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第122回 二手に分かれて

「全く……何を考えているんですか!」


 やや怒り気味にメリーナはカインの手当を行っていた。

 カインの腕には乱暴にキツく包帯が巻かれ、止血用のガーゼ越しに滲み出た血が僅かにそれを赤く染めていた。

 それほど、傷は深く、出血は酷い。

 それでも、カインは平然とし、困ったように微笑していた。

 痛みを感じない為、自傷行為を意図も容易くしてしまうカイン。そんなカインをメリーナは危惧していた。


「いいですか! 炎血族の血は特殊なんです! 代用は効かないんです!」

「わ、分かってるよ。悪いとは思っているんだよ……」


 気迫のこもったメリーナの言葉に、カインは眉尻を下げる。


「悪いと思っているなら、今後はそう言う自傷行為はやめてください!」

「今回は緊急事態だったし、結果、この通り無事だったんだから――」

「いい加減にしてください!」


 カインの言葉を遮る怒鳴り声に、医務室内に待機していたフォンは肩を跳ね上げ、慌てて二人の間に割って入る。


「ちょ、ど、どうしたんだよ! 急に大声なんて上げて」


 驚き目を白黒させるカインと、やや目を潤ませるメリーナの顔を交互に見据え、フォンは首を傾げる。


「何があったか知らないけど、とりあえず、落ち着けよ」

「今のはカイン殿が悪い」


 カインと同じく医務室でメリーナの治療を受けたカーブンが口を挟んだ。


「結果は結果。次はどうなるか分からないんです。自己犠牲の精神はどうかと――」

「それを、お前が言うのはどうかと思うぞ」


 カーブンの言葉を遮ったのは、医務室に備え付けられたベッドで横になっていたレックだった。

 深緑のウェーブのかかった髪を揺らし、体を起こしたレックに、フォンを初め、医務室にいる者全てがやや冷めた目を向ける。

 この男は、今の今まで酷い乗り物酔いでこの医務室のベッドで横たわっていたのだ。そんな男にとやかく言われる筋合いはない、と誰もが思っていた。

 そんな痛々しい者を見るような視線にさらされるレックは、腕を組むと「コホン」と一つ咳をし、


「ま、まぁ、俺がとやかく言う事じゃねぇけどなっ!」


と、笑った。

 しかし、呆れたように吐息を漏らしたカーブンは、小さく二度、三度と頷き、


「……いえ。あなたの言う通りですよ。私にも、彼を責める資格はありません」


と、カーブンは肩を落とす。

 カインに自己犠牲が――と言っておきながら、カーブン自身もあの時、危険な龍を下ろすと言う行為を取ってしまった。

 結果、こうして助かってはいるが、一歩間違えば命を落としていた。そう考え、カーブンは反省する。

 少々、重苦しい空気が医務室に広がる。それを変えようと、フォンは静かに口を開く。


「まぁ、全員、無事だったんだから、今日の所は許してあげようよ」

「フォンさん……」


 複雑そうに眉をひそめるメリーナ。

 フォンはまだ理解していないのだ。カインが本当に危険な状態だと言う事、炎血族の血の事を。

 故に、メリーナは左手を頬に当て、小さく吐息を漏らす。


「フォンさんは、知らないんです。炎血族は例え血縁関係があっても輸血は出来ないんです」

「……んっ? ……どう言う事?」


 意味がわからないと小首を傾げるフォンは、カインと顔を合わせる。苦笑するカインもまた小さく首を傾げ、肩を竦めた。

 カインもまたフォンと同じで、メリーナの言葉の意味を理解していなかった。

 そんなカインに眉をひそめたメリーナは、右手で頭を抱え、深く鼻から息を吐いた。と、同時にカーブンも呆れた様子で息を吐き、残念な眼差しをフォンとカインに向ける。


「血縁関係で輸血出来ないと言う事は、同じ血液型でも輸血は不可能と言う事ですよ」

「え、えっとー……それだと……」


 腕を組み眉間にシワを寄せ考えるフォンに、メリーナは腰に手を当て、


「炎血族が短命と言われる理由の一つで、他者の血を受け付けないんです」


 静かにそう言うメリーナに続き、カーブンが説明する。


「理由として、炎血族は自身の血を自分の意思で燃やす事が出来るからだそうですよ」

「へぇー……そうなんだー……」


 まるで他人事のようにそう呟くカインは、右手で金色の髪を掻きむしった。

 全く興味がないと言った風なカインに対し、メリーナは少しだけムッとした表情を向ける。


「どうして、自分の事なのに、そう他人事なんですか?」


 思わずそう問うメリーナに、カインは困ったように眉尻を下げる。


「うーん……そうは言われても……そりゃ、輸血出来ないって言われると困るけど……それでも、僕にはあの戦い方しかないからさぁ……。それに……たとえ、短命になったとしても、守りたいものがあるから」


 照れくさそうに笑うカインに、メリーナは深いため息をを吐いた。

 強い意志がある以上、何を言っても無駄なのは分かっている。そして、メリーナはもう一度深く息を吐く。


「とにかく、あまり無理はしないでください。癒天族の力も万能じゃないんです。失った血を増やす事は出来ませんし、傷は治せてもダメージ事態を消す事も出来ないんですから」

