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第120回 暴風の刃

 暴風吹き荒れる飛行艇甲板。

 そこに佇むグラッパとエルバの二人。

 グラッパは目を凝らし、エルバは耳を澄ます。

 そして、二人は同時に異変を察知する。


「風の音が変わった……」

「何か巨大な影が動いたぞ!」


 二人の声が重なり、顔を見合わせる。

 お互いの言葉の意味は理解し、同時に動き出す。


「ブラストに連絡を」

「このボタンを押せばいいんだろ」


 そう声を上げ、グラッパは扉の横に備え付けられた緊急用のボタンを左拳で叩いた。

 それと同時に、船内にはサイレンが鳴り響き、全ての者に緊急事態だと言う事が知れ渡った。



 それよりも少しだけ前――船内の個室。

 硬いベッドに仰向けに横たわり、天井を見上げるカインの姿があった。

 美しい金色の髪を枕の上に広げ、腹の上で両手を組むカインは、二度、三度と瞬きを繰り返す。

 周囲はかなり緊張しているようだが、カインは何処か落ち着いていた。特別、強い想いがないと言うのが一つの要因で、カインとしてはこの戦いに参加する意義は殆どなかった。

 それでも、ここにいるのは、皆と一緒に戦いたいと言う気持ちがあったから。それだけの理由だった。

 ボンヤリと天井を見上げ、瞬きを繰り返すカインは、ふと体を起こす。

 そして、眉を顰める。


「なんだろう……嫌な感じがする……」


 そう呟くカインは瞼を閉じると、深く息を吸いゆっくりと吐き出す。

 やがて、目を見開くと、カインはベッドから飛び起き、乱暴に扉を開き外へと飛び出した。



 サイレン鳴り響く船内。

 緊張感が高まり、同時に全ての者が戦闘準備を整えていた。

 操舵室にいるブライドは、操縦桿を手放し、パネルを操作していた。今現在、置かれている状況から考える最優先事項は、この飛行艇が落とされない事。

 それを考えれば、今、ブライドがやるべき事は限られてくる。


『シールド展開まで――三〇秒』

「ッ! 間に合うか……」


 焦りを見せるブライド。今の状態は想定外だった。

 まだ、フォーストの王都すら目視できないこの距離が射程圏だとは思っていなかったのだ。


「敵か!」


 操舵室の扉が開かれ、リオンがそう声を上げた。遅れて、フォンが操舵室に足を踏み入れ、


「どう言う状況?」


と、ブライドに尋ねた。

 小さく頭を左右に振るブライドは、ゆっくりとその目を正面へと向け、


「分からない。グラッパとエルバの二人が異変を察知したと言う事は、緊急事態だと言う事は確かだ」


と、ブライドは深刻そうに俯いた。



 場所は甲板へと戻り――目を凝らすグラッパと耳を澄ますエルバの二人。

 遠くの方に僅かに見える巨大な影。その動きを見据えるグラッパは、眉間にシワを寄せると、エルバへと怒鳴る。


「おい! どうするんだ!」

「うるさい! 少し黙っていろ!」


 グラッパにそう言い返したエルバは、全神経を聴覚へと注ぐ。

 そして、聞き取る。空を切る鋭く甲高い風の音を。


「マズいぞ! 今すぐ、旋回して――」

「無茶言うな! 今更――」


 二人の声がぶつかり合う最中、機械的な音が響き、扉が開かれた。

 それに遅れて外へと飛び出すカインは金色の髪を突風に揺らし、険しい表情を向け正面を見据える。

 甲板の手摺りに掴まり身を乗り出すカインを、グラッパとエルバは慌て体を抑えた。


「な、何をしてるんだ!」

「あぶねぇーだろ!」


 二人の声にカインは、


「どう言う状況ですか! 詳しく聞かせてください!」


と、真剣な表情で尋ねる。

 あまりの剣幕に、エルバもグラッパも虚を突かれ、僅かに困惑する。


「早くしてください!」


 すぐに返答しない二人に、カインは怒鳴った。その声で我に返る二人は、戸惑いつつも答える。


「俺が巨影を確認し、コイツが――」

「私が空を切る鋭い風の音を――」

「ッ! わかりました。では、あなた達は下がっていてください!」


 カインはそう言うとその手に剣を抜いた。

 突然のカインの行動にエルバとグラッパは怪訝そうに眉を顰める。


「な、何をする気だ?」

「まさか、ここから攻撃しようって言うんじゃねぇーよな?」


 二人の問いにカインは下唇を噛むと、その刃を――


「ちょ、待て!」

「お、おまっ――」


 二人の制止を聞かず、カインは左手首を切った。大量の鮮血が迸り、その刃は血で真っ赤に染まる。そして、カインの手首からは血がドロドロと溢れ出す。

 突然のカインの行動は二人には理解出来るものではなかった。

 故に、二人は声を荒らげる。


「一体、何をしているんだ! 君は!」

「気でも狂ったか!」


 慌てる二人に対し、カインは冷静に口を開く。


「黙って下がっててください。危ないですから……」


 彼の言葉に二人は息を呑む。それほど、カインは鬼気迫る表情を浮かべていた。

 直後、それは鮮明に視界に映る。土煙を巻き上げ大地を裂きながら直進する暴風の刃が。

 間違いなくこの飛空艇へと向け突き進むその刃に、グラッパは絶句する。


「おいおい……マジかよ……」


 本来距離が遠ければ、威力は徐々に落ちていくものだが、その刃の勢いは留まる事を知らない。

 すでに飛空艇は舵を切りその船体を右へと傾けているが、かわす事は不可能だった。



 時は少々遡り――操舵室。

 操縦桿を大きくひねり、船体を右へと動かす。

 すでに大量の土煙を巻き上げ、こちらへと迫る暴風の刃が目視する事が出来た。故にフォンとリオンは険しい表情を浮かべる。しかし、二人にできる事はなく、ただ見ているだけだった。

