表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
126/146

第126回 何処へ?

 直進するエルバ。

 その視線の先には左手をこちらへとかざし、拳を握り込むバーストの姿があった。

 冷静さを欠いているように思えるエルバの行動。

 しかし、エルバは思いの外冷静だった。


(あの構えは……距離を測っているのか……)


 バーストをジッと見据え、エルバはそう考える。

 エルバの方へと伸ばした左腕。それで、自分とエルバの距離、そして、エルバの移動速度を計算し、カウンターで右拳を打ち込む。そう言う算段だ。

 バーストの狙いを理解しつつも、エルバは速度を緩めない。

 むしろ、一定の速度を保ち、バーストへと接近する。

 だが、直後、エルバは加速した。バーストがタイミングを測り、カウンターを狙うなら、そのタイミングを外せばいいだけ。

 故に、エルバは一定の速度を保った後、急加速し、一気にバーストとの間合いを詰める策を取った。

 二人の距離がみるみる縮まる。しかし、バーストの間合いに入る直前、エルバは急ブレーキを掛け、動きを止めた。


「ほぉ……よく、止まったな」


 静かなバーストの声に、エルバは眉間にシワを寄せる。

 それは、エルバが意して行った行動ではなかった。本能が強引に体を硬直させ、エルバの動きを止めたのだ。


「今の速度で我が領域に入っていれば、間違いなく頭が吹き飛んでいたぞ」


 静かにそう言うバーストは、構えを解く。

 対峙するエルバとバースト。二人の眼差しは交錯する。

 そんな二人の横を風の矢が次々と通過し、狙撃兵を射抜いていく。

 それを横目に見ながら、バーストはゆっくりと口を開いた。


「流石、地護族。あの距離から正確に狙撃兵の頭を射抜くとは……スコープもなしによくやるな……」


 バーストの視線はエルバ越しにスカイボードで滑空するブライド達へと向く。

 やがて、バーストの視線はエルバへと戻る。だが、その眼は非常に残念そうにエルバを見据えていた。

 ギリッと奥歯を噛みしめるエルバは、拳を握り締めバーストを睨む。


「どうした? 睨むだけか?」


 挑発的なバーストの言葉に、エルバは僅かに表情を険しくする。

 その言動がエルバには不愉快だった。父の姿、父の声、父のような口ぶり。それが、エルバの心を、気持ちを揺らす。

 平静を保とうと深呼吸を一回、二回と繰り返した。

 だが、それを無に帰すように、バーストは言葉を続ける。


「さぁ、そこを退け。お前は賢い。私に勝てるかどうか、分かっているだろ?」


 バーストの言葉に、エルバは右の眉をピクリと動かす。


「いつも言っているだろ。相手の力量を見誤るな、と」


 叱りつけるようなバーストの口調が引き金となる。平静を保とうとするエルバの怒りを呼び覚ます引き金と――。


「貴様が――」


 握った拳を震わせ、唇を噛み締める。

 怒りを宿した眼は真っ直ぐにバーストを見据え、


「父の姿で――、父の声で――、父の言葉を語るな!」


と、激昂するエルバは怒鳴り声をあげ、一瞬にしてトップスピードに乗りバーストへと殴り掛かる。

 ――刹那。閃光が瞬く。

 それに遅れ、鈍い打撃音。衝撃が広がる。

 鮮血が両方の鼻の穴から噴き出し、大きく仰け反るエルバ。その眼は視点があっておらず、意識は混濁していた。


「バカ者め。力量を見誤るなと言っただろうが」


 吐き捨てるようにそう言ったバーストは振り抜いた右拳を降ろし、ゆっくりと崩れ落ち、力なく落下していくエルバの姿を儚げな眼差しで見据える。


「残念だ。我が息子よ」


 静かにそう告げ、バーストは瞼を閉じた。



 鼻から出血するエルバは、頭から落下する。

 意識は混濁しているものの、失ってはおらず、思考だけは働いていた。

 ゆっくりと映る視界の中、エルバは考える。何が起こったのか、と。

 間違いなく、エルバの振り抜いた右拳はバーストの顔を捉えるはずだった。血を吹き、弾かれるのはバーストの方だった。

 なのに、どうして、自分が落下しているのか。

 どうして、体が動かないのか。

 そんな事が頭を巡る。

 スローモーションに映る光景を見ながら、エルバは瞼はゆっくりと閉じていった。

 落下するエルバの姿をウィルスは目視する。

 そして、険しい表情を浮かべた。


「エルバが落ちた」


 静かにウィルスがそう口にすると、グラッパが小さく舌打ちをする。


「何やってんだ! クソの役にもたたねぇじゃねぇか!」


 悪態を吐くグラッパに、ウィルスは不快感を見せるが、何も言わない。

 ここで、グラッパと争うのは好ましくないと、判断したのだ。

 そんな二人に挟まれながら作業を続けるブライドは、額の汗を右手の甲で拭う。


「仕方ないだろ。アイツはエルバの父親だ。全盛期は過ぎ、肉体的な衰えはあっても、普通にやり合っても一対一では分が悪い」

