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第125回 挨拶代わり

 二本の剣の柄を上下から突き刺されたボックスを握るグラッパは、その不格好な形状のモノを見据え硬直していた。

 それは、あまりにも不格好な代物で、ハッキリ言って、ボックスが形状を大きく損なわせていた。


「おい! なんだ! この形状は! ダサいだろ!」

「機能性重視だ」

「いやいやいやいやいや! 見ろよ! このボックスを持ってどうやって矢を射ろって言うんだ!」


 抗議の声を上げるグラッパに、面倒臭そうにブライドは目を細める。


「そのボタンを押せば、形が変わる」

「……ホントかぁ?」


 疑いの眼差しを向けるグラッパに、小さく息を吐くブライドは「押せばわかる」とだけ言い、自らの作業へと戻った。

 その言葉に半信半疑ながら、グラッパは従うように右手で恐る恐るボタンを押した。

 すると、二本の剣の刺さったボックスは形状を変え、握りやすい細さへと変わる。


「おっ!」


 驚いたような声を上げるグラッパは、そこを握り手首を右ヘ左へとひねった。


「おい! 危ないだろ」


 グラッパの前にいるブライドは、身を屈めそう声を荒らげる。その頭上を二本の刃が行ったり来たり。柄を合わせ、弓へと形を変えて見せたが、二本の剣の刃はむき出しの為、振り回されると非常に危険だった。


