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第128回 最悪な事態

 スカイボードに乗るブライド達三人は急降下する。

 空気抵抗を受け、スカイボードは不安定になるが、それを僅かな風を放出し、ウィルスがコントロールしていた。

 一歩間違えれば、そのままスカイボードはバラバラになり、それに乗る三人は宙へと投げ出される事になる。しかも、この落下速度だ。地面に叩きつけられれば、間違いなく死が待っている。

 そうならない為にも、ウィルスは細心の注意を払っていた。

 地上までもう少し。その時だった。

 後方で突如起きる。大きな爆発。

 熱風が森の木々を揺らし、その衝撃はスカイボードに乗る三人にも僅かにだが届いた。


「ま、まさか――」


 目を見開き、恐る恐る振り返るブライド。その視線の先――グラッパの体越しに見えたその光景に絶句する。


「おいおいおい! どうなんってんだ!」


 眉間にシワを寄せるグラッパは、状況がわからず声を荒らげる。当然、その目が見たのは、森の奥、飛行艇の不時着した辺りから広がる火の手と、立ち昇る黒煙。

 その為、何が起こったのかをグラッパが理解するまで時間がかかる。

 一方、すぐに事態を呑み込むウィルスは表情をしかめ、同時に叫ぶ。


「ブライド! この高さなら飛び降りても平気だ! 早く、転移装置を――」


 ブライドへと目を向け、ウィルスは言葉を呑んだ。

 目を見開き、呆然とするブライド。その表情には絶望が浮かんでいた。

 手からこぼれた紙(設置型簡易転送装置)が、揺らめきながら落ちていく。

 完全に心が折れたブライドに、ウィルスは眉間にシワを寄せ、小さな舌打ちをする。

 そして、視線を戻す。すぐにブライドの手から落ちた設置型簡易転送装置を探す。だが、すでにそれは見当たらない。紙状のもので軽い為、何処かへ飛んでいってしまっていた。

 視線を切った事を後悔し、ウィルスは唇を噛む。

 まだ、地上には距離がある。それでも、飛び降りても大丈夫な距離ではある。しかし、ウィルスはこのスカイボードを安全に降ろさないといけない為、飛び降りる事はできない。

 故に、ウィルスは視線をグラッパへと向ける。


「頼みます!」

「…………はぁ。わーったよ。行けばいいんだろ!」


 乱暴な口調で、グラッパは面倒臭そうにそう答え、柄頭を合わせ弓にしていた二本の剣を戻し、鞘へと収める。


「このポンコツを頼むぞ」


 そう言い残し、グラッパはスカイボードから飛び降りる。

 グラッパもブライドの異変には気付いていた。それほど、ブライドの落胆、絶望する様が異常なものだったのだ。

 グラッパが着地し走り去るのを見届け、ウィルスもゆっくりとスカイボードの着陸準備を整える。出来る限り早く着陸したいが、連結された三機のスカイボードを操るのは難しく、少しだけ時間がかかりそうだった。



