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第131回 未来を知っているからこそ

 静寂が辺りを支配する。

 消し炭となった木々が崩れ、乾いた音が響く。

 炎上し、大きく破損した飛行艇。その船体が不気味に軋む。

 距離をとった黒髪の少年と、地面に膝をつくカイン。その間に彼は佇む。

 ゆらりと上半身を揺らし、赤く染まった髪の毛先から赤い雫が零れた。


「フォ……フォン!」


 驚きの声を発するカイン。

 当然だ。今の今まで自分の後ろで意識を失っていたフォンが、目の前で佇んでいるのだから。

 頭部に受けた衝撃から考えても、フォンがすぐに動けるような状態ではない事は明白。故に、カインは険しい表情を浮かべ、歯を食い縛る。

 膝を震わせ立ち上がろうとするカインだが、力が入らない。痛みを感じないが故に気付けなかった。自らの体に蓄積されたダメージを。

 一方、距離をとった黒髪の少年は、僅かに眉間にシワを寄せ、小さく首を傾げる。まるで、フォンの様子を窺うように。

 ふらつくフォン。顔を伏せている為、その表情は窺えないが、何処か不気味な雰囲気が漂っていた。

 何かを言うわけでも、そこから動く気配もない。そこが、更に不気味さを際立たせていた。

 数秒程の間が空き、場は唐突に動く。

 地を蹴ったのは黒髪の少年。低い姿勢でフォンとの間合いを詰めると、右拳を振り抜く。

 間合いは完璧だった。だが、少年の拳は空を切る。フォンの上半身がゆらりと後ろへと傾いた事によって。

 一瞬、訝しむ黒髪の少年だったが、畳み掛けるように、右足を踏み込み、上半身を前方に倒しながら腰を回転させ、左足で後ろ回し蹴りを放つ。

 素早く鋭い蹴りだったが、それも空を切った。

 黒髪の少年が右足を踏み込むと同時に、フォンは二歩下がったのだ。それにより、黒髪の少年の左足はフォンの顔の前を通過し、風だけが髪を優しく撫でた。

 左足を地に着いた黒髪の少年の足元には僅かに土埃が舞う。

 フォンと黒髪の少年。二人の距離は然して離れていない。お互い一歩踏み出せば、拳が、蹴りが届く距離だった。

 頭から血を流すフォンの体が、今度は右へ左へとよろめく。足元がおぼつかない。それだけのダメージを追っているのだ。


「くそっ! 動け! 動け!」


 力の入らない両足に声を荒らげるカイン。

 フォンの様子がおかしいのは明白で、確実にその意識はない。なぜ、立っているのか、不思議なくらいだった。

 故にカインは焦っていた。現状、フォンが危険な状態なのは変わっていないのだから。

 一定の距離を保ったまま、フォンと黒髪の少年は動かなくなった。いや、フォンの方は右へ左へ、後ろへ前へと体が揺れて入るが、それは、上半身だけで下半身、足はその場からほとんど動いてはいなかった。



