第123回 森の中を
森の中を滑空する三機のスカイボード。
木々の合間を縫うように右へ左へと蛇行しながら、目的地である王都へと迫っていた。
先頭を行くのは地護族のグラッパ。視力の良さと森の中で育ったと言う経験から先頭を任されていた。
その後ろに着くのはウィルス。風と共に生きる風牙族だけあり、すぐにスカイボードを乗りこなし、更に森の中に流れる風を読む事が出来ると言う利点から選ばれた。
そして、最後尾にはブライド。この作戦の立案者であり、要である。彼が背負う筒状に丸められた紙。これが、重要な代物だった。
少数で危険を冒してまで王都に向かう理由もこれだった。
全てがブライドの背負うその紙切れに委ねられているのだ。
「次、右へ――」
「いや。右へ行くと遠回りになる。左へと回れ」
グラッパの声を遮るように、空からの指示。スカイボードで移動する三人に加え、風鳥族のエルバが空から指示を行っていた。
その指示に従い、グラッパが左へ曲がり、それに倣うようにウィルス、ブライドと続く。
その最中、ピクリと眉を動かすウィルスは、眉間にシワを寄せる。そして、険しい表情を浮かべると、声を上げた。
「風が来るぞ! しかも、突風だ!」
トップスピードで滑空するスカイボード。その風音を割くウィルスの声に、ブライドは顔をあげる。
「風? 何処からだ!」
「正面――向かい風だ!」
ウィルスのその言葉に、先頭を行くグラッパは僅かにスピードを緩めた。
「おいおい! このスピードで突っ込むつもりか! どれ位の突風かは知らねぇけど、危険だぞ!」
「ダメだ! スピードは緩めるな!」
最後尾である自分へ並ぼうとするグラッパに、ブライドはそう怒鳴った。
しかし、その声にグラッパは「くっ!」と小さく声を漏らし、下唇を噛み、不快そうな表情を浮かべる。グラッパのその表情から滲み出るのはブライドへ対する不信感。
一刻を争う事態なのはわかるが、そこまで焦る状況でもない。危険を冒してまで急ぐ理由が見当たらなかった。
そもそも、この密林地帯を、六〇キロそこそこの速度が出るスカイボードで移動している事すら、本来なら危険な事だ。
一歩間違えば大事故にもなりかねない。
そんな状況だからこそ、グラッパは少々の疑念がブライドへ対する不信感へと変わっていた。
「何をそんなに焦る理由がある? 時間なら幾らでも余裕があるだろうが!」
苛立ちから乱暴な口調でそう言い放つグラッパに対し、ブライドは至って冷静に返答する。
「悪いが、余裕はない。俺達に残された時間は僅かだ」
「はぁ? 何言ってんだ、お前?」
「説明している時間はない。このまま突っ込む!」
そう言うブライドに、小さく舌打ちをし、声を上げる。
「分かってんのか! このスピードで突っ込めば、間違いなく風に煽られ吹き飛ばされるぞ! そんな事になりゃ、足止め所か、下手すりゃ死ぬぞ!」
当然のグラッパの言葉に、ブライドは何も答えない。
そんなブライドに対し、流石のウィルスも疑念を抱かざる得なかった。
時は遡り、出発前――
ブライドはクリスに呼び出されていた。
誰もいない飛行艇の甲板でブライドは待っていた。すでにグラッパ、ウィルス、エルバの三人は支度を済ませ、飛行艇を降りる準備をしている最中の事だ。
腕を組み手摺りに腰を据えるブライドは、深いため息を吐き、空を見上げる。それと同時に、扉が開かれる。
「すまない。遅くなった」
「いや……別に、時間はまだあるから、大丈夫だよ」
苦笑いを浮かべ、返答するブライドにクリスは聊か深刻そうな表情を浮かべる。
「残念ながら、時間は有限だ。刻一刻と状況は最悪な方向へと進んでいる」
「…………? 突然、どうしたんだい?」
わけが分からないと苦笑するブライドに、クリスは小さく頷く。
「そうだな。では、簡潔に言おう。時間がない。君達には全てを三〇分で終わらせてほしい」
「…………えっ?」
「三〇分後。ここは、襲撃される」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って! しゅ、襲撃って……」
「これは、私がどうこう出来る事ではない為、君に頼む」
そう言いクリスは右手でブライドの肩を二度叩いた。
だが、ブライドは頭を大きく左右に振り、
「いやいやいや! 無理無理! 俺、片目塞がってるんだよ? こんな状況で無理だから!」
訴えるように身振り手振りを加えるブライドに、クリスは落ち着いた真剣な面持ちで答える。
「これは、あなたにしか頼めない事。それに、この作戦の立案者はあなたよ。あなたには責任がある」
「確かにそうだけど……」
不安そうなブライドに、クリスは小さく息を吐く。
「これは、あなたにしか頼めない事なんです」
「分かったけど……本当に襲撃されるのか?」
「ここで嘘を吐く理由はないですよ」
即答するクリスに、困ったように頭を掻くブライドは、鼻から息を吐き出し小さく頷いた。
「……だよね」
