を、この戦いの意味を再度認識する為だった。


「逃げるって選択肢は僕らにはないと思っていいよね」


 この状況でも何処か余裕を見せるレイドが、腰に差した剣の柄を握った。

 当然、レイドに余裕などない。あくまで自分に、自分自身に余裕があると言い聞かせていた。そうしなければ、レバルドの威圧感に呑まれてしまうからだ。

 鈍く重々しい金属音が響き、衝撃が広がる。と、同時に、路地の方からレックが弾き出された。


「くっ!」


 何とか両足を地面についているが、上半身は大きくのけ反り、足元には二本の線が深く刻み込まれていた。

 槍による薙ぎ払いをレバルドに容易に返されたのだ。


「クソっ!」


 声を荒らげ、踏み出そうとしたレック。だが、その足が動かない。レバルドに畏怖したわけじゃない。怒りがなくなったわけでもない。

 ただ単に、今の一撃が膝に来ていた。無理に地面に踏ん張った為、一時的にだが膝に力が入らなくなってしまっていた。


「おいおいおい! たったの一撃でそのザマかぁ? えぇっ!」


 両腕を広げレックを煽るレバルド。と、その時、遠くの方で大きな爆発音が轟き、僅かに地が揺れた。


「向こうは激しくやりあってるみてぇじゃねぇーか。こっちは期待外れもいいところだ!」


 爆発音のした方へと顔を向け、レバルドはふてぶてしくそう発する。

 ギリッと奥歯を噛み締めるレックは、鼻筋へとシワを寄せ槍を握る手を震わせる。


「ふざ――」

「落ち着きなって」


 怒りをぶちまけようと、無理に足を動かそうとするレックの左肩に手を置き、レイドがそれを制した。


「憎しみ、怒りは、そりゃ己の力を増幅するだろうけど、冷静さが伴わなければ、それは何の意味もなさないよ」


 レイドはそう言い、レックの体を引く。両足の踏ん張りが利かないレックの体は容易に後方へと倒れ、そのまま尻もちをついた。

 だが、それで、レックの怒りが収まるわけもなく、


「何しやがる!」


と、レイドへと噛みつく。


「冷静になれって言ってんの。バカみたいに突っ込んで勝てる相手じゃないのは、あんたが一番分かってるはずでしょ。元は、あんたの父親なんだから」

「くっ!」


 レイドの言葉に、声を漏らすレックは眉間へとシワを寄せる。

 レイドの言う通り、頭の中では分かっている。父であるレバルドの強さも、自分の強さがレバルドには遠く及ばない事も。


「とりあえず、休め。お前の力は必要だ」


 座り込むレックの横を駆け抜けるリオンがそう告げ、腰の剣を抜く。鞘が投げ出され宙を舞い、煌めく刃の切っ先が地面を割く。


「次はテメェが相手か!」


 槍を回し、腰を落とすレバルドの視線が迫るリオンへと向く。

 だが、リオンは唐突に動きを止めると、バックステップでその場を離れる。


「何のマネだ?」


 意味不明なリオンの動きに、不愉快そうに眉を顰めるレバルド。

 そんなレバルドに、リオンは挑発するかのように、剣の切っ先を向ける。


「おちょくってんのか! テメェ!」


 怒声を発するレバルドが、リオンに向かい地を蹴る。

 一歩目で一気にリオンとの間合いを詰めるレバルドは、右腕を大きく振りかぶり槍を突き出す体勢へと入った。

 直後だった。リオンの瞳が赤く染まり、その背に黒い翼が広がる。

 突然の事に目を張るレバルドの動きが完全に停止した。


「な、なんだそりゃ――」


 思わず驚きの声を上げるレバルド。その目の前でリオンは空へと飛びあがり、レバルドの眼もそれを追うように空へと向いた。

 それと同時に起きる地響き。それはあまりにも激しく、思わずレバルドは槍を地面に突き立てた。


「こ、今度はなんだ!」


 声を荒らげ、震源地を探す。この状況で自然と地震が起きるなど考えられず、この揺れを引き起こしている者がいると考えたのだ。

 レバルドの考え通り、震源地はそこにあった。大剣を地面へと突き立て、その柄頭に両手を乗せ、威風堂々と仁王立ちするカーブンの姿が。


「龍臨族の咆哮を地面に広げてんのか? 一体、何の意味が……」


 意味が分からないと怪訝そうな表情を浮かべるレバルドに、レイドの囁くような声が届く。


「意味はあるさ。あんたの足止めと――」

「足止め? この衝撃では、お前達も動けんだろ」

「僕らは動く必要はないんだよ。だって――」


 レイドの囁くような声を遮るように、建物が軋む。すでに崩れかけの建物が、カーブンの放つ衝撃波で完全に崩壊を始める。

 当然、二つの建物が崩れる先は、二つの建物の間――ちょうどレバルドの佇む路地。

 その事を理解し、レバルドはニヤリと笑う。


「なるほど……。いい考え――」


 レバルドがすべてを言い終える前に、建物が一気に崩れる。

 瓦礫が激しく地面へと叩きつけられ、大きな音と土埃を広げた。その衝撃でカーブンの放っていた衝撃波も打ち消され、尻もちをついていたレックは地面を転げた。

 渋い表情を浮かべ衝撃に耐えるレイドは、鼻から息を吐き眉間にシワを寄せる。

 やがて、衝撃が収まり、土埃だけが周囲に広がっていた。

 黒の翼を広げるリオンが、レイドの右斜め後ろに降り立つ。


「こ、これで、よかったのか?」


 苦悶の表情を浮かべるリオンの背中の翼が灰のような粉を舞わせ、消滅した。

 左膝が地面へと落ち、右手で胸を押さえるリオンの呼吸は激しく乱れ、額からは大粒の汗が零れ落ちる。


