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第124回 報告

「シュナイデル様。報告です」


 だだっ広く殺風景な一室に、やや低音の声が響いた。

 無駄に大きなガラス窓。その前に備え付けられたデスクの前に佇むシュナイデルは、穏やかに微笑すると、デスクの向こうで背筋を伸ばし佇む兵士へと目を向ける。


「どうかしたかい?」


 穏やかな声でシュナイデルは尋ねる。

 穏やかな物腰のシュナイデルだが、兵士は極度の緊張で息を呑む。

 殺風景なこの一室において、強烈なプレッシャーを放つ二つの存在があった。

 部屋の隅にて待機する筋骨隆々で顔に古傷が残る風鳥族の長バーストと、蒼髪で槍を背に収める水呼族の長レバルドの二人だ。

 今となっては、シュナイデルの駒と成り果てた二人だが、族長だっただけはあり、その存在感、威圧感は相当なものだった。

 気圧される兵士に穏やかに微笑するシュナイデルは、右手を顔の高さまで軽く上げる。


「二人共。そう怖い顔をしないでくれないか。報告に来た者が怯えているじゃないか」


 ふふふっ、とシュナイデルが笑うと、バーストとレバルドの二人は小さく頭を下げる。

 その様子にシュナイデルは鼻から息を吐くと、兵士へと目を向けた。


「それで、どうしたのかな?」


 優しく尋ねると、兵士は「はっ!」と小さく返答した後、


「南西の方角より近づく奇妙な飛行物体が」


と、力強く告げる。

 その言葉に、右手を顎へと当てたシュナイデルは、右上へと視線を向ける。


「南西……確か、飛行艇の墜落した辺りだったかな?」


 記憶を辿り尋ねると、兵士は「はっ!」と返答し、


「その通りであります。ただ、目視する限り、今回は飛行艇ではなく、スカイボードのようです」


 少々複雑そうな兵士の表情に、シュナイデルは口元に薄っすらと笑みを浮かべる。


「そうですか……スカイボード……」


 意味深にそう呟き、シュナイデルは瞼を閉じる。

 そして、ゆっくりと大きな窓ガラスの方へと体を向け、静かに瞼を開く。


「どう致しましょうか?」


 背を向けるシュナイデルへと、兵士は怖ず怖ずと尋ねる。

 すると、シュナイデルは肩を揺らし小声で笑い、軽く右手を顔の横で振った。


「あなたに一任しますよ」

「自分に……ですか?」


 驚いた様子で兵士が聞き返す。こんな答えが返ってくるとは思っていなかったのだ。

 本来、指揮系統はシュナイデルが全てを行っており、彼からの指示を部隊長が受け、下の兵士達へと伝えられる。

 それは、シュナイデルの頭脳が他の誰よりも優れている為、彼が指示を出す方が効率が良いからと言う理由があった。

 しかし、今回はあえて指示を出さない。理由は簡単だった。彼にとって、今、起きている事態と言うのはさして問題ではなかったのだ。

 故に、今回の件を全て、この兵士へと委ねた。

 暫しの間が開く。少々戸惑う兵士だったが、すぐにそれは消える。シュナイデルから期待されているのだと、自分が他の兵士とは違い特別なのだ、と言う気持ちが彼に自信を与えた。