「無茶を言っているのは分かっているつもりです。ですが、ここが最大の分岐点となる事は必至です」
「だろうね。でも……ギリギリだよ」
「分かっています。それでも、やってもらわなければいけません」
真剣なクリスの眼差しに、ブライドはもう一度鼻から息を吐く。
「出来うる限りの手は尽くす。それでも、間に合わなかった時は――」
「そうならないと、私は信じています」
クリスはそう言い穏やかに微笑した。
それに反し、ブライドは複雑そうに眉をひそめていた。
そして、時は進み――現在。
スカイボードで滑空するブライド達。
その間に流れる険悪な雰囲気。その空気を感じ取るウィルスは、複雑そうに表情を歪める。
正直な話、ウィルスもブライドの行動、言動には違和感を感じていた。グラッパの言う通り、焦る必要はない。
本来は安全策を取り、遅くても確実性を求めるもの。故にブライドの焦りを疑問視していた。
ただ、グラッパとは違い、ウィルスはその疑問に対する答えを自分なりに導き出し、確信している。今までのエルバの先導の仕方と言い、この状況でも口を出さない事と言い、全てがウィルスの答えが正しいと示していた。
故に、ウィルスは小さく吐息を漏らすと、静かに口を開く。
「この状況を打破する。俺について来い」
いつもよりも強気なウィルスの言葉に、一瞬、驚くブライドとグラッパ。だが、そんな二人を無視し、ウィルスは言葉を続ける。
「スピードを上げろ! 風に乗る!」
「は、はぁ? な、何言ってんだ! お前!」
驚きの声を上げるグラッパを無視し、ウィルスは更に言葉を続ける。
「俺がここにいる理由。俺がこのメンバーに選ばれた理由は、こう言う事なんだろう」
力強いウィルスの言葉に、ブライドは小さく頷く。
「ああ。任せるぞ! 俺は――お前を信じる!」
返答するとブライドはスカイボードを加速させ、ウィルスの後方に並ぶ。
下唇を噛むグラッパは、小さく舌打ちをすると、
「言っとくが、俺はまだテメェを疑ってるからな!」
と、ブライドを睨みつけ、その後へと続いた。
直後、風が吹き抜ける。だがそれは、ただの前触れ。穏やかで緩やかな――突風が吹き荒れる直前のとても静かな風。
直後、ウィルスはスカイボードの後ろへと体重を乗せ、僅かに板の先端を持ち上げる。
「来るぞ! 前を持ち上げろ! このまま風に乗る!」
ブライド、グラッパの二人が返答するよりも早く突風が三人を襲う。ウィルスに言われた通りに先端を持ち上げたスカイボードは、そのまま突風に乗る。
まるで、そこには波があるかのように、ボードは突風を受けながらも左右へと僅かに揺られながら、空へと昇る。
「おいおいおい! だ、大丈夫なのかよ!」
思わず声を上げるグラッパ。
木々の合間を抜け、空高く打ち上げられた形の三人。森の木々の頭が大分下の方へ見え、その視界には目的の場所がハッキリと見える。
「アレが目的地――」
大空をスカイボードで滑空する三人へと並んだエルバがそう呟くと、
「ああ。そうだな」
と、ブライドは答える。
そんなブライドに訝しげな眼を向けるグラッパは小さく鼻から息を吐き、
「で、どうするつもりだ? このまま、突っ込むのか?」
と、眉をひそめる。
すると、ウィルスは表情をしかめ、
「残念だけど、それは無理だよ」
と、目を伏せた。
「無理ってどう言う事だ? このまま、コイツで滑空して突っ込めばいいだろうが」
ウィルスに噛み付くグラッパに、ブライドは頭を左右に振り答える。
「ウィルスの言う通り、このまま突っ込むのは無理だ」
「だーかーら! 何で無理なんだよ!」
「このスカイボードの原理上、このまま滑空するのは不可能なんだ。俺達はただこのまま緩やかに落ちるしかない」
複雑そうにそう言うブライドに、口をあんぐりを開けるグラッパは「はぁぁ?」と間抜けな声を上げた。
あまりにも上空へ昇り過ぎた。本来は、突風に乗り、その勢いで前方へと飛び出すはずだったが、ウィルスが思っていた以上に風の勢いが強く、前ではなく、上空へと上がってしまったのだ。
「じゃ、じゃあ、何か? 俺らは意味もなく突風に乗ってこんな上空まで浮き上がったってわけか?」
「残念だが、そう言う事になるな」
静かにブライドがそう答えると、グラッパはギッと奥歯を噛む。
「何だよそりゃよ! じゃあ、このまま落ちるのを待つのかよ! 時間が無いんじゃなかったのかよ!」
「分かってる! 今、考えているだろ! 少し黙ってろ!」
いつになく声を荒らげるブライドは、右手で頭を抱えた。
そんな中、小さく息を吐くエルバは、
「落ち着け。揉めてる場合じゃないだろ」
と、二人を宥める。
そして、静かに告げる。
「それなら、いっそ、みんなで一気に落ちるか?」
エルバの提案に一瞬の間が空く。
グラッパは呆れたような顔をし、ウィルスは怪訝そうに眉をひそめる。
一方、ブライドは目を見開き、
「その手があったか!」
と、声を上げ、口元に笑みを浮かべた。
グラッパはその笑みに不快そうに眉をひそめ、ウィルスは何か嫌な予感を脳裏に浮かべた。