「大丈夫?」

「心配ない。少し休めば……。それより――」

「うん。大丈夫。君はいい仕事をしたよ」


 リオンの言わんとしている事を理解し、レイドはそう答え舞う土煙を見据える。


「まぁ、ダメージが与えられればラッキーって感じだけど――」


 レイドの眉間にシワが寄ると同時に、土煙の向こうの瓦礫の山が弾ける。


「ガハハハハッ! 面白れぇ! 面白れぇぞ! テメェら!」


 野太い笑い声が轟き、無傷のレバルドの姿があらわとなった。右手でかざした槍を回転させ、風を起こし土埃を巻き上げる。


「だよねぇー……まぁ、予想通りだねぇー」


 目を細め、苦笑いを浮かべるレイドは息を吐き、一呼吸空けると真剣な表情でレバルドを見据える。


「さてさて……こっからは小細工なしだよ」


 レイドがそう呟くと、


「心得た」


と、大剣を携えたカーブンが静かに隣に並んだ。



 時は少々戻り――王都、最南端。

 そこに、三機のスカイボードがあった。

 スカイボードには傷はなく、傍らにはブライドとウィルスの姿があった。

 乱れた呼吸を整えるウィルスは、横目でブライドを見た。作戦の失敗。それが、責任感の強いブライドの心を壊した。

 クリスの未来視通りならば、まだ時間には余裕があったはずだった。だが、彼らがここに辿り着く前に起きた飛空艇の爆発。想定外の事が起きた事は容易に想像ができたが、作戦が失敗したと言う目の前の現実に、ブライドの思考は完全に停止してしまっていた。

 呼吸を整えるウィルスは、ゆっくりと立ち上がり、ブライドを見下ろす。


「いつまで、そうしてるんだ?」


 少し厳しい口調でウィルスは尋ねる。

 俯き、微動だにしないブライドからの返答はない。

 ムッとした表情を見せるウィルスは、ゆっくりとブライドへと歩み寄った。


「おい。聞いてるのか?」


 静かだが、何処か怒気のこもった声。それでも、ブライドは全く反応する事はなかった。

 その事に苛立ちを覚えるウィルスは、下唇を噛むとブライドの胸倉を掴み上げる。


「いい加減にしろ! 俺はテメェのお守をするためにここに来たわけじゃねぇんだ!」


 怒鳴り声をあげ、ウィルスはブライドを突き倒した。


「作戦が失敗したからなんだ! 彼女は最悪を想定して動いているんだろ! なら、この状況だって想定内のはずだろ!」


 ウィルスは鼻息を荒らげる。

 突き倒されたブライドは、俯き瞼を閉じる。作戦が失敗した事にショックを受けて、冷静さを欠いていたブライドだが、ウィルスの言葉で思い出す。

 彼女が時見族で常に最悪を想定している事を。

 そう考えた時、ブライドの思考は急速に動き出す。今に思えばそうだ。あの時見の巫女と呼ばれるクリスが、この状況を未来視していないはずがない。

 それに、クリスの“三〇分”と言う時間制限がなければ、あの突風にスピードを緩めただろう。そうなれば、間違いなく飛空艇を襲撃した人物と鉢合わせる事になっただろう。

 俯き思考を張り巡らせるブライド。そんな彼に深くため息を吐いたウィルスは、ゆっくりと歩き出す。


「悪いけど、俺はあんたに付き合って、こんな所でウダウダやってる場合じゃないんでな」


 ウィルスの声に、思い出したように顔を上げるブライドは、「そうだった!」と声を上げ勢いよく立ち上がる。

 突然のブライドの声に、驚くウィルスは足を止め振り返った。


「な、なんだよ? 急に」

「おい! 急ぐぞ!」

「は、はぁ? そ、それ、俺のセリフ……」


 横を駆け抜けるブライドへと呆れたような目を向けるウィルスは、深々とため息を吐き、


「まぁ……いいか」


と、呟きブライドの後を追う。

 直後だった。唐突に起きる爆発。そして、大量の土煙がビルとビルの間から噴き出す。

 衝撃で地面が揺れ、大きくバランスを崩すブライドとウィルスの足は自然と止まった。


「な、なんだ?」


 思わずそう口にしたウィルスは、眉間にシワを寄せ、その爆発のした方へと顔を向けた。

 音と衝撃からその爆発が起きたのはこの近く。そして、二人の脳裏には嫌な予感がよぎる。


「急ぐぞ! ウィルス!」

「ああ」


 揺れが収まると同時に二人は駆け出す。

 目的地は爆発の起こったであろう場所。見つけるのは簡単だった。土煙の濃い方へと進めばいいだけだったから。

 やがて、二人の足は止まる。

 異様な空気が漂う広場。石畳の地面が砕け土が露出する一帯。

 重苦しくピリピリとした空気に、息を呑む二人。

 ゆっくりと晴れていく土煙の向こうに、二人は二つの影を見る。

 背に翼をはやしたその影と、その足元に転がる影。

 瞬時に身構えるブライドとウィルス。ウィルスは腰の刀へと手を伸ばし、ブライドも同じく腰へと手を伸ばしピクリと動きを止めた。

 そこで思い出す。今現在、ブライドの武器であるボックスはグラッパが持っているという事に。


「くっ……」


 声を漏らすブライドに、翼をはやした影がゆっくりと顔を向けた。

 直後、土煙が晴れ、ハッキリとその姿が映し出される。


「まだいたのか」


 静かな声を発するのは――両拳から鮮血をこぼすバースト。そして、その足元には鮮血に染まったグラッパが倒れていた。

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