 大きく息を吸い、胸を張り、兵士は強い眼で答える。


「は、はっ! シュナイデル様の期待に応えてみせます!」

「そう。それじゃあ、任せるよ」


 穏やかに微笑するシュナイデルに、深々と頭を下げ、兵士は部屋を後にする。

 部屋の扉が閉じられ、数分の静寂。椅子に腰掛け、腕を組むシュナイデルは、窓の向こうへと目を向ける。

 遠くの方に僅かに見える奇妙な飛行物体。それを目視し、シュナイデルは楽しげに笑みを浮かべた。


「よろしかったのですか?」


 部屋の隅に佇んでいたバーストが静かな声で尋ねる。

 顔に残る古傷の所為か、強面でとても豪快な印象のあるバースト。だが、その見た目とは裏腹に極度の心配性で、その影響が肉体を乗っ取った現在も顕著に出ていた。

 何時になく不安げな表情を浮かべるバーストへ、顔を向けるシュナイデルは、小さく肩を竦める。


「心配する事はないよ。彼の影響なんて些細なモノだから」

「しかし……」

「テメェは心配性過ぎるんだよ」


 言い淀むバーストへと、これまた部屋の隅に佇んでいたレバルドが、蒼い髪を揺らし乱暴な口調でそう告げた。

 その言葉に不愉快そうに眉間にシワを寄せるバーストは、キッとレバルドを睨みつける。


「お前は黙っていろ」

「貴様、誰に向かって――」

「はぁ……やめないか。君達」


 呆れたように吐息を漏らし、シュナイデルは右手で頭を抱えた。


「随分とその体に馴染んだようだけど……どうも、君達は性格にまで影響を受けているようだね」

「……すみません」

「いや……謝る必要はないよ。これは、私の実験が素晴らしい成果を上げていると言う事の証明なのだから」


 嬉しそうに笑みを浮かべたシュナイデルだが、すぐにその笑みは消え、どこか儚げな表情で言葉を続ける。


「ただし、あまり、感情、心に干渉しない事だよ。人の心や感情は時に厄介な枷となるからね」


 意味深なシュナイデルの言葉に、バーストとレバルドの二人は小さく頭を下げ、


「分かってます」

「分かっている」


と、言葉を重ねた。



 その頃、この建物の屋上では、狙撃兵が着々と迎撃の準備を行っていた。

 いや、この建物だけではなく、周辺の高層の建物の屋上には数十人単位の狙撃兵の姿があった。

 飛空艇が都市に向かっている事は目視出来ていた為、それを迎撃する為にすでに集められていたのだ。

 だが、飛空艇が墜落してしまった為、彼らの仕事は無くなったのだが、ここに来て、迎撃命令がくだされ、また持ち場に戻ってきたのだ。

 すでにライフルを固定し、スコープを覗き込む兵の姿もあり、その銃口は確実にスカイボードで都市を目指すブライド達三人へと向けられていた。


「準備は出来ているか!」


 シュナイデルから全てを任された一人の兵士は、厳しい口調で声を張り上げ、狙撃兵を鼓舞する。


「こちらは、いつでもオーケーです」


 一人の狙撃兵がそう返答すると、引き金へと指を掛けた。

 すでにスコープ越しに標的を補足していた。あとは発砲の合図を待つだけだった。


「撃て!」


 高らかに響く声と同時に、全ての狙撃兵が引き金を引く。

 乾いた銃声が我先にと折り重なるように音を奏で、銃弾は空を彩るように次々と放たれた。



 時は少々遡り、数分前――

 上空へと大きく弾かれたブライド達は、スカイボードを連結させ、縦に並んでいた。

 先頭はウィルス。風を掴み、動力とする為にボードへと力を集中し、三機のスカイボードを前進させていた。

 後方には二本の剣を左右に広げるように構えるグラッパ。右手に持つ淡い青の剣は風を受け、水飛沫を上げ、左手に持つ朱色の剣は風を受け、火の粉を舞い上げる。

 この二本の剣を翼のようにし、右へ左へと方向転換していた。当然だが、その剣を握るグラッパの腕への負担は大きく、その腕には太い血管が浮き上がっていた。

 そんな二人に挟まれるブライドは、転送装置の準備を始めていた。試作品段階の設置型転送装置。持ち運びには便利だが、その反面、転送準備までの時間が掛かり、しかもエネルギー消費が激しく、展開して数分で使用できなくなってしまう。

 故に、コスト面で割に合わないと言う事で、世には出ていない試作品。そして、これはブライドが独自に開発していた代物で、この転送装置の事を知っている者はブライドを含めて数人だけ。

 今回の作戦において、この転送装置が全ての命運を担っている。失敗は許されないし、判断を間違える事も許されない。

 その為、ブライドは慎重に転送装置の展開準備を行う。


「少し揺れるぞ!」


 作業を進めるブライドへ、グラッパはそう忠告した後、左右の腕を大きく上下へと動かす。それにより、連結されたスカイボードは右へ左へと傾く。


「あんまり、揺らさないでくれ!」

「うるせぇ! 文句があるなら、狙撃してくる向こうに言えよ!」


 不満そうな声をあげたブライドに、グラッパは乱暴に答えた。その答えに、不服そうに眉間にシワを寄せたブライドは、鞄の中から手の平サイズのボックスを取り出し、それをグラッパへと差し出す。


「な、何だよ? これ」


 疑念に満ちた眼でグラッパは箱を見据える。すると、ブライドは落ち着いた声に答える。


「相手が狙撃してくるなら、お前も狙撃すればいい」

「…………お前、バカか?」


 ブライドの言葉に真顔でそう答えたグラッパは、頭を激しく左右に振る。


「この状況、見てものを言えよ! 俺は、銃弾の嵐を避けるので手一杯なんだぞ!」

「ウィルス。なんとか出来ないか?」

「数分でいいなら――」


 ウィルスのその言葉にグラッパは口元に笑みを浮かべる。


「そうか……なら、五分もたせろ」


 静かにそう言うグラッパは広げていた両腕を引き、二本の剣の柄頭を合わせた。


「すぐに片付けてやるよ!」


 力強くそう声を上げるグラッパに、ブライドはジト目を向け、


「カッコつけてる所、悪いけど……ちゃんとこれ使えよ」


と、ブライドは差し出した手の上にあるボックスを、強調するように軽く持ち上げた。

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