 地上へと降りたグラッパは設置型簡易転送装置を探す為、舗装された広い道を駆けていた。

 同じような高層の建物が多々あり、道も複雑に入り組んでいた。

 その為、風の向きなどを考えながら探索をするが、それでも、設置型簡易転送装置は見当たらない。

 怪訝そうに眉を顰めるグラッパは、立ち止まると腰に手を当て周囲を見回す。


「ったく……何処に行ったんだ? 風向き的に、こっちだと思ったんだが……」


 ぶつくさと呟くグラッパは、深く息を吐き出すと、右手で頭を掻いた。

 その時だった。突如として空気を裂く風音と共に、地上へと何かが飛来する。衝撃が大量の土煙と共に広がり、周辺の建物の窓ガラスは砕け、室内にガラス片を散乱させていた。

 突然の衝撃に、身構えるグラッパは、


「何だ! 一体!」


と、目を凝らす。

 そんな立ち込める土煙の中に、グラッパは得体の知れないモノを見た。

 それは、ドス黒く禍々しいものだった。

 背筋がゾッとし、背中を伝う冷や汗。ゴクリと唾を呑むグラッパは、汗の滲んた手で二本の剣の柄を握る。

 恐ろしいほどの殺気が広がり、周囲を重苦しい空気が包み込む。

 肌をピリピリと刺激する雰囲気に瞳孔を広げるグラッパは、重心を落とし、いつでも走り出せる準備をする。

 土煙がゆっくりと晴れていく。

 深い亀裂の走った地面は大きく陥没し、その中心にそれは存在していた。

 禍々しいオーラを放ち、不気味な黒い翼を広げた男。その男をグラッパは知っている。だが、その姿はグラッパの知っている男の姿ではなかった。

 故に、グラッパは険しい表情を浮かべ、奥歯を噛んだ。


「おいおいおい! どう言う事だ! 風鳥族てのは、んなバケモンみたいに姿を変えられんのか! えぇ!」


 思わず声を荒らげるグラッパ。

 当然、独り言ではない。その言葉の向けられた先は、化物の足の下。その強靭な右足に踏みつけにされるエルバだった。

 陥没する硬い地面に減り込むエルバは、苦悶の表情を浮かべる。流石に、グラッパの言葉に答えるだけの余裕はない。


「ぐっ……ぐぐっ……」


 ひたすらに耐えるだけのエルバを化物は踏み潰そうと体重をさらにのせ、


「ぐおおおおおっ!」


と、雄叫びを上げる。

 雄叫びは衝撃波となり、周囲へと広がり、建物には亀裂が生じ、窓ガラスは砕け、宙へと舞った。


「チッ! 鬱陶しいんだよ!」


 舌打ちをしたグラッパが、叫び駆ける。その手に二本の剣を抜いて。

 加速し一気に間合いを詰めるグラッパは、右手に握った淡い青色の刃の剣を払うように振り切る。

 だが、その刃は軽々と化物の左手で受け止められた。


「ッ!」


 表情を歪めるグラッパの視線が化物と合う。

 血に飢えた獣のような赤い瞳に、グラッパは息を呑む。刹那、衝撃が体を貫く。


「うぐっ!」


 化物の右拳で腹を殴打され、グラッパは唾液を吐き、大きく吹き飛ぶ。

 軽々と吹き飛ばされたグラッパの体は、二度、三度と地面にバウンドし、建物の柱へと背中から衝突する。

 柱は音を立て砕け散り、グラッパの姿は瓦礫へと埋もれた。

 噛み締めた歯の合間から熱気を帯びた吐息を漏らす化物。その左手の平からは鮮血が僅かに滲み、指先から赤い雫が一滴、二滴と溢れた。

 僅かな傷。故に痛みを感じないのか、化物は視線をすぐにエルバへと向ける。

 そして、左足を抑えつけるようにエルバの上半身へと乗せ、ゆっくりと右足を振り上げる。

 必死に耐えていた重みが僅かに無くなる。しかし、左足がエルバの体を押さえ付けている事は変わらず、おまけに右足を振り上げた事により、化物の体重が左足へとかかり、すぐさまエルバの体を襲う。


「うぐっ!」


 奥歯を噛み締め、耐える。

 だが、化物はそれを許さない。

 振り上げた右足が全体重を乗せ、エルバの顔面へと振り下ろされたのだ。

 鈍い音が広がり、更に地面に深い亀裂が走る。左足がエルバの体を押さえ付けていた為、体は弾む事も許されず、その衝撃はただ一点――エルバの頭蓋に注がれた。

 顔面を鮮血に染め、亀裂には大量の血が流れ込む。

 ピクリとも動かぬエルバ。ただただ静かな時だけが流れる。

 数秒、数十秒と時は過ぎ、やがてエルバの体からゆっくりと化物の足が退けられた。

 まだエルバに息はある。弱々しくその胸が上下に動く。呼吸がある証拠だった。

 トドメを刺す事など容易なはずだが、化物はそうせず、ゆっくりとその場から離れる。

 エルバの生死に興味はなかった。彼にとってエルバを殺す事などたやすく、いつでも殺せる。故に、興味など湧くはずもなかった。

 エルバが立ち上がる――この瞬間までは。

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