 そんな最中、機械音が響く。


『シールド展開まであと――十秒』

「ッ!」


 僅かに声を漏らすブライドに、リオンは怒鳴る。


「十秒って! 間に合わないぞ!」

「分かってる! 最善は尽くす!」

「最善って……」

「衝撃来るぞ! 何かに掴まれ!」


 ブライドの声が轟くと同時に、赤い閃光が正面のガラスの向こうで広がる。


「な、なんだ!」


 突然の事に、ブライドが驚きの声を上げる。飛行艇にこんな機能が無い事を理解している故に、その閃光に驚かざる得なかった。

 しかし、すぐにその閃光が広範囲に広がる炎だと気付く。

 それに、いち早く気づいたのは、この時、この瞬間、操舵室へとクリスと共に訪れたメリーナ。その目を見開き、驚きの声を上げる。


「ちょ、な、なんですか! この炎は!」


 メリーナのその声で、ハッとするフォンは、


「まさか、カインか!」


と、声を上げる。

 すると、メリーナは険しい表情を浮かべる。


「そ、そんな……あの人は極度の貧血なんですよ? こんな広範囲の炎を出すなんて……」

「相当な血を流した事になるだろうな」


 口を噤んでいたクリスが、空色の髪を揺らし静かにそう口にした。

 それと同時に、広範囲に広がる炎の壁と風の刃は衝突し、衝撃が船体を大きく揺るがした。

 あまりの衝撃に、船内にいる者は皆、近くの壁に備え付けられた手すりに掴まり、甲板にいる三人も身を低くし衝撃に耐えていた。


「くっ! 相殺か!」


 吹き荒れる突風に金色の髪を大きく乱すカインは、片膝を着き、苦悶の表情を浮かべる。血色は大分悪く、青ざめた唇の合間からヒューッヒューッと言う呼吸を繰り返す。

 左手の指先から零れ落ちる鮮血は、床に弾けて消えていく。


「もう一発来るぞ!」


 もうろうとするカインの耳に、そう叫ぶグラッパの声が聞こえた。

 その声に無意識に反応を示すカインの右手は、ゆっくりとその手に持った剣を左腕へと伸ばす。「もう一度……もう一度……」と呟きながら。

 だが、その腕をエルバが止める。


「何を考えているんだ! 君は!」


 語気を強め、カインの右手首を掴むエルバ。その目は強くカインを非難していた。

 しかし、カインも譲らず、強い眼をエルバへと向け、やがて下唇を噛む。カインも理解している。今、自分がしている事が危険な事だと言う事は。

 それでも、カインはゆっくりと立ち上がり、答える。


「アレを……止められるのは……僕だけ……」


 そう言うカインの右腕に力が籠る。だが、その力は弱々しく、ただ軽く握っているだけのエルバの手を振りほどく事も出来なかった。

 あまりにも弱々しい力に奥歯を噛むエルバは声を荒げる。


「ふざけるな! この程度も振りほどけぬ程弱々しい力で――」


 言葉を呑むエルバ。――何が出来る。そう言いたかった。だが、現に彼は一撃目を相殺した。その結果だけを見れば、彼なら防ぐ事は可能だろう。

 それでも、自傷し命を縮めるカインを見てはいられなかった。


「離してください……もう、あまり時間は――」

「あの……お取込み中の所、申し訳ないんだが……」


 揉める二人に、いつからそこにいたのか、扉の横で困ったように微笑するウィルスの姿があった。

 白髪を揺らすウィルスは左手で揺れる髪を抑え、目を凝らす。


「アレを、どうにかすればいいのかな?」


 少々自信なさげにそう口にするウィルスは、小さく吐息を漏らし、


「とりあえず、あれは俺に任せてくれないか」


と、静かに告げると、深く息を吐きだし、両手を広げる。

 すると、その手の平に風が凝縮される。


「風は……俺の味方だよ」


 そう告げるウィルスは、グッと右足を踏み込むと、両腕を交互に振り抜いた。鋭く甲高い風音を響かせる二つの風の刃は、真っ直ぐに迫る暴風の刃へと向かう。

 それは、暴風の刃に比べ、とても脆弱で、今にも消え入りそうな程の小さな力。当然、その風の刃は暴風の刃を軽く切りつけただけで、弾けるように消えた。

 しかし、それは突然起きる。直進していたはずの暴風の刃は、その向きを左へと変え、やがて弾けて消えた。

 何が起こったのか分からず、怪訝そうな三人にウィルスは優しく微笑した。

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