「わりぃわりぃ」


 悪びれた様子もないグラッパはそれを構え、下唇を甘噛みし、目を細めた。


「さぁ……狩りの時間だ……」


 グラッパはそう呟くと矢を引くように右腕を引く。すると、その弓に風で作り出された矢が姿を見せ、轟々と鋭い風音を広げる。

 距離、角度、風向きを一瞬で計算し、狙いを定めるグラッパは、乾いた唇を舐め、


「まずは、挨拶代わりだ!」


と、声を荒らげ矢を射る。

 風の矢はグラッパの見た目とその大胆な性格とは裏腹に、方向、速度共に完璧に一直線に大気を貫く。

 だが、その角度が明らかにおかしく、ブライドは怪訝そうに眉を顰める。


「グラッパ。ちょっと、角度が低くないか? あのままじゃ、屋上には届か――」

「言ったろ。まずは挨拶からって」


 不敵に笑うグラッパ。

 その眼が捉えるのは――広く大きな防護ガラスの前に佇む男――シュナイデル。ただ一人だった。

 轟音と共に衝撃音が広がる。

 砕け散る分厚いガラスが衝撃と共に部屋へと飛び散った。

 グラッパの放った風の矢は見事に防護ガラスを打ち砕いた。だが、その矢はシュナイデルには届かない。

 シュナイデルに届く前に、水呼族レバルドの槍がそれを叩き落したのだ。

 それを予期していたと言うのか、シュナイデルは微動だにせず、ただ真っ直ぐにブライド達三人を見据えていた。


「おいおいおい……マジかよ……」


 表情を引きつらせるグラッパは、失笑する。

 そして、怒声を轟かす。


「右へかわせ!」


 突然のグラッパの声に、先頭のウィルスは聊か驚いたが、すぐに不自然な風の流れに気付き、状況を理解する。


「揺れるよ!」


 ウィルスがそう言うないなや、スカイボードを支えていた風が消滅する。


「はぁ?」


 驚きの声を上げるグラッパ。


「へぇっ?」


 間抜けな声を上げるブライド。

 それは、あまりにも予想外の出来事で、あまりにも唐突な事だった。

 足がスカイボードから離れ、浮遊感が体を襲う。


「ちょ、ちょっとま――」

「テメェ! あぶね――」


 二人の言葉が途切れ、衝撃が頭上から三人の体を押した。

 鋭い風音を広げ、三人の頭上を一本の槍が通過したのだ。

 あのまま滑空し続けていれば、間違いなく三人は串刺しにされていた。


「ぐっ……」

「ッ……」

「みんな無事か?」


 そう尋ねながら、ウィルスは再び風を展開し、スカイボードを安定させる。


「無事か、じゃねぇよ! あぶねぇーじゃねぇか!」

「仕方ないだろ。旋回するよりも、こっちの方が手っ取り早いし、助かる可能性が高かったんだから」


 グラッパの言葉に、ウィルスはそう反論した。

 ウィルスの言っている事は正しく、グラッパが翼の役割をはたしていないこの状況で、連結されたスカイボードの進行方向を変えるのは難しい。

 そう考えた結果、一旦風を止め、そのまま落下した方が安全に槍をかわせると、ウィルスは判断したのだ。

 結果的に、その判断は正しく、レバルドの投てきした槍をかわす事が出来た。


「それに、彼の射線の邪魔になるといけないので」


 ウィルスはそう言い、視線を後方へと向ける。

 槍の向かうその先。そこに、エルバはいた。

 まるで、それを待っていたかのように、佇み、その槍が当たる直前、彼は体を反転させ、右手で槍の柄を掴むと、そのまま更に反転し、


「これは、お返ししよう!」


と、勢いを殺さず、強引に槍を飛んできた方向へと投げ返した。

 鈍い風音を広げ、ブライド達三人の頭上を再び槍が通過する。螺旋を描くように刃を回転させながら。

 エルバの視力では、ハッキリとシュナイデルの姿を捉える事は出来ず、その投てきの精度は低い。それでも、まっすぐに彼らのいる高層の建物へと向かう。


「全く……我が愚息は……」


 呆れら様子でバーストは頭を左右に振り、小さく息を吐き出す。


「暫し、お側を離れても?」


 静かにバーストが尋ねると、シュナイデルは肩を竦めてみせる。


「構わないですよ。彼もいますし」


 微笑して見せるシュナイデルの視線がレバルドへと向いた。


「では、少々、あの愚息の相手をして参ります」


 バーストはそう告げると、割れた窓ガラスから飛び降りた。頭から真っ逆さまに落ちるバーストはチラリと視線を横へと向ける。

 その視線は軌道を大きく下げ、直進するエルバが放った槍。

 目測し、タイミングを合わせ、体の上下を反転させるバーストは、両足で槍の柄へと着地すると、膝を曲げ力強くそれを蹴り飛ばし、跳躍する。

 風鳥族である彼に本来、その行動は不要なものだった。それでもそうしたのは、エルバが返した槍を叩き落とすと言う目的と、もう一つ――


「クッ! アイツが来るぞ!」


 グラッパが叫び、


「アレは、私が相手をする!」


 声を張り、エルバは物凄いスピードで直進する。


「ま、待て――」


 ブライドの制止の声など、聞く間もなく。

 唇を噛み締めるブライドだが、どうする事も出来ない。そんなブライドにグラッパは小さく息を吐く。


「心配する事ねぇだろ。お前は、お前のすべき事をしろ。俺は、俺のする事をやるぜ」


 グラッパはそう言うと、風の矢を幾つも放つ。屋上にいる狙撃兵へと向けて。

 その風の矢の合間を縫いながら加速するエルバ。

 その姿を見据え、バーストは笑む。

 彼が槍を叩き落し跳躍したもう一つの目的。それは、誇示する事。

 自分がここにいるのだと、自分が出てきたぞ、と。

 バーストの目論見通り、それに釣られ単独で突っ込むエルバに、彼はゆっくりと左手をかざし、右拳を脇の下に握り込む。


「さぁ、教育の時間だ」


 バーストは不敵に笑む。


「撃て! 撃て!」


 高層の建物の屋上で、怒号が響き、乾いた破裂音がそれに続く。

 狙撃兵のライフルから、次々と放たれる弾丸。彼らが狙うのは、ブライド達ではなく、迫りくるエルバだった。


「奴を近づけるな!」


 兵士が怒鳴り、乾いた破裂音が響く。

 しかし、弾丸はエルバには当たらない。何故なら――


「テメェらの相手は俺様だろ!」


 エルバの後方から放たれる風の矢が次々と弾丸を射抜き、更には屋上の狙撃兵の頭を着実に射抜いていく。


「くっ! 奴を――」


 指揮を執る兵の額を風の矢が貫く。

 鈍い音と共に散る色鮮やかな血。そして、静寂が狙撃兵達の中に生まれる。

 今まで指揮を執っていた兵士の声が止んだ事により、休まず撃ち続けた狙撃兵の手が止まり、その視線が先程まで響いていた声の方へと向く。

 その僅かな動き、僅かな隙をグラッパは見逃さない。


「盗賊の俺様を相手をしてるのに、よそ見をするたぁ、命を奪われても文句はいえねぇぜ」


 ドヤ顔で決めるグラッパに、ブライドは目を細める。

 言いたい事は多々あったが、そこをグッと堪え自らの作業へと戻り、ウィルスはこの空気を壊さないようただひたすら笑うのを我慢していた。

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