「うん。分かってる。大丈夫だよ」


 務めて明るくそう答えるカインは、ゆっくりと椅子から立ち上がり、背筋を伸ばす。その際背骨がパキッパキッといい音を奏でた。



 その頃――作戦指令室にて、今後についての話し合いが行われていた。

 場を仕切るのは、恒例のようにブライド。

 幾つかの空席が目立つ中、この話し合いに身を投じるのは、リオン、エルバ、グラッパ、レイドを含めた五人。

 未来視で今後何が起こるのか分かっているクリスがこの場にいないのは、諸事情によるものだった。正直、彼女がいない事は今後の作戦を考える上では大きな痛手となっていた。

 それでも、先に進まなければいけない。故にブライドは咳払いを一つし、口火を切る。


「まず、誰一人欠ける事なく、ここまで来れた事を幸いに思う」

「そう言う堅苦しいのはいい。とっとと話を進めろ」


 ブライドの口上に、相変わらず机へと足を置き、ふんぞり返るグラッパが不満げな顔を向けた。

 変わらない威圧的で好戦的な眼差しに、ブライドは深く息を吐き小さく二度三度と頷く。


「そうだな。現状、一刻を争う状況なのは変わらないからな」


 痛々しく包帯を巻かれた頭を掻いたブライドは、左の眼で順々にこの場に集まった者の顔を見据えた。

 そして、ゆっくりと姿勢を正し、もう一度右手で頭を掻く。


「現状、この飛行艇を修理している時間はない」

「ならば、どうする気だ? まだ、王都には距離があるぞ? それに、あの化物も……」


 渋い表情でエルバがそう口にする。

 確かに、ここから目指す王都まではまだかなり距離がある。しかも、辺りは木々の生い茂る森林地帯で、ちゃんとした道は用意されていない。

 そんな険しい道のりを徒歩で行くとなると、相当な時間を要するだろう。


「私だけなら、飛んでいけるんだが……」


 エルバはそう口にする。

 風鳥族であるエルバなら、森林地帯など関係なく空を飛んで一直線に王都へと向かえる。

 だが、それは、無理な話だった。


「流石に危険過ぎる。そもそも、一人だけ王都に行ってどうするんだよ」


 ウィルスが真っ当な意見をぶつけ、エルバは苦笑いを浮かべる。


「分かっているさ。それが無謀な事だというのは」

「それなら……いいけど……」


 何処か不安げなウィルスは、俯き目を細める。

 場違いな所に来てしまったと、改めて痛感し、後悔していた。


「移動手段なら、一応あるんだ」

「……一応?」


 ブライドの言葉に、リオンが怪訝そうに眉をひそめる。

 何か、含みのある言い方を疑問に思ったのだ。

 リオンと同じくグラッパも違和感を覚えたのか、吊り目がちな目を細めブライドを睨む。


「一応ってなんだ?」

「んー……まぁ、そうだな。簡潔に言うと、二手に分かれる事になる」

「戦力を分散して大丈夫なんですか?」


 レイドが静かな面持ちで尋ねると、ブライドは困ったように笑う。


「うーん……どうだろう? でも、二手に分かれる必要があるんだ」

「……凄く、嫌な予感しかしないんだが……」


 机に肘を着き、顔の前で両手を組むリオンは、眉間にシワを寄せ瞼を閉じた。

 そんなリオンに苦笑いするブライドは、ゆっくりと席を立ち、


「そう、不安がる事無いよ。ちゃんと移動手段もあるから」


と、静かに歩を進める。

 歩き出すブライドを一同は目で追う。

 そして、ブライドの足が止まるのと同時に皆の表情が険しくなる。

 そこには、壁に立てかけるようにして置かれるボードが一つ。


「まさかと思うが……」


 リオンがそう口にすると、ブライドは微笑する。


「ああ。これを使う」

「待て待て! スカイボードで行こうって言うのか?」


 グラッパが呆れたように首を振った。

 スカイボード。文字通り、空を滑空するボードだ。この時代では比較的日常的な移動手段として使われているが、この森林地帯で使うには危険な代物。故に、誰もが呆れた表情を浮かべていた。


「それって、結構な速度が出るんだよね?」


 ウィルスが不安そうに尋ねる。


「そうだね」


 腕を組み当たり前のようにブライドが答える。


「それで、どれくらい浮遊するんだい? そのボードは?」

「うーん……一メートルくらいかな?」


 レイドの問いにやや首を捻りながらブライドは答える。

 すると、レイドは苦笑いを浮かべた。


「危険じゃないかな? 結構な速度も出るものだし、操縦も難しいって聞いてるし……」

「そうだね」


 さも当たり前のように返答するブライドに、ややレイドは表情を曇らせる。


「それに、スカイボードはこの艦に三機しかないはずだが、それはどうするんだ?」


 リオンの問いにブライドは目をパチクリさせる。

 そんなブライドの顔にジト目を向けるリオンは、ピクリと右の眉を動かす。


「いや……んな顔されてもなぁ……」

「いやいや。さっきも話しただろ。二手に分かれるって」


 ブライドの言葉にリオンは眉をひそめた。

 リオンには全く先が見えなかった。

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