 対峙するフォンと黒髪の少年。

 その二人を黒煙噴く飛行艇の陰から覗き見る二つの影があった。

 一人は時見族のクリス。もう一人は癒天族のメリーナ。

 落ち着いた面持ちのクリスは、衣服に着いた煤を払う。

 一方、煤にまみれた金色の髪を揺らすメリーナは、アワアワと狼狽していた。


「落ち着きなさい。メリーナ」


 狼狽するメリーナにクリスは呆れたように吐息を漏らす。


「で、でもでも!」

「いいから、落ち着きなさい。私達が慌てた所でどうにもなりませんよ」

「でも、フォンさんとカインさんが!」

「大丈夫よ。あの二人は。あなたが心配しなくともね」


 すべてを見透かしたような眼差しのクリスに、メリーナはムスーッと頬を膨らませる。


「なんですか?」


 メリーナの視線に気付いたクリスは、目を細め小首を傾げた。

 すると、メリーナは不満げに口を開く。


「クリスは未来を知ってるから……そんな風に落ち着いていられるんですよ」


 メリーナの言葉に、クリスは暫し考える。

 そして、ふふっ、と静かに笑った。


「そうね。でも、未来を知っているからこそ、落ち着いていなければいけないのよ。私が取り乱したら、あなたは更に心配になるでしょ?」


 優しい口調でそう告げたクリスは、煤のついたメリーナの金色の髪を撫でた。

 俯くメリーナは、不満げに唇を尖らせる。だが、文句は言わない。クリスの言っている事が正しいと、メリーナ自身分かっているからだ。

 時見族のクリスがここで取り乱したりなどしたら、恐らくその未来は最悪。絶望だってあり得る。

 だからこそ、クリスが一番冷静でいなければいけない。この先、例え、どんな最悪な未来が待っていようとも、仲間を信じ、ただ心を、感情を殺さなければいけない。

 それが、どれだけ難しく、どれだけ辛いものか、メリーナはよく知っている。ずっと傍で見てきたのだ。苦悩するクリスの姿を。

 だから、文句など言えるわけがなかった。


「それよりも、心配なのは、向こうの方ね」


 沈黙するメリーナに、クリスはそう呟き、王都の方へと顔を向けた。

 それに釣られるようにメリーナも王都の方へと顔を向ける。


「……向こう。それって、リオンさん達の事ですか? で、でも、向こうには、リオンさんの他に、カーブンさんに、レックさん、レイドさんがいるんですよ? それに、先行したブラストさん達だって――」

「メリーナ。数の優位は圧倒的に向こうよ。それに加えて、風鳥族の長バーストと水呼族の長レバルド。そして、最終目標の天賦族のシュナイデル」


 ゆっくりと人差し指、中指、親指と三本の指を順に立てたクリスは、それをメリーナの顔の前へと向ける。


「正直、相手がこの三人だけだとしても、こっちの分は悪い。それ位、戦力差がある」

「で、でも、勝算は……あるんだよね?」


 僅かに震えた声で尋ねるメリーナに、クリスは静かに鼻から息を吐き、微笑する。


「当然です。でなければ、わざわざこのような場所まで乗り込みませんよ」


 クリスはそう言い、王都の方へと真剣な眼差しを向けた。



 時間は少しだけ遡り、フォースト王国王都内。

 高層の建造物が並ぶ街並み。その合間の薄暗い路地。そこに、リオン達はいた。


「痛っ……。ここは……」


 右手で頭を押さえるリオンは、ゆっくりと立ち上がり辺りを見回す。

 薄暗く日当たりの悪い場所なのだろう。湿気があり、辺りは少しだけ黴臭さが漂っていた。

 眉間にシワを寄せるリオンに、高層の建造物を見上げるレイドが静かに口を開く。


「どうやら、先行部隊は失敗したようですね」


 灰色の髪を揺らし、レイドは残念そうに眉を曲げる。

 訝しげにリオンはレイドの視線の先へと目を向けた。そこには、二つに折りたたまれたようにパイプに張り付く転送装置が揺られていた。


「あれだけで、失敗したと言うのはどうだろうか?」


 リオンと同じように、パイプに張り付き揺られる転送装置を見上げたカーブンは、冷静にそう言った。

 リオンもカーブンと同じ意見だが、何も言わない。ブライド達先行組に何かあった事は確かだ。恐らく、それは想定外の事。

 実際、リオン達も想定外に早く襲撃を受け、転移装置を使う羽目になった。

 結果として、ここにいるのはリオンを含め四人。フォンとカインは襲撃者の足止めの為、あの場に残り、クリスとメリーナは転送が間に合わなかった。

 予期せぬ襲撃だった為、転送装置を慌てて起動し、それにより、予想よりも多くのエネルギーを消費してしまったのだ。


「考えてても始まんねぇだろ?」


 両腕を上げ、背筋を伸ばすレックは、深々と息を吐き出し、脱力する。

 深い緑色の髪がふわりと揺られ、レックの灰色の瞳がリオンへと向いた。


「確かに、僕らは僕らのすべき事をするべきだね」


 腰に手を当て鼻から息を漏らすレイドもまた、リオンへとその眼を向けた。


「どうしますか? リオンさん」


 カーブンはリオンへと判断を仰ぐ。

 右手で頭を抱えるリオンは、瞼を閉じると唸り、静かに息を吐く。


「何故、俺に判断を委ねるのかは分からんが……。とりあえず、当初の計画通り、事を――」

「こんな所にデッケェネズミが三匹……いや、四匹か……」


 突如として響く声。そして、四人を襲う圧倒的な威圧感。

 一瞬にして緊迫した空気が漂い、靴の踵が地面を蹴る静かな音がゆっくりと近付く。


「運が悪かったなぁ。ネズミ共。この俺様に会っちまうとはな」


 蒼い髪が揺れ、鋭い眼が四人を捉える。その手に持った槍の石突きで地面を叩き、彼は白い歯を見せる。


「害虫駆除の時間だぁぁぁ。ネズミ共!」


 薄暗い路地に轟く。元・水呼族の長であり――


「クソ親父!」


 水呼族レックの実の父であるレバルドの声が――。

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