「だからなんだ。分が悪かったら負けていいのか? 違うだろ」


 グラッパの言い分にブライドはムッとするが、何も文句は言わない。

 それは、グラッパの言い分が尤もだったからだ。

 この戦いでブライド達に負けは許されない。彼らが負けるイコール世界の破滅に直結するからだ。

 それを一番理解しているブライドは、表情を険しくし唇を噛み締める。


「分かってるだろ。俺達の役割を」

「分かってる! 分かってるさ!」

「揉めている場合じゃないよ! この状況で、彼と戦闘するなんて無謀だよ!」


 揉める二人へ、ウィルスが怒鳴る。

 動きの制限されるこの状況で、空を自由に動き回れる風鳥族と戦うのは自殺行為だった。

 静かにこちらの様子を窺うバーストを見据え、ブライドは考える。思考をフル回転させる。すでに、転移装置を展開する準備は出来ているが、空中にいる状態ではそれも無意味だった。

 ひたすら考えるブライド。だが、エルバがいないこの状況では、出来る事は限られていた。

 故に、ブライドが出した答えは――


「急降下だ!」


 とても、シンプルなものだった。

 しかし、グラッパがそれに反論する。


「急降下だと! お前は、バカか! 下はまだ森だぞ! 目標は街の中だろ!」

「そうも言ってられないだろ! このまま滑空しても、奴の餌食になるだけだ!」

「あんな奴、俺様が射抜いてやるぜ!」


 声を荒らげ、グラッパは手にした弓を構える。

 

「よせ! あんな化物相手に――」


 そこまで口にして、ブライドは言葉を呑む。

 不意に過る現状の違和感にブライドは右へ左へと頭を動かし、その視野を広げる。

 急激に思考が動き出し、ブライドはクリスの「襲撃される」と言うその言葉を思い出す。

 そこで生まれる疑問。


“一体、誰に?”


 目の前にはバーストがおり、シュナイデルとレバルドが高層の建物にいる。

 では、誰が――。

 その答えは簡単だ。今、ここに存在しない者。

 その存在しない者とは――


「あいつは何処だ!」

「あいつ? 何だ、急に?」


 突然、声を荒らげたブライドに、グラッパは訝しげに眉をひそめる。

 急に黙ったかと思えば、慌てた様子で声を荒らげるブライド。その行動は些かおかしな事で、ウィルスはすぐに緊急事態なのだと理解する。


「何か、あった?」


 静かにウィルスが尋ねると、ブライドは悔しげに俯き下唇を噛む。


「考えてみろ。こうなるきっかけになったのはなんだ?」

「まどろっこしい事してねぇで、答えを言えよ」


 グラッパが不服そうにそう口にすると、ブライドは険しい表情で答える。


「あの化物は何処へ行った?」

「…………化物?」


 ウィルスはそう答えた後、周囲を見回す。そして、目を見開き、瞳孔を広げる。


「ま、まさか! いや! でも……」

「なんだよ? 一体、何の話をしてんだ?」


 未だ、状況を理解出来ていないグラッパは一層不満げに眉を寄せる。


「お前は見ているはずだ。あの時、飛行艇から。この街に佇む化物を」

「そりゃ、あれだけでか――!」


 そこでグラッパも状況を理解する。

 そして、頭を右へ左へと動かし、周囲を見回す。


「おい! 冗談だろ! あの化物がいねぇじゃねぇか! どうなってんだ!」


 声を荒らげるグラッパに、ブライドは左手で頭を抱える。


「空中にはずっとエルバがいた。あれだけの巨体だ。動いたとなれば、エルバが気付くはず……」

「じゃあ、あのバカが見逃しただけだろ!」

「ありえない。あんな大きなモノの動きを見逃すなんて……」

「ああ。そうだ。それに、もし、エルバが見逃したとしても、俺達が気付くはずだ」


 ウィルスの言葉に、ブライドはそう言葉を続けた。

 奥歯を噛むグラッパは、乱暴に舌打ちをする。


「じゃあ、何か、俺らはこれだけの人数がいながら、あの巨体の化物を見逃したって言うのか! それこそありえねぇだろ!」

「…………アレが、元々の姿でないとすればどうだ?」


 静かにブライドが告げる。

 その言葉に、ウィルスは目を細めた。


「まさか、アレが人だと?」

「ああ。それに、俺達を空へと打ち上げた突風。それこそ、そいつが巻き上げた風なんじゃないのか?」

「もしそうだとして、ヤツは何処へ消えたって言うんだ」


 冷静なブライドに、少しばかり落ち着きを取り戻したグラッパは、バーストの動きを警戒しながらそう口にする。


「俺達が迫っているのは分かっていたはず。なのに、何故、見逃した」

「それは、分からない。ただ、空中に打ち上げた時点で、もう俺達が助からないと判断したのかもしれない」

「…………それじゃあ、アレが向かったのは…………」


 ようやく、ウィルスも理解する。あの化物